1.5 講義の続き(自己紹介)
「だから、それぞれの属性の魔術現象に関わっているのは、残念ながら精霊ではない、と俺は考えているよ。」
俺は哲学における論理の筋道だった議論を紹介しながら、精霊の存在を否定していった。
「それでは、精霊を用いた魔術の説明という、今までのアプローチは全て間違っている…ということでしょうか?」
このクラスの中では一番精霊に精通した、ゼリエがおずおずと尋ねた。
「全面的にとは言わないまでも、精霊が観測された事実が無く、あくまで説明のための概念として使われている事情を見る限り、誤りを多く含んだものなんだろうね。」
「で、でも私たちとは別の高等部生たちは精霊を用いた説明による授業を受けているんですよね…?彼ら彼女らは誤った理論を教えられているんでしょうか?」
「確かに、君たちとは違うクラスの多くは、今もまだ精霊に頼った魔術の説明、特に難解な物語や詩の読解に全力を注いでいるようだね。でも現状、実践的なアプローチとしては間違っていない。実際、それで魔術は発動するんだから。でもね、僕ら新クラスの目的は、実践を理論づけるための新学派の形成なんだよ。」
「新学派形成のお話は、ルートヴィヒ学院長により直々に与えられた使命なのでしょう?」
サキアはアマネにそれを確かめるように言葉を紡ぐ。
「うん、その通り。学院長は新しい技術として、俺の哲学に興味を持ってくれた。それが果たすのは『謎の解明』であり、理論の基礎づけにつながると俺も考えたから、その使命を果たすことにしたんだ。」
「それでは、私と貴方、そしてアリシアさんにカルトンくん、それから、ええと…」
「ゼリエさんとペータさん、カシックくんの7名ですね。僕らだけがこの講堂を使用しているのは、これから受講生が増えることを見越してのことです。一応、君たち6名の受講生が固定なのは学院長の指示ですが、他の学生はどの授業に参加するか、自主的に決められますからね」
サキアは申し訳なさそうに頭を下げつつ、
「ゼリエさん、ペータさん、カシックくんでしたね、すみません。それで、なぜ私たちは固定でこのクラスに最初から所属を?」
「それは俺たちが特殊な事情を抱えているからでは?」
ズバリ、カシックが言い放つ。
「俺は以前から精霊の存在を礼賛する神学に敵対する家の者ですし、先ほどアマネ先生の講義を聞いて、このクラスに所属になった理由がよく分かります。他の方もそうなのでは、と」
俺はやれやれ、と肩をすくめながらカシックに言う。
「カシックくん、君の家の事情が少し特殊なのはそうでしょう。それに学院長からも訳ありの生徒の指導を、と頼まれた。でもね、全部が君の家と同様に過激な活動をしている訳ではないんだよ」
「うっ…まぁ確かにうちの父と母は少々過激に学院の主要学派と敵対していますが…では、自己紹介も含めて、みんな今のうちに手の内のカードは見せておきませんか?」
確かに、受講人数が増えてきたら自己紹介の時間をとるのは難しくなる。今のうちにしておいてもいいかもしれないな。
「よし、ではカシックくんの言う通り、ここで一旦自己紹介の時間を設けましょう。これから別のクラスの生徒が受講しにきた際には一々授業中には行いませんが、一応7名が各々の事情を知っているに越したことはないでしょう。」
まずは俺から始めるのが良いだろう。
「俺はアマネ・フィロソフィア、15歳。高等部にそのまま進まずに講師をやっている時点で訳ありなのは、まぁ、見ての通りだ。俺のその事情ってのは、主に展開する哲学の理論や概念が、現行の精霊を基にした理論と齟齬をきたすこと、かつ、それが実際の魔術詠唱や発動効率に正に効果を発揮することにある。今までの哲学は精霊礼賛の印象が強かった分、新しい学派を形成せざるを得なくなったんだ。とまあ、その辺の俺の事情は今後の授業で分かるだろう。じゃあ、次はサキア、頼んだ」
「はい、私はサキア・グランドリス。この国で女王を務めております。私の事情は、王家に特有の光魔術を完全に使えない、ということにありますわ。それもアマネから説明が今後なされるでしょう。」
クラスがざわつき始める。
なにせ光魔術は王家に固有の魔術であり、権威の象徴だからだ。
だが、サキアは、光魔術を完全に習得する前に母親を失っているのだ。それも前例がなく、仕方のないことではある。
ーーだから、俺がいる。
「はいはい。自己紹介はまだ全員分終わってないぞ?次は、アリシアさん、よろしく」
「は、はい!私はアリシア・イデアルと申します。うちは魔術による医療を生業とする家系で、私はその父の仕事を継ぎたいと考えています。ですが、現行の魔術理論体系は、医術にはあまり向かないことが最近の研究で判明して…それで、学院に相談した結果アマネ先生のクラスに配属になりました!」
「ありがとう、アリシアさん。次は、カルトンくん、よろしくね」
「はい…!僕はカルトン・ホリズン、みなさんと同じく、15歳です!ですが、僕は皆さんと違い、魔術を行使した経験がありません…。マナの許容量だけは人並み以上なのですが、なぜかいくらミュトスの一節を諳んじても技を発動させることができないんです。これが、僕の事情です」
「カルトンくん、よく正直に事情を話してくれたね。だけど、それは講義の中で解決する問題だから、あまり気に病まないように。では、次はゼリエさん、お願いするね」
「はい、私はゼリエ・キャータと言います。神学者の父と母のもとに生まれ、このクラスでは誰よりも精霊への信仰には篤いと自負しています。でも、今日アマネ先生の講義を受けて、信仰とは別に、魔術を考えなければならないと実感しました。私の信仰は魔術以外の所で発揮されるべきだと、そう思ったんです」
「ゼリエさん、ありがとう。君の言う通り、信仰自体は魔術以外にも人々の心の拠り所として機能する。教会は慈善活動をそのために行なっているしね。だけれど、その活動にも魔術が有効なのは確かだから、信仰と魔術を切り離して考えられる人材は貴重な存在なんだ。学院長は君にそれを期待しているよ。では、次はペータさん、よろしくね」
「わ、私はペータ・アナスタシアと言います!私は剣術に魔術を付与して行使できる、いわゆる精霊騎士の家系です!アマネ先生のクラスに配属になった事情としては、私は詠唱における発声術に特化した騎士だから、ではないかと…すみません、自分でも事情を完璧に把握している訳ではなくて…」
俺は泣き出しそうな彼女を制して、
「いや、君の事情はやや複雑だし、技能の実践授業ではっきり伝わるだろう。ただ、俺がルートヴィヒ学院長から聞いているのは、君の発声術は周りの魔術師たちの魔術の効果を高める、という現象を引き起こすということだね。では最後はカシックくん、よろしく頼んだ」
「はい、俺はさっき言った通り、父と母が少々過激な性格の持ち主で、主要な学派と敵対しちまったんです。だから、その活動の内容を正当な学術の世界に持ち込むために、俺は今まで教育を受けてきた訳です。俺は両親にとって敵対する精霊学派と戦うためのカードなんです」
精霊学派はこの学院でもっともスタンダードとされている魔術の学派だ。そこと敵対する、ということは標準的な学派には所属できないことを意味する。
「カシックくんも事情を話してくれてありがとう。でも、君ら家族の仲は良好だと聞いている。自分が両親にとって道具でしかないと思うのは、少し気が早いんじゃないかな?」
カシックは、まぁ、と前置きながら
「確かに俺ら家族の仲は良好です。でも、俺が精霊学派に属していたら、どうなっていたかは正直分からないです。でも、先生の講義を受ければ、問題無さそうで安心した、ってのが本音でしょうか」
俺の講義では、精霊を説明に用いないけれど、魔術の行使には問題ないどころか、オリジナルの新たな魔術の開発にも向いている理論体系を紹介することになる。
だから、その安心は正当なものだろう。
「あぁ、安心していいよ。精霊は魔術にとって本質的かと言われれば、俺はそれに懐疑的だからね。…と、あと2分で講義時間が終わるな。自己紹介、7名でも意外と時間がかかっちゃったね。それじゃあ次の魔術実技の講義に向けて、各々休憩時間に入ってくれ」
そう言って、講義自体は終わった。
「「「「「あの、アマネ先生、陛下とはどのようなご関係で…?」」」」」
5名が同じ質問を、同じタイミングで発した。
サキアが「ええと…」と思案している一方で俺は、
「ただの幼なじみだよ?」
とキッパリ答えた。
質問者達はしぶしぶと言った様子で納得したようだ。
なのに何故かサキアだけ、得心ゆかぬといった表情のままだ。
「あの、女王陛下?」
「いつも通り、サキアで構いません」
不貞腐されたようにいうサキアに俺は、
「分かった、サキア。じゃあ俺は次の授業の準備があるから、先に行くな。サキアは講堂の外の護衛について移動して欲しい」
「はい、それは言われるまでもありませんが…」
何か言いかけて、サキアは護衛の女性騎士のもとへ向かった。




