十三段 勝負の赤㊂
オーディション当日。
朝というものは総じて忙しい。顔を洗い、髪を梳かし、着替えてメイクをして、朝食を摂っていれば、あっという間に時間が過ぎる。
千代は、引いて行こうと思っていたおみくじも引けないまま、慌ただしく家を出て、電車に乗った。ある程度、時間に余裕を見て出発した筈が、少し道に迷っただけで、会場にはギリギリの到着となった。
「火宮千代さんですね。少々お待ち下さい……。はい、1004番ですね」
「わっ、いっぱいいる……!」
予想はしていたものの、千代は受験者の数に驚いた。
受付を済ませると、広めの待合室に通された。ここには三十人程の女の子がいて、歳は大体、十三〜十七くらいに見える。
「すごい……可愛い子ばっかり……!」
アイドルのオーディションなので当たり前かもしれないが、全員、既に芸能人かと思うくらいルックスが良い。
それでも、人数的に考えれば大多数が落選になる。千代はちょっと信じられない気持ちだった。
「この中から、特別わたしが選ばれる要素なんてあるのかな?」
千代は「可愛さ」が売りだった。しかし、ここでは全員がそれを持っていると見ていい。合格への道のりは、非常に険しく思えた。
「次、受験番号1001〜1005番の子、中に入って下さいー!」
スタッフに呼ばれ、千代は向かいの部屋に入った。
「最初は面接……!」
ここでの面接は、志望動機などを話す簡単なものだった。
「次は歌唱力審査!」
千代は課題曲を完璧に歌った。
「その次はダンスっ!」
千代は完璧に踊った。
その後は身体測定と、番号を呼ばる度にそれぞれの部屋を移動し、審査を終えていく。
「手元の紙にはどんなことを書いているんだろう? 発育不足とか……///!?」
身体測定中も審査員が見ており、クリップボードに何か書いていた。自信がなくなってきた千代は、ちょっと恥ずかしくなった。
「君。少しいいかな?」
測定の後、スタッフに声を掛けられた受験者が、服を着る間もなく別室に連れて行かれた。千代と同い歳くらいの子に見えたが、丁度、さくやのような、大き目の子だった。
「うそっ! もしかして優れたものがある子は、もう声を掛けられるのかな!? どうしようっ、わたしAAしかないよぉ……」
「あの子は落選ね。あれはグラビアアイドルの事務所だわ。そっちに回されるのよ」
不安がる千代に、近くにいた受験者がキッパリと言った。
「こういった場所には色んな所のスカウトマンが来ているの。あなた知らないの?」
この受験者は千代より歳上で、高校生に見えた。しかし、同じく絶壁だ。
「詳しいね。オーディションとか何度も受けてるの?」
千代は心細くなっていたので、お話が出来そうな相手が嬉しく、親しくなろうとした。
しかし、質問が宜しくなかった。
「何度も?」
絶壁の子が不機嫌な表情になる。
「あのね、この世界は厳しいのよ! 次から次に歳下の可愛い子が入って来る……! 何度もチャンスがあるなんて思わない事よ!」
どうも、この手のオーディションに何度も落選している子の、地雷を踏んでしまったようだ。
「十七までにデビューできなきゃお終い! 十八の誕生日を迎えた瞬間、裸にされる! ……そのくらいに思って挑まなきゃ、ダメなの!」
「ご、ごめんなさい……」
そう言って先輩受験者は、次の審査が行われる部屋へと去って行った。
「……」
千代は怒られたが、ヘコまなかった。彼女の言葉が納得できたからだ。
千代には何処か「これ程のチャンスは最初で最後かもしれない」と言う感覚が抜けていた。にも関わらず、ここまで会場の空気に呑まれ、あれよあれよと、流れ作業のように審査を終えてしまっていた。
「だめだめ、わたし! もっと本気の千代を見せなないと!」
千代は和HOO四十七士への憧れを思い出し「この千載一遇のチャンスを、絶対にものにする!」と気持ちを改める。
自己アピールを行う部屋から、さっきの子のハキハキした声が聞こえて来た。
「999番、石崖万理沙! 十七歳と十ヶ月です! よろしくお願いします!」
「……が、頑張って……っ!」
発破を掛けてくれた先輩受験者が報われるよう、千代は心の中でエールを送った。
「―時間が押しているので、今いる受験者は水着審査と自己アピール審査を同時に行います。順番が来るまでに着替えて、待機していて下さい」
「はーい!」
スタッフから予定の変更が告げられ、千代を含む、受験者達が応える。
「こういう変更にも、ちゃんと対応できないとね☆」
千代は何となくのプロ意識を持って、簡易の着衣室に入り、持ってきた水着に着替えようとした。
「持ってきた……筈だけど…………っ」
千代はカバンを漁った。しかし、何度見てもハンカチ、ティッシュ、スマホ、お財布、お守り、メイク道具、和HOO四十七士ファンクラブ会員証、そして、天貝紅が入った香箱とお菓子しかない。
「そ、そもそも入れたっけ…………!?」
昨夜は兄、代智の所為もあり、千代は途中で荷造りを止めて、寝てしまった。
その時は「朝やればいい」と思っていたが、今朝はバタバタしていた為、カバンをそのまま引っ掴んで来てしまった。
「うそーっ! わたし水着忘れたーっっ!!」




