十三段 勝負の赤㊃
「ココガ現世ッスカー! アー、眩シイっ! ココ、マジ眩シイッスネ!」
町外れに強風が吹き荒れ、結界の裂け目からアブラムシに似た悪霊が這い出てきた。暗い地獄からやって来た悪霊は、陽光の眩しさに耐えかね、細い脚で顔を覆う。
「うだうだ言うなよ、お前も昔は住んでただろ! ほらっ、グラサンやるからグラサン掛けろ!」
同行していたパジャマの少年が昆虫悪霊を叱咤する。
「今回、結界の裂け目を見付けたのはお前だからな! 喜べ一番乗りだ!」
少年はシュラの配下からの情報で、巫の存在と、地獄と現世の移動手段を知った。今は自分の配下となったその悪霊達で、結界の綻びを常々監視させ、発見次第、悪霊を送り込める体制を整えた。
「最初の情報と違って、巫は四人に増えてるけど、新しいのがすっごい巨乳! お前も倒した奴は好きにしていいからな!」
「マ、マジッスカ!? ヤッター!!」
「へー、そんな奴で勝負するのかい? シャー君」
小馬鹿にしたような声がしたので、少年は振り向いた。近くの岩に、道着姿の男が背中をもたせ掛けている。
「リュー君、なんでいるんだよ! ぼくの作戦なんだ! 君は帰れよ!」
少年シャーは激怒した。どうやら、二人は仲間のようだが、互いに協力する気がないようだ。
道着の男リューが言う。
「巫は強いけど、中身は普通の女子さ。倒すにはその中身を狙う……。つまり心を責めるのが上策さ」
「アドバイスなんていらないね! ぼくはもう昆虫悪霊で巫の攻略法を編み出しているんだ!」
リューに反抗的なシャーは、まるでTVゲームをするかのような言い方をした。
「オイルは満タンか? それじゃ準備、開始!」
シャーは昆虫悪霊と共に戦闘準備に入った。
リューはその姿を、尚も小馬鹿にした目で見ている。
「まぁ、お手並み拝見だね」
―――――――――――――――――――――――――
「どうしようっどうしようっどうしようっどうしようっどうしようっどうしようっどうしようっどうしようっどうしようっどうしようっどうしようっどうしようっどうしようっどうしようっどうしようっどうしようっどうしようっどうしようっどうしようっどうしようっどうしようっどうしようっどうしようっどうしようっどうしようーーーーーーーっ!!!?」
千代はパニックになった。
幾ら審査の為の水着とはいえ、アイドルを目指す者が衣装を忘れるなどあってはならない。
解決策がないか、取り敢えずスマホを手に取った千代だが、例え家に連絡して持って来て貰っても、その時にはオーディションは終わっているだろう。
――水着審査あるのに水着忘れちゃったーっっ!! ど、どうしようっ!!?
感情のやり場を求め、千代はスマホで巫のグループにメッセージを送り、泣き付いた。
――……。
返信は来なかった。
「そっか、二人共お稽古に部活だ……」
朝、届いた「いってらっしゃい!」「頑張ってね!」というメッセージを見ると、尚更、精神にダメージが来た。
悲しみを分かち合う事も出来ず、千代は着衣室の中で項垂れた。
――水着なら近くにお店があるようだけど?
「えっ!? 本当!?」
助け舟となるメッセージが届き、続いて周辺の地図画像が送られて来た。どうやら直ぐ前の商業ビルに、ビキニショップがあるようだ。
「ありがとうー! って、今宵さんだ!」
メッセージを返してくれたのは今宵だった。巫が四人になり、彼女もグループになっていた事が、思わぬ形で役に立つ。あらかじめ、今日の千代の予定を話してあったのも幸いだ。
千代は感謝し、大急ぎでオーディション会場を飛び出した。
「……!!」
しかし、外に出た瞬間、千代は現実を思い知る。
ビルは、沢山の車が走る大通りの向かい側にあった。少し離れた交差点にある信号を渡らなければ、辿り着けない。
「無理だ……」
千代は絶望した。向こう側に渡っても、更にビル内にある店舗まで行き、合う水着を選んで買い、戻って来た上で、着替えなくてはならない。
そこまで時間の猶予があるとは、とても思えなかった。
――むり、絶対間に合わない……っ。
手詰まりとなった千代は、また拠り所を求めてメッセージを打った。
悪い事に、水着審査と、一番大事であろう自己アピールが同時に行われるので、二つまとめてパスする羽目になる。
これでオーディションは間違いなく落選だろう。
「まだわたし、なにもわたしらしい所、見せられていないのに……」
千代は「これから本気を出す所だった」などと言い訳している自分が、今は嫌いになった。
通知音が鳴り、千代は再びスマホを見た。
――諦めるの? 忘れたことを正直に言うなり、まだ方法があるんじゃない?
今宵のお陰で、千代は夢のアイドルグループのオーディションを受ける事が出来たので、申し訳ない気持ちになった。
――私に謝らなくてもいいわ。そんなことより、アイドルは貴方の理想なんでしょ? 夢を諦めちゃダメよ。出来る事は全部やって、もっともっと、限界まで頑張りなさいよ!
「でもっ……水着がないと、戦う舞台にも立てない……」
――そうかしら? 私だったら……そうね、裸になってでも審査を受けてやるわ!
「こ、今宵さんなら、それでHな人に選んで貰えるだろうけど……。可愛いだけのわたしじゃ、盛れる衣装がないと…………」
しかし、今宵のメッセージに、千代はビビッと来るものがあった。
アイドル。
和HOO四十七士。
千代の憧れの存在は、歌って踊って可愛くて綺麗で、ちょっとHで、皆を楽しませて皆から愛される。
はっきり言ってしまえば千代は、自分もそうなって目立って、ちやほやされたいのだ。
そして、その為に可愛いさに磨きを掛けてきた。
「水着がないのなら……!!」
千代は急いで試着室に戻った。他の受験者達は、既に自慢の水着に着替えを済ませて待機している。急がなければならない。
「ありがと今宵さん! わたし、本気出すよ! 全部見せる!!」
千代は着てきた赤いワンピースを脱ぎ捨てた。




