1.3 アマネの講義スタイル
「本当に父さん超えられちゃいそうだよ、おいおい…」
ウィットル・フィロソフィアは、ちゃっかりと講義室の外から息子の講義風景を観ていた。
「では、アマネ先生、マナについても質問したいのですが、マナの感覚を哲学的に理解するにはどうしたら良いのでしょうか?」
金髪を揺らしながら、アリシアは質問を重ねる。
「アリシアさん、それはすごく良い視点です。例えば、そうですね、カルトンくん、ちょっとよろしいですか?」
「え、ぼ、僕ですか?」
メガネをまるで掛け違えたようにしてズラし、慌てるカルトン・ホリズン。
「はい、君です。想像力のレッスンをしてみましょう。アリシアさんが感じたマナの感覚、その『感覚それ自体』が徐々に移動していって、カルトンくんに移動したとしましょう」
「そ、それはアリシアさんからマナを受け取った、と言うことですか?」
カルトンは不思議そうな顔で答える。
「いいえ、そうではありません。そしてそこが肝なのです。マナそれ自体ではなく、マナの『感覚それ自体』が移動したという想像なのです。さて、この時、カルトンくんは何を感じるでしょう?」
「それは、そのままアリシアさんのマナの感覚ですよね…?」
「そうでしょう、そう思うでしょう。ですが、考えてみてください。既にしてアリシアさんとカルトンくんの間には自他の区別が生じていることにお気づきでしょうか?」
するとアリシアが閃いたように手を挙げる。
「アマネ先生!も、もしかして、『私』のマナの感覚だから、カルトンくんが感じるものは『彼』の感覚になってしまっている、ということでしょうか!?」
「そうです、素晴らしいですアリシアさん。そう、カルトンくんが感じる、いや、もしかすると感覚とすら呼べない何かが移動した、そう考えるべきではないでしょうか。つまり、哲学的にマナの感覚を理解したいと思うのならば、私と他人の区別、すなわち『他我問題』とでも呼ぶべき領域に踏み込み、考察を積み重ねる必要が生じるのです」
アマネの質問への対応は澱みなく、かつ思いもよらない方向性からなされる。
哲学というのは一般にして、謎が謎を呼ぶ入れ子構造をしている。
今回やってみせた思考実験もまた、よく哲学では使われる手法の一つだ。
「まぁ、他我問題については少々議論のレベルが高いですので、今後の講義で順を追って話すことにします。これで質問への対応は完了でしょうかね。さて、本講義のテーマは何でしたか?」
アマネはもう一人の女学生に手を向け、答えを促す。
「はい、『マナの存在論的基礎』ですわね。その存在論的なカテゴリー論について、先生はお話されたかったのでしょう?」
「その通りです、流石でございますね。サキア・グランドリス女王陛下」
そう、このクラスの特別性は、この都市グランマリアも属する帝国、すなわちグランドリス帝国の女王陛下が居るという所にある。
王家であるグランドリス家、先代の女王陛下であったサキリス・グランドリスが崩御し、当代の女王となったサキアが所属するという点が、特別にこのクラスを異質たらしめている。
「もう先生、いやアマネ、授業だからってそんな丁寧にフルネームに敬称を加えた呼び方をしないでくださいます?ふふっ、みなさんも、サキアでいいですからね。」
「ごめん、サキア。みんなも、この授業内ではそのように呼ぶ許可が下りたのだから、気軽に声をかけて欲しい。」
もう一つこのクラスの変わった点として挙げられるのは、サキアもアマネも同じく、高等部生に混ざった、中等部生であることだ。
初等部で上位の成績を収めたアマネは、同一の学習段階においてサキアの理解者として振る舞った結果、彼女に勉強の指導を直々に頼まれることになった。
それ以来、二人は非常に親しい仲なのだ。
ついでにいえば、アマネの指導があまりに本質を突いていて、サキアも彼に追い付かんとする勢いで学習を進めている。
それゆえに、このクラスに中等部生ながら参加しているのだ。
「アリシアさん、先ほどのご質問、アマネも褒めていましたが素晴らしい着眼点でしたわね。マナの感覚を哲学的に理解する思考実験を彼から引き出すなんて、凄いことですのよ?」
「お、お褒めに預かり光栄です…!ですが、私ではサキア様の優秀さにはとても届きませんから、もったいないお言葉です…」
「ふふふっ、そんなに畏まらないでくださいませ。それに、そんなことはありませんよ。アリシアさんの思考の瞬発力、私、羨ましいです。それに、カルトンくんも」
「はっ、はい!僕でしょうか!?」
俺の時より動揺して、メガネ落としてるじゃないか…。
もっとサキアとみんなの仲が気安いものになれば、サキアも喜ぶんだけどな。
「カルトンくんも、そう畏まらず。あなたの素朴な疑問や思考が彼の想像のステップをスムーズに進めた点は見事でしたよ」
「カルトンくん、アリシアもだけど、この場ではサキアは気安くみんなと触れ合いたいんだ。だから、あまり緊張し過ぎずに友達になってあげてほしい。」
「は、はい!サキアさん、褒めてくださってありがとう…!」
「私、アリシアも、サキアちゃんって呼んでいいでしょうか…?!」
「お、俺も!」
「私も私も!」
次々にサキアと親しくしたいと考えるクラスメイトが増えていく。
うんうん、徐々にクラスの雰囲気があたたかなものになってきているな。
「よし、クラス仲が深まった所で、講義にもどりましょうか」
そんな光景を観覧していたウィットルは、
「初回の講義からクラスメイトの仲を取りもちつつ、受講生の興味をそそる授業を展開してみせる…ふっ、やはり俺の息子だな…」
感慨深く頷いていた。
「あのー、ウィットル先生?」
「ん?あぁ、クレパス。すまない、息子の授業風景が心配だったが、杞憂というやつだったようだ。直ぐに私など抜かされてしまうでしょうな!ははは!」
「それは当学院の講師の質の点から、そうならないようウィットル先生にも頑張って欲しいのですが…それはそれとして、そろそろ講義の時間が近づいていますから、そろそろ」
「はいよ、分かった。クレパスも教授の会議、頑張ってな」
立場的にはクレパス・グレアスターがグランマルス学院の教授であり、ウィットルは学院の一講師なので、敬語の使用者の当為が逆のはずなのだが、この二人の男らは昔からそういう仲なのだ。
そんな風にして、今は穏やかに学院の時間が過ぎていく。




