第71話 聖剣の故郷
リチャード先王の内乱の処理が終わったエンリ王子たちは、馬車を調達すると、マーリンも加えてイギリス北部に向った。
目指すはアーサーとマーリンの故郷。
目的は、イギリス古代王の聖剣だというエンリの魔剣についての情報を得る事だ。
馬車に揺られながら、エンリはアーサーに訊ねた。
「どんな村なんだ?」
「ペンドラゴン村っていう、地図にも載っていない隠れ里みたいな村ですよ」とアーサーは答える。
農村地帯を進み、大きな森に入る。
森の中の道を進みながらアーサーは「この森を抜けると見えてくるんだ」
森を抜けると向こうに家が並ぶのが見える。周囲に畑。村の真ん中に屋敷と小さな教会。
そんな景色を馬車を止めて眺めながら、エンリは「隠れ里・・・ねぇ」
土産物屋があって、あれこれ売っている。
聖剣を模った木刀や聖杯ストラップ、円卓騎士人形にアーサー饅頭・マーリン煎餅。
向かいに喫茶ランスロット。
隣にイグレーヌ食堂。
向こうには温泉旅館アヴァロン。
その他何軒もの旅館。通りには旅館の宿泊客があちこちに。
「観光地になってるじゃん」と、エンリ、あきれ顔。
そして「隠れ里じゃなかったのかよ」とアーサーに・・・。
「最初はそうだったんだけど、魔法を教わりに人が来るようになって、噂が広まってね」とアーサー。
エンリは「何だかなぁ・・・って、あいつら、どこに行った?」
土産物屋ではしゃぐ仲間たち。
「このお饅頭、美味しいの」とファフ。
「この煎餅もいけるぞ」とタルタ。
「このストラップ、可愛いわよね」とマーリン。
木刀を振り回すジロキチ。店の売り子にちょっかいを出すカルロ。
エリンはあきれ顔で「お前らなぁ。遊びに来たんじゃないぞ」
すると店の人がエンリに「引率の方ですね。お勘定お願いします」
「あのなぁ」とエンリ王子絶句。
そんなエンリに人魚姫リラが「あの、王子様、向こうのギネヴィア像を見に行きませんか。像の前でキスすると永遠に結ばれるんだそうです」
「人魚姫まで」と溜息をつくエンリ王子。
そんな仲間たちを横目に、ニケがあきれ顔。
「なってないわね」
エリンは「こういう時にまともなのはニケさんだけだ」
ニケは「この森の道路、狭すぎよ。これじゃ団体観光客用の大型馬車が入れないじゃない。お金儲けの何たるかが、全然解ってない・・・って、王子、どうしたの?」
「いや、何でもない」と言って溜息をつくエンリ。
ようやく仲間たちが観光気分に飽きて、村の中心に向かう。
目的地に向かいながらエンリはアーサーに訊ねた。
「アーサーって名前は先祖から受け継いだんだよな? ここの領主の子とか?」
アーサーは「領主は居ないよ。長老は居るけどね。祖先の名前だからって親が適当に付けたんで、村の男子の三割はアーサーですよ」
「じゃ、マーリンも?」とエンリはマーリンに・・・。
マーリンは「いかにも・・・って感じでモテそうだからって、親が適当につけたのよ」
「聞くんじゃなかった」と溜息をつくエンリ。
長老の屋敷に着く。アーサーとマーリンが屋敷の人に挨拶し、仲間たちは中に通される。
応接室のような所でしばらく待っていると、二人が戻ってきた。
「長老が会ってくれるそうだ」とアーサーが仲間たちに・・・。
部屋に通される。円卓の向こうに、いかにも長老といった風な白髭の老人。
そして「あなたがエンリ王子ですね。私がここの長老です」
「エンリです。それで、これを見て欲しいんですけど」
そう言ってエンリは魔剣を長老に渡す。
長老はそれを抜いて、あちこち調べる。そして言った。
「確かにこれは古代王の聖剣です。どこでこれを」
エンリは「ポルタ王家が受け継いだのです」
「そんな所に流出していたとは」と長老。
「返せとか言わないですよね?」とエンリ。
長老は言った。
「剣があなたを主人と認めた以上、これはあなたのものです。だが、どういう経緯でそちらに渡ったのか・・・」
エンリは「私もそれを知りたい」
長老はしばらく目を閉じて思案を巡らせる。
そして言った。
「初代マーリンの記憶が封じられたとされる樫の木があります」
みんなで屋敷を出て、長老の案内で樫の木へ向かう。
歩きながら、長老がアーサーに言った。
「ところでお前、あれが聖剣だという事にいつ気付いた?」
アーサーは「スパニアの内乱で剣が岩盤と融合した時です」
「修行が足りんぞ。ペンドラゴンの魔導士たる者、手にした瞬間に気付かんで、どうする。当分修行が必要だな」と長老。
「そんなぁ」とアーサー。
樫の木の前に着く。
エンリたちが見守る中、長老が書庫の呪文を唱える。
古代語の呪文を詠唱。樫の木の周囲に魔法陣を描き、古代文字を配置・・・。
その時、樫の木の幹から発した白い光が急速に広がって周囲を覆う。
「いかん。魔力が暴走している」と慌てる長老。逃げる間も無く光は仲間たちの視界を覆う。
そしてそれが治まった時、エンリ・ファフ・リラの三人の姿がその場から消えていた。
エンリ王子が身に着けていた魔剣を残して・・・。
エンリが目を覚ました時、目の前に一人の若者が居た。相当なイケメンだ。
「おい、あんた達、大丈夫か」と若者が呼びかける。
ふらつく頭を抱えて起き上るエンリ。
周りにリラとファフも倒れている。
「ここは何処だ」と言って周囲を見回すエンリ。
若者は「道の真ん中だよ。こんな所で寝ていると、モンスターに襲われるぞ」
その時、リラとファフも目を覚ます。
そして若者を見たファフが、いきなり「アルフォンス様ぁ」と叫んで彼に飛びついた。
若者は嬉しそうにファフを抱いて「君、可愛い子だね。名前は?」
「ファフ」
そう名乗ったファフに、若者は「どこでかで会ったかな?」
「これから会うの」とファフ。
「運命という奴だね?」と若者。
ファフは「そうなの。頭撫でて」
頭を撫でられて気持ち良さそうなファフ。
エンリは不審そうな顔で彼に「あんた、もしかしてロリコン?」
すると若者は「その呼び方は文学的じゃない。ニンフォラバーと呼んでくれ」
「いや、呼び方の問題では・・・」とエンリ。
「幼女は世界の宝。可愛いは正義。萌えーーーーーーー!」と若者は叫んだ。
(この男は・・・)とエンリは脳内で呟く。
エンリは、さっきファフが彼の名前を呼んだ事を思い出す。
そしてファフに「ファフ、この人って?」
そうエンリに訊ねられたファフは「ファフの主様だよ。ファフ、この人の従者になって魔剣、預かったの」
「じゃ、ポルタの初代王?」とエンリ。
「そうだよ。かっこ良くて優しくて、ファフ、大好き」とファフは嬉しそう。
エンリは「ちょっと待て。じゃ、お前の姿が主と認めた人の理想って」
「この主様の理想」とファフ。
エンリ唖然。そして叫んだ。
「俺がロリコンって、やっぱり濡れ衣だったんじゃないかぁ」
そしてエンリは「ところであんた、ここで何を・・・」と若者に・・・。
若者は「この先の湖に化物が出るというので」
「退治しに?」とエンリ。
「美少女なモンスター娘だっていうからゲットしに」と若者。
エンリ唖然。そして(この男は・・・)と脳内で呟く。
「けど美少女って・・・人外だよね?」
そうエンリが言うと若者は「お前が言うかよ。そっちの子は人魚でこの子はドラゴンだろ」
「知ってたの?」とエンリ。
「女の子に関して俺に解らない事なんてあるもんか」と若者。
エンリ唖然。そして(この男は・・・)と脳内で呟く。
「で、あんた、何者だ?」
そうエンリが訊ねると、若者は言った。
「武者修行中の騎士さ。ブルゴーニュから来たアルフォンスだ。親父は領地貰ってイベリアに行ってて、レコンキスタの真っ最中だけどね」
エンリは思った。
(もしかして本当に初代王・・・ってまさか)
「ここ、イングランドだよね?」とエンリは訊ねる。
「そうだけど」とアルフォンス。
「ここの王様は?」とエンリは訊ねる。
アルフォンスは「フランスから征服して来たウィリアム王だよ。知らないのか?」
エンリは思った。
(本当に過去に来ちゃったんだ)
今度はアルフォンスがエンリに「で、あんたは?」
「まあ、似たようなものさ」とエンリ。
「やっぱり武者修行か。名前は?」とアルフォンス。
それに対して「エンリだ」と名乗る。
アルフォンスは「偶然だな。俺の親父と同じ名前だ」
エンリは脳内で(なるほど、そうだったな)と呟く。
「ところで丸腰のようだが、剣とか無いのか?」
そう彼に問われて、魔剣が無い事に気付くエンリ。
「どうしよう」
そう呟くエンリにリラが「あの、王子様。転移する前の時代に残してきたんだと思います。あれだけの宝具だと同じ時代に二つ同じものは存在できないというお約束なのでは」
「そういうものなのかな」とエンリ。
「どこかに落とした?」とアルフォンス。
エンリは「そうらしい」と一言。
アルフォンスは「そりゃ心細いだろうな。お前、魔力も無いだろ?」
「まあな」とエンリ。
アルフォンスは自信顔で「まあ安心しろ。俺は強いぞ。何が来たって大丈夫だ。山賊だろーが海賊だろーが、ウィリアム王の軍隊だろーが」
「ウィリアム王の軍隊って?」とエンリが訊ねる。
「反乱鎮圧とか言って、あちこちで住民殺しまくってる。北部の蹂躙とか言って、みんな戦々恐々だよ」と説明するアルフォンス。
エンリは「そりゃ物騒だな」
湖に着く。水の碧さと森の緑が美しい。
ピクニック気分で弁当を広げるアルフォンスはエンリたちに言った。
「お前らも食え。ここに来る前、宿の子が作ってくれたんだ。美味いぞ」
「やっぱり幼女か?」とエンリ。
「可愛い子だぞ」とアルフォンス。
エンリはあきれ顔で「あちこちで手を出してるんだな。そのうち職質されるぞ」
「宿屋の主人の幼い娘が主人公に恋をするってのは冒険物の定番だ」とアルフォンス。
「いや、"幼い"ってのが付くのはお前だけだ」とエンリはあきれ顔。
アルフォンスは「そんな事は無い。客に可愛がられて料理も上手な看板幼女だぞ・・・ってファフ、どうした?」
ファフは拗ね顔で「アルフォンス様、ファフとその子とどっちが可愛い?」
「嫉妬かよ」とエンリはあきれ顔。
「どっちも可愛いぞ。俺の愛はみんなのものだ。ただし幼女に限る」とドヤ顔のアルフォンス。
エンリは笑って「けどファフ、お前、料理は出来ないよな」
「出来るもん。アルフォンス様に兎さん作ってあげる」
そう言ってファフはデザートの林檎を切って、皮に二つ切り込みを入れる。
そして「兎さんなの」
ファフの頭を撫でながら、アルフォンスは兎を模った林檎を食べる。
その拍子に果物ナイフを落とすアルフォンス。
すると湖の中から、幼女の姿の湖の精が現れて、言った。
「あなたが落としたのは、こちらの豪華な聖剣ですか? それともこちらの果物ナイフですか?」
するとアルフォンスは、手を伸ばして湖の精の頬に手を当て、言った。
「そんなものより、君が欲しい」
幼女の姿の精は頬を染めた。
こうしてアルフォンスは三つのものを手に入れた。
自分が落とした果物ナイフと、聖剣と、ガラスの小瓶の中には湖の水とともに小さくなった精霊。
そのガラス瓶を右手に掲げて、アルフォンスは叫んだ。
「湖の精の美少女、ゲットだぜ」
エンリは頭痛顔で呟く。
「何の台詞だよ」




