十二段 今宵というひと㊂
さくやは借りたバスローブを着てリビングに戻った。濡れた衣服の洗濯が終わるまでは、まだ時間が掛かりそうだ。
「どうもありがとうございます。服が乾いたら私は―」
さくやは今宵にお礼を言ったが、彼女を見て呆気に取られた。
目を引く派手なレース柄のブラジャーとショーツ。今宵は何故かランジェリー姿だった。
「今宵さん、ふ、服はっ!? そうか私がバスローブを使ってるからっ! じゃあこれを……って、それじゃ私が裸になっちゃうっ!」
思いも寄らない事態に焦ったさくやは、可笑しな行動を取り掛けた。
「……服くらい持っているわよ、失礼ね。ここには私しか住んでいないのだから、どんな格好でいてもいいでしょ?」
「えっ! そ、それは……そうですね…………?」
冷静な今宵。しかし、さくやは納得し兼ねる。
――一応、今は私が居るんだから、普段通りなのは如何なものでしょうか……っ?
今宵はカーペットの上で、ケンシンをブラッシングしていた。大型犬並のサイズで堂々と寝そべるケンシンの傍らに、慎ましく膝を突く彼女の姿は、何だか上下関係を感じさせる。
「さくや。……だったわね。紅茶を淹れて上げるわ。ゆっくりしていって。ケンシンはミルクかしら?」
今宵はそう言うと、そのままの格好でキッチンに立った。
さくやは目のやり場に困ると思いつつも、男子の理想に違いない、その姿を盗み見る。超高校級のカラダには、ランジェリーがとても板に付いている。当然、自信があるに違いない。さくやは普段、自分の体型を羨ましがる同級生の気持ちが、分かった気がした。
「あら、宅配かしら?」
インターフォンが鳴ったので、今宵が玄関に向かった。淀みのない行動に、さくやは「これはいけない!」となるのに一拍遅れた。
「ちょ、ちょっとっ、その格好で出るんですかっ!?」
「……。ええ、恥ずかしいけど待たせちゃ悪いわ」
今宵はチラリと自分の姿を確認したが、それでもドアに向かうので、さくやは大急ぎで彼女を部屋の隅に追い遣った。
「わ、私が応対しますからっ!」
さくやもバスローブ一枚の姿だったが、相手には分かりっこないだろうし、何よりランジェリーよりはいかがわしくないので、代わりに宅配を受け取る事にした。
「―あら実家からだわ。まだ越してきてひと月も経たないのに、もう三回目。心配いらないって言ってるのに……」
届いた荷物を開けながら、今宵は親のお節介に不満気だ。大事故を回避できたさくやは、頂いた紅茶で一息付いた。
「いくら自信があるからって……。大丈夫なのかなこの人……」
宅配はクール便で、中には魚介類がいっぱい入っている。今宵は、それを冷凍庫に仕舞う。
「ご実家は東北なんですね。やっぱり海辺ですか?」
さくやは受け取った際に住所を見たので、聞いてみた。
「漁港がある小さな島よ。高校なんてないから、以前は毎日、船に乗って島外の学校に通っていたわ」
「そうなんですか。でも、どうしてそんなに遠くから……。幾ら頼まれたからって……躊躇い、とかは無かったんですか?」
さくやは聞いた。巫の為に、縁もゆかりも無い土地へ越してくるのは、余程のボランティアに思えた。
「躊躇い? ええ、ないわ。求められたもの、ケンシンに……」
今宵は、皿でミルクを舐めるケンシンを見ながら答えたが、その眼差しは何処か遠くを見ている。
「……いいえ。巫。この役目は、きっと私を必要としている……! と感じたからよ」
「必要としている……?」
さくやには良く分からない。今宵が首を傾げる。
「貴方は違うの? じゃあ、どうして巫をやっているの?」
「私は……」
さくやは言い淀んだ。自分が巫をやるのは、尊の役に立ちたいと思ったからだ。
「他に誰もいなくて……」
最初は緊急で、さくやしか変身できる人がいなかった。つまりは、間に合わせの人材だったと言える。
「そう」
今宵は自分のカップを取ると、紅茶の香りを楽しむ。すると、思い付いたかのように聞いてきた。
「尊って……付き合っている女の子とかいないのかしら?」
「えっ!? な、なんで急にっ!? いないですっ!! いない筈ですっ!!」
さくやは思わず否定した。
「ふ〜ん。あの人モテないのね」
「い、いえ、そうじゃなくて……」
さくやは尊に失礼だったと感じる。確かにその手の話は聞かないのだが、尊は間違いなく、とある人物には超モテモテだ。
しかし、さくやは今宵が、どうしてそんな質問をしたのかに気付き、言葉に詰まる。
「フリーなら、私。貰ってもらおうかしら」
今宵が予想通りの発言をした。
さくやは動揺する。
「巫をする上でもメリットだと思うの。然るべき関係なら、尊も遠慮なく命令したり、こき仕ったりできるでしょ?」
今宵が言った。
さくやは不思議な気分に襲われた。高校の校門で始めて今宵を見た時に感じた焦燥感。しかし、早とちりだったあの時よりも、激しい動悸を感じる。
言葉がつい口を衝いた。
「……だ、だめ……っ!」
「あら、どうして?」
「そ、それは……!」
さくやは理由を言おうとして真っ赤になる。
「み、尊さんは実は凄くモテるんです……っ! 多分、ライバルがいると思います……っ!」
さくやは何とか誤魔化そうとした。しかし、自信家の今宵は、そんな事で諦めたりはしない。
「別に私、負けないわ」
キッパリと言うと、唇に指を当て算段を立て始める。
「付き合うには、まずは信頼を得る事が絶対条件ね。彼には頼れる巫が三人もいるのだから、新入りの私はもっとカラダを張らないと……」
さくやは怯えたような表情で、今宵を見る。動悸が収まらない。
――ど、どうしようっ!!?
このままでは今宵と、尊を取り合う事になってしまう。
――この人と争ったら、多分、敵わないよ……っ!
「……私達、ずっとギリギリの戦いばかりで、きっと尊さんはいつもハラハラしているんだと思うんです。……今宵さんがいれば、少しは安心できるようになるのかも」
さくやは愛想笑いをしながら、今宵があくまでも「頼れる巫であってくれればいい」と願った。
しかし、自分の言葉が自分の心を抉る。
「強くて、相応しい人がいれば、尊さんの役に立てる……」
――私より―
「今宵さんの方が…………っ!」
さくやの表情が青ざめる。今宵がチラリとさくやを見た。
「貴方……」
今宵は考え事を止め、呆れたように言った。
「相応しいかどうかだけで人と人、結ばれるとは限らないと思うけど」
さくやはハッとする。
「もしかして貴方って、自分より相応しいひとが現れたら、身を引いちゃうタイプ?」
今宵が悪戯っぽく笑う。ブラに包まれた大きな胸に手を当て、色気を醸し出す
「私だったら諦めないわ。どんな事をしても、彼に振り向いてもらう……!」
さくやは驚いた表情で今宵を見る。彼女の意見が、恋愛では決して間違っていないと感じたからだ。
完璧。理想。大和撫子である事が、決して尊の想い人になれる条件ではない。それは、自分がそう有りたいだけ。
巫として有りたいのも、同じわがまま。
わがままを通したいのなら―
「どんな事を、しても……」
「これ持っていって。美味しいわよ」
「ありがとうございます」
帰り際、今宵は実家から届いた魚や佃煮を、幾つかさくやに持たせてくれた。無事、乾いた制服に袖を通したさくやは、お礼を言う。
「それじゃ……またお互い必要とされた時に……!」
今宵が言った。
さくやは今宵を自信家だと思っていた。実際その通りで、戦いや行動に迷いがなく、意見や評価をハッキリ言い、淀みがない。
ある意味、素直で、ありのままの自分を見せてくる。
「あの……今宵さん」
さくやは自分の気持ちが、嫉妬であると理解した。
巫としての実力。女性としての魅力。さくやを上回るそれらを、堂々と見せられる今宵への妬み。
さくやが巫を続けたいのであれば、今まで以上に努力しなくてはならない。恋をするのも、今まで以上に自分の気持ちを露わにしていかなくては、そちらも遅れを取ってしまうかもしれない。
さくやは自分を奮い立たせる。
尊を好きという気持ち。尊の力になりたいという想い。それらでは、絶対に負ける訳にはいかない。
「私も諦めません。巫、一緒に頑張りましょう……!」
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