1.2 大森天音(アマネ・フィロソフィア)
大森天音。
日本の中心都市で、比較的裕福な家庭にて生まれた。
天音は生まれつき身体が弱い、いわゆる虚弱体質だった。
それゆえか、両親からの多大な愛情を込められて育ち、自身の身体的ハンディキャップを乗り越える手段を見つけることができた。
それが「勉強」だったのである。
特に「数学」や「哲学」のような理を解き明かさんとする学問が得意であった。
つまり、「文"武"両道」叶わずとも、「文"理"両道」は叶えることができた。
そうして天音はひたすらに数学を主とした科学や、哲学を主とした人文学、さらには経済などの社会科学なども修め、結果として日本の最高学府に主席で合格することができた。
所属学部・学科は「文学部哲学科」であった。
主席が「理数系」ではなく、「人文系」に進むと言うレアなケースに、周囲は驚いた。
しかし、天音の幼い頃からの興味関心の射程の広さや、その理解の深さが相まって、学生という身分ながらも、教授陣と対等な哲学的議論を展開した。
さらには、哲学教授陣と論文を幾つか、共著で執筆・投稿するという一学生では通常中々見られない業績を上げたことで、大森天音は一躍注目の人となった。
しかし、事態は一転して最悪の事態を迎えた。
天音の活躍ぶりは一般市民の尊敬を集めるとともに、所属大学の学生からの嫉妬をも集めた。
心無い誹謗中傷の嵐に晒され、フェイクニュースを流されてネット上では罵詈雑言やいわれの無い噂が飛び交った。
その騒動は学生新聞の記事内容にまで及び、天音の虚弱な体質もあり、彼は体調を崩して休学を余儀なくされた。
一連の騒動は彼の身体だけではなく、精神をも蝕み、少しずつ天音は「暗い」様相を呈するようになった。
天音は休学の間、ひたすらに眠った。
眠った。
眠った。
何も喉を通らなくなり、病院に入院する事態にまで発展し、点滴による栄養補給を余儀なくされた。
しかし、彼はとうとう、かえらぬ人となったーー
「はず…なんだけどなぁ。」
天音が目を覚ますと、そこは西洋風の建物が立ち並ぶ都市における、ごくありふれた家庭の1人息子となっていた。
この世界と、年齢についての記憶はきちんと頭にあり、6歳とのことで、ちょうどこの世界の学園の初等部に入学する歳であった。
最初は夢だと思った。
「夢の中で頬をつねり、痛ければ現実、そうでなければ夢」という俗説があてにならないことは、療養中ひたすら寝ていた天音にとって自明であったが、一応試してはみた。
夢にしてはあまりあるリアリティを伴った「痛い」という感覚が、頬をつねるという刺激に対してフィードバックされた。
家名は『フィロソフィア』であり、偶然か必然か、日本での名前と同じ「アマネ」を授かっていた。
父はウィットル・フィロソフィア・母はシャイナー・フィロソフィア。
父の仕事はこの都市最大の魔術学院の講師、母もその学院の事務員だった。二人の縁も、そこからのものらしい。
その二人の息子であるという幼児期の記憶が確かに存在しており、流石の天音も「これは夢ではない」という確信に至った。
驚いたことに、この世界では所謂「哲学」の学問体系が未熟極まりないことだった。
農耕技術、建築術、医療技術は存在しているのに、である。
ーーそして何よりの衝撃は、「魔術」という前世の日本では絶対にあり得なかった技術・学問体系が存在していたことだ。
アマネの感覚と本の知識では、マナと呼ばれる大気中の魔力物質ーー特に彼の感覚ではそれは粒子性と波動性をもつ、前世の物理学の量子のような存在であったーーを身体に取り込み、それを一定の術式に当てはめて詠唱を唱え、世界を変革する現象を生じさせる。
それが魔術の概括的な説明となった。
だが、この事実だけでも、天音の知的好奇心を躍らせるには十分だった。
「父さん、俺、魔術を哲学で強化したい」
「ん?テツガク?まぁ、『無用の用』だとかいう宣伝文句で父さんの若い頃流行った学問だな」
「父さんは昔、哲学を勉強してたことがあるってこと?」
「まぁ、齧ったていどだけれどな。存在論やら神学やら、いろいろあったなぁ。実際に仕事で役立ったことは無いけどな…若気の至りというやつか。父さんも一時期活用できるんじゃないか、なんて思ったけど、サッパリだった」
「いいや、父さん。できるんだ。僕の哲学なら、きっと」
「ははは、初等部入学前から立派な目標ができたな!私も魔術理論講師の端くれだ、何か成果ができれば聞いてあげるから、いつでも話しなさい。父さんと同じ銀髪の持ち主のお前なら、いずれは…なんてな!」
「ふふ、二人とも随分立派な会話をしているわね。特にアマネ、その年齢で魔術理論に興味をもつなんて、将来は有望な研究者・魔術講師かしら?」
穏やかな口調で母が会話に入ってくる。
記憶としては知っていたが、やはり直接話すと、とても優しく愛情深い両親である子がわかる。前世もそうだったが、とても、とてもありがたいことだ。
「ありがとう、母さん!俺、絶対に父さんを超える魔術講師になってみせる!」
「おいおい、父である俺を超えちゃうの!?」
「子は親を超えるものですよ、ウィットルさん。」
そんな母の言葉と同時に、我が家には暖かな談笑が咲き誇った。




