十一段 理想型㊁
さくや、尊、千代、楓は今宵と共に、安倍家へ場所を移した。
今宵は尊と同じ高校二年生。とすると、十六か十七の筈なのだが、大人顔負け、どころか、芸能人でも中々いない、トップクラスのスタイルの良さだった。その所為で、高校の夏制服はワイシャツ(女子のへそ出しは中学と一緒)なのだが、彼女の場合、胸元のボタンが留まらず、バッチリ谷間が見える始末だ。
――この人がハイパークールビスの制服を着たら、すごいことになっちゃいそう……。
恐らく、高校も破廉恥制服を取り入れるだろう。さくやは、上には上がいると感じた。
「おっ、皆、お揃いで戻ったか。そして、そなたが―」
おサキが庭の縁側で出迎えた。今宵と会うのは、おサキも初めてのようだ。
「話に聞いたオトヒメか! いやいや、中々の実力だと聞いたぞ!」
一流の容姿を持つ今宵は、巫の素質を見極めるおサキのお眼鏡にも叶ったようだ。おサキは今宵の周りを歩き、色々と観察したり、覗いたり、調べたり、お触りしたりする。
「うーむ……。おお! こ、これは!? うむうむ立派じゃ。発育が進んでおる。尊、そなた何処で口説いてきたのじゃ?」
「口説くっ!?」
おサキの言い回しに、中学生達が過剰反応する。
尊も少し困った表情をしたが、それは口説き文句を暴露しなくてはならない、からではなかった。
「僕じゃないよ。彼女を見付けて来たのはケンシンさ」
「ケンシンっ!? あやつ、今頃になって! 一体、何処で油を売っていたのじゃ!?」
おサキが驚き、憤慨した。
さくや達はケンシンが誰だか知らなかったが、その疑問に答えるように、唸り声のような声が届いた。
「主役は遅れて来るもんだ! 勝利を約束する絶対的な力を持ってな!」
「!?」
さくや達は声の主を探してキョロキョロした。楓が迎えの屋根の上に何かがいるのを見たが、直ぐに視界から消える。
「この声は、ケンシン!」
おサキが言った。屋根の上からジャンプしたケンシンが背後に着地したので、おサキは慌てて飛び退く。
「久しいな、尊、おサキ! ただいま戻ったぞ!」
ケンシンは狼の姿をした使い魔だった。海の色のような蒼い体毛を、粋な感じに靡かせている。
「そなた! 今まで何をしとったのじゃ!?」
「当然、巫を探していた! そして見付けたのさ、理想をな! キサマの方こそ何をしていたんだ? まさかそこの小粒共が、キサマの見出した巫か?」
咎めるおサキに、ケンシンは牙を見せ付けるようにニヤリと口角を上げる。
「小粒じゃとー! わしの目に狂いはない! 大体、悪霊との戦いはとっくに始まっておるのじゃ! この娘達が居らなんだら、今頃、どうなっていた事やら!」
「フン! 多少の犠牲は覚悟の上だ! 使い魔に取って大事なのは、才ある巫を発掘する事なんだよ!」
「遅れて来たそなたに、説教を垂れる権利はないわー!」
「口だけで臆病な狐が! とっくに食われちまったと思っていたぜ!」
「なんじゃとー! この通りピンピンしとるわー!」
「フン! 悪霊が仕留め損なったのなら、オレが代わりに食ってやるよ!」
「わしを食えるものなら食ってみろじゃー!」
おサキとケンシンは剃りが合わないようだ。揉めだし、お互い相手の尻尾に噛み付こうと、グルグルし始める。
「おサキ以外にも使い魔がいたんだ……」
「ああ。連絡が取れないからずっと心配していたんだけど、巫を見付けたから戻る、と一週間前に伝えてきてね」
荒々しい性格の使い魔の登場で、少し面を食らうさくや達に、尊が説明した。オトヒメが現れた事には、ちゃんと訳があったようだ。
喧嘩は止めさせたいが、狐と狼が追い駆けっこする光景は珍妙で、千代と楓はちょっと笑ってしまっていた。一方、今宵は喧騒には無関心だ。
「巫として活動する為、今宵さんはわざわざこの町に引っ越して、高校も転校してくれたんだ。それで合流が今日になったって訳さ。これからは四人体制で戦う事ができるよ」
尊がありがたそうに言った。さくやも、巫の為に、そこまでしてくれる今宵に感心した。
「あの、今宵さん。この間は助けて頂きありがとうございました。私、巫ナデシコです。これからよろしくお願いします」
さくやは会釈して改めて挨拶した。千代と楓も続く。
「よろしく。……そう、貴方達が巫だったのね」
今宵は冷めた声で言った。
「ごめんなさい。てっきり一般客だと思っていたから」
さくやは、ちょっと見くびられた気がした。
「いや、まぁ、そう見えましたよね……」
「わ、わたし達、あそこから本気を出す所だったんだよっ!」
「泣きそうになってたくせに……。なんで見栄張るんですか?」
苦笑いする三人だったが、今宵はくすりともしなかった。
さくやは何となく、今宵から冷めた雰囲気を感じた。ケンシンから色々、聞かされてはいるのだろうが、浮世離れした世界に足を踏み入れたばかりの身にしては、とても冷静に思えた。
「よし。それから四人にこれを渡して置くよ」
尊が縁側に用意してあった風呂敷から、小さな木箱を取り出して、さくや達に渡した。
「なんですか?」
てっきり重要な物が入っているのかと思ったが、中身は空っぽだった。
「至急、作ったもので簡素なんだけど、その香箱には外部と内部を完全に遮断する術を掛けてある」
尊が説明する。蓋の裏には小さいが、尊が普段、陰陽導を使う際と同じお札が貼られていた。
「悪霊は何も、君達が巫だと分かっている訳じゃない筈だ。気配を辿って来るようだが、それは恐らく天貝紅の気配に違いない。だから必要のない時は、天貝紅をその箱の中に入れて気配を断つんだ。そうすれば、突然に奴らに襲われる心配はなくなるだろう」
「良かった。これで安心してお風呂に入れるね♪」
千代が嬉しそうに言った。他にも授業中や睡眠時などの際にも、仕舞って置けば安心だ。
「君も使ってくれ」
尊は同じ物を今宵に差し出したが、今宵は受け取らなかった。
「私はいらないわ」
「え?」
「巫は悪霊を祓うのが仕事なのでしょ? 倒すべき悪霊が、わざわざ向こうから来てくれるというのなら、巫である事を隠す必要はないわ」
今宵が言った。
「それに、この前の悪霊達、一般人に危害を加えないとはとても思えなかった。私達を狙い易くして置けば、無差別に誰かが襲われる危険を減らす事にもなる筈よ」
「それは、そうかもしれないが……」
言っている事はもっともだが、尊は、それでも巫達に、最低限の安全保証が有るべきと思って作ったのだ。
「私はケンシンから巫の役目を引き受けた際、相応の危険がある事を承知して、その上でこの町に来たのよ。だから、安全なんて不用。私には、私に求めている事を熟すよう命令してくれればいいのよ」
今宵は冷静にそう言ったが、簡単に言える事ではなかった。
香箱を受け取った千代と楓は、ちょっと気まずそうにした。
「……」
さくやは、自分の中にある使命に対しての「覚悟」というものが「甘い」のではないのかと、今宵に言われたような気がして、ショック受けた。




