十三段 勝負の赤㊆
悪霊が祓われた事で、地面のオイルが消えていく。
ナデシコは尊の目もあるので、素早く着物の裾を直して、袖を通す。
「っ助かりました、オトヒメ」
「クノイチの……いえ、カグラの秘策のお陰ね」
オトヒメが言った。
「秘技、すごい威力ですね」
クノイチが感心する。
「思い付きでやってみたのだけれど、上手くいってよかったわ」
「思い付きだったの!?」
出たとこ勝負に強いオトヒメに、ナデシコ達は改めて彼女の素質の高さを感じた。
「くそー! 使えないなぁ、あのアブラムシ!!」
「!!?」
悔しがる声がした。驚いた一同は声の出所を探す。
「あそこだ!!」
ケンシンが戦場の端にある大きな岩を示す。岩の上にはパジャマ姿の少年がいた。
「誰だ!?」
尊が聞いた。
「さぁ、誰でしょうね〜」
「この感じ……悪霊か……!」
はぐらかす相手の正体を、尊が見抜く。一般人が巫との戦いを目撃したのなら、そんな受け答えはしないだろう。
「あ、あの人、もしかしてずっと見てたっ!?」
「うそでしょっ!?」
ナデシコとクノイチは相手の正体、云々より、自分達の肌の露出を気にした。悪霊相手なら毎度の事だが、この相手は、見た目はあくまで同年代の男子くらいで、尚更、気恥ずかしかった。
一方、オトヒメはスカートすらないままだったが、それは隠さず、思い当たる節があって口元に手を当てる。
「貴方、どこかで見たわね。……確か、メイド喫茶に来てたでしょ? 二人組だった筈」
「え? お客さん!?」
「よく覚えられますね。あの店、人いっぱいなのに」
ナデシコとクノイチがオトヒメの記憶力に驚く。
「一度会えば大体、人の顔は覚えられるの。それにあの子、シフトの日は何時も来ていたし」
「じ、常連さんだった……」
ナデシコは悪霊とは思えない相手の行動に、やや当惑した。
「へー、やるねー。ちゃんと覚えてるなんて、上っ面で接客してる訳じゃないって事かな」
「!!」
今度は反対側の岩場の方から声がして、一同が振り返る。此方には道着を着た、高校生くらいの男の姿があった。
「でも、お陰でこっちもキミの事覚えたよ。オトヒメの今宵さん……!」
「コイツが二人組の片割れか……! キサマらだな! ここ最近、町でコソコソしていた悪霊は!」
不敵な笑みを浮かべるもう一人の人型悪霊を睨みながら、ケンシンが言った。
「只者じゃなさそうだが、何故だ……悪霊にしては気配が乏しい……」
「実は弱いのかもしれんな……」
「失敬な!」
尊とおサキの会話が聞き捨てならず、最初に現れた少年が子供っぽく怒り出す。
「ぼくは強い! なんてったって守護悪霊だからね! 最強の悪霊シャーとは、ぼくのことさ!」
「守護悪霊っ!?」
相手の肩書きに、ナデシコ達の警戒心が上がる。
「シュラと同じ……!」
「ハハハ、キミ達ビビリすぎ。シャー君は最近、守護悪霊になったばかりだから、対した事ないのは事実だよ」
男が馬鹿するように言った。
「なんだってー!」
「実際、今も負けた訳だしね」
「違うよ! 負けたのはぼくじゃなくて、あのアブラムシさ!」
勝手に言い争う二人の悪霊。
尊が油断なく聞く。
「なら、そっちの君も守護悪霊と言う訳か?」
「その通り、ボクはリュー。ただ、同じ守護悪霊でもボクはシャー君の百倍強い。勿論、落ち武者シュラなんかよりもね」
リューが答える。シャーが「百倍は盛り過ぎだろ!」と言った。
やや、砕けた態度の二人に、尊は少し苛立った様だ。
「お前達の目的は何だ!? 何の為に戦いを挑んで来る!?」
「目的? 知りたいかい? まあいいよ。ボクらの目的は……悪霊による現世の支配!」
リューの答えに一同が驚く。
「支配!?」
「な〜んてね。そんな大層な目的、ある訳ないじゃないか」
リューは「冗談、冗談」と訂正した。
「ただ、ボクらにはなくても、君達には大きな目的、使命がある。悪霊から現世を守るって言う使命。そうだろ巫?」
リューが言った。
「ならボクらの目的は、その使命を失敗させる事かな。悪事を働く者がいるから成敗する者が現れる……その逆さ。平和を守ろうとする者がいるから、それを壊す。つまりボクらは、キミ達が悪霊を祓えず挫折する所が見たいんだ」
二人の守護悪霊の陰湿な目的に、ナデシコ達は衝撃を受けた。
「そんな事が目的!?」
「性格、悪……っ」
クノイチも毒付く。一方、オトヒメだけは比較的、冷静だった。
「そう言う事なら、今日は目的を果たせなかった、って事でいいわね」
「ハハハ、そうかもしれないね。でも、今日の所は挨拶さ」
「スカート貰ったし、ぼくは満足だもんね!」
オトヒメが事実を突き付けたが、リューとシャーは意地悪く言った。何時の間にか、オトヒメが脱ぎ捨てたミニスカートがシャーの手に有る。
「そんな布ごときくれてやる!」
ケンシンが戦利品にはならないと言ったが、オトヒメは、これには一転、ダメージを受けていた。
「やだ……返して欲しいわ」
「変身を解けば消えて天貝紅に戻る筈じゃ」
おサキが言った。
「だから持って帰ったって無駄だよ!」
クノイチがオトヒメの味方をし、相手を勝った気にさせまいと言う。
しかし、そんな負けず嫌いが敵の行動を助長させた。
「そうなんだ。じゃ、これも取るだけ無駄かな? クノイチの楓ちゃん……!」
「え!!?」
何時の間にか、リューがクノイチの背後にいた。シャーに気を取られていた、僅かな間だ。
気付いた時には、クノイチはぺろりとミニスカートを捲られ、褌が食い込んだ成長期のお尻を露わにされる。
「きゃあああああああっ///!!」
「クノイチっ!」
慌ててクノイチは振り払ったが、ヒョイと躱される。ナデシコが間に入って応戦しようとしたが、此方も一瞬で間合いを詰められた。
「!!」
「これもお持ち帰りできなくて残念だね」
「ひゃあっ///!!!」
リューがナデシコのおっぱいを鷲掴みにし、揉みしだく。
「お前っ!!」
それを見た尊が、彼にしては珍しく激昂してリューに迫った。
しかし、守護悪霊は不用意に接近して来た尊を、軽々と蹴り飛ばす。
「ぐああああああっ!!」
「尊さんっ!!」
倒れる尊。ナデシコが血相変えて駆け寄った。
「ハハハ、弱っ。こんな感じにこれからキミ達を貶めていくから、覚悟してよ。クノイチのさくやちゃん」
悪質極まりないリューに、ナデシコも流石に怒りを覚えた。
「次はカグラの千代ちゃんをイジメたいけど、あれ? 今日はお休みかい?」
リューが聞いた。シャーも、さもイジメの標的にしたそうだ。
「そうだよ。何で、今日一人いないのさ! 一番おっぱい小さいの!」
「せ、先輩は……」
「彼女はデートよ。彼氏がいるの」
「へぇ……マジっ!?」
答えに詰まったクノイチに変わり、オトヒメが、多少は相手ががっかりしそうな、テキトーな嘘を付いてくれた。
「まぁ、いいや。どうせキミ達は使命を果たせず、失意に暮れる日がやって来る。その前に、戦いを止める事をオススメするよ」
リューが勝ち誇った態度で言った。
「……そうは、いかないわ」
しかし、冷静さを取り戻したオトヒメは、内なる闘志を燃やしたかのように、凛として相手と向き合った。
「貴方達がどんな嫌がらせをしたって、私は戦う。貴方が言った……そう、平和を守る為に……! 心を折りたいのなら、是非、折ってみなさい!」
ナデシコも、そんなオトヒメに勇気付けられ、後に続く。
「私達は貴方達なんかに屈しない! 巫の使命、果たして見せる!」
それを見たリューとシャーはニヤリと笑みを浮かべた。益々、やる気になったようだ。
「イジメ甲斐がありそうで嬉しいよ。次の戦いが愉しみだ」
「今度は今日の百倍強い悪霊を連れてきてやるよ!」
そう言って二人組は、地面を蹴り付けるように叩き、足元の空間に亀裂を入れた。そして、尊の結界を無視して、その先にある地獄へと去って行った。
「守護悪霊……リュー、シャー……。何て奴らだ……!」
ナデシコとおサキに介助され、起き上がった尊が砂を噛んだ。
「また、変態が増えた……!」
クノイチが本当に不愉快といった表情をした。
新たな強敵の出現に、巫達は強い危機感を抱いた。
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夕方。さくや、楓、今宵は、風間駅に来ていた。オーディションから帰って来る千代を出迎える為だ。
「千代ちゃん!」
「千代先輩!」
さくやと楓が、改札から出て来た千代に手を振る。千代は疲れた様子でトボトボと歩いて来ると、突然、二人に抱き付いた。
「えーんっ絶対、落ちたっ!! 下着ってバレちゃったっ!! 恥ずかしかったよ、わーんっ!!」
千代は泣きながら「可愛い子がいっぱいいた」とか「みんな真剣過ぎて、息が苦しかった」とか「厳しそうな人が見ていた」とか何とか、オーディションの苦闘をモゴモゴ語った。
「よしよし。良く頑張ったね千代ちゃん!」
さくやは水着を忘れた事を、遅ればせながら知った。千代のピンチを、今宵が助けた事もメッセージで確認している。
「ごめんね。私、肝心な時に役に立てなくて……」
「今度、何かあった時は、持ち物チェックするようにしてあげますよ」
さくやと楓も後悔を滲ませる。
千代は少し顔を上げて言った。
「うんん。わたしがおばかだからいけなかったの……。でも、今宵さんのお陰で、どうにか最後まで頑張れたよ……」
今宵はそれを聞き、安心したように言った。
「そう。少しは役に立てたようで良かったわ」
今宵は先程の戦いと、守護悪霊二人の件を、千代に直接、伝えるべきと考え、ここへ来ていた。しかし、さくやも楓も、今はその報告を後回しにしそうだったので、それに倣う。
――まぁ、これも私がカラダを張ればいいだけね。
さくやは千代と手を繋ぎ、楓はカバンを持ってあげ、励ましながら帰路に着く。
「さっ、千代ちゃん。お家まで送るよ!」
「うー、おやつ食べたい……っ!」
「もう直ぐ、夕御飯になりますから」
今宵はそんな仲の良い三人を見て、自分も千代の機嫌を取ってあげる。
「今度、メイド喫茶に来た時は、特別サービスしてあげるわ。だから元気を出しなさい」
「本当!? やったーっ!!」
千代はこれだけで呆気なく元気を取り戻した。
「良かったね、千代ちゃん!」
「簡単過ぎ……」
さくやと楓が嬉しそうに言った。
トラブルはあったが、結果的に千代は手を抜かない勝負の姿を、大舞台で披露できた。
きっと、ただ可愛いだけでなく「誰よりも可愛いかった」と、本人は思っている。
全力は尽くした。
「みんな応援ありがとうね! 実は……結構、楽しかったよ!!」




