第615話 戦場の歌声
ライプチヒの戦いに敗れて全ての衛星国を失い、フランス本国に追い詰められたナポレオンが立て籠もる、フランス防衛の最重要拠点マジナ要塞。
これを囲むベルナドット総司令が率いる対仏同盟軍。
そんな中で、パリに現れた三万のフランス兵。
それは、ライプチヒでナポレオンに見捨てられ、捕虜としてエンリ王子に引き取られた者たちだった。
エンリはパリの国民会議で議員たちを説得し、彼等を率いるルイ新王の復帰と、そしてナポレオン帝政の廃止を認めさせた。
三万のフランス兵はルイ新王の兵としてナポレオン討伐に参加すべく、マジナ要塞の戦場に辿り着く。
その時、戦場では、ナポレオンが地下の抜け道通路を使って送り出した軍勢と、城門を開いて打って出た本隊、更には要塞外に残した兵力の連携作戦による攻勢を受け、同盟軍は危機に瀕していた。
ルイ新王は、エンリとともにファフのドラゴンの背からマジナ要塞のフランス兵たちに呼び掛けた。
「フランス兵の皆さん、戦闘を停止して下さい。僕はフランス王ルイ」
敵も味方も唖然。そして銃声は止んだ。
要塞の望楼からナポレオンが拡声の魔道具で、地上に降り立った新王に問う。
「陛下、新たなフランス軍とは誰の軍団ですか?」
幼い新王がそれに答える。
「西から向かってきているフランス国王の軍です。同盟軍に参加して、あなた達帝政軍を鎮め、この戦争を終わらせます」
オーストリア軍のテレジア元女帝が、拡声の魔道具で物言い。
「私たちはそんなものの参加を認めた覚えはありません」
新王と共に地上に降り立ったエンリ王子が、それに答えて言った。
「ポルタが彼等と同盟しています。同盟国の同盟国はみんな同盟国。ユーロに広げよう同盟の輪っ」
共にファフのドラゴンの背から降り立った、彼の仲間たちがあきれ顔。
若狭が「それ、最近の若い人は知らないと思いますよ」
ニケも「そもそも最近はテレビなんて誰も見ないし・・・」
そんな間抜けなエンリの周囲とは裏腹に、同盟軍のあちこちで殺気立った空気が広がった。
そしてロシアのピュートル帝が「勝手な事を言うな!」とエンリを一喝。
だが、ベルナドットは一国の王太子の立場で「ノルマンは認めます」
イザベラ女帝も「スパニアも認めます」
そしてナポレオンは「フランスの皇帝は私だ! フランス軍の僭称など認めない」
そんな彼にエンリは言った。
「悪いけどナポレオンさん、フランス国民会議は皇帝制を破棄しました。あなたの軍はもうフランス軍じゃ無いんで」
「そもそも新王軍なんてどこから沸いて出た!」
そう問うナポレオンにエンリは「あなたの部下だった兵たちですよ。ライプチヒであなたが見捨てた三万」
「あの捕虜かよ・・・・・・」と、同盟各国首脳は溜息とともに呟く。
戦場に広がった残念な空気は、だが、プロイセン軍に居たビスマルクの一言で霧散した。
「ってかエンリ王子、つまりあなたは既にパリを掌握した?」
「しました」と、エンリはヌケヌケと・・・。
同盟軍各国首脳が一様に「抜け駆けして独り占めかよ。きったねーぞ」とブーイング。
そんな彼等にエンリは「独り占めも何も、フランス王国は敗戦国じゃないんで」
「はぁ?」
唖然顔の彼等に、エンリは「ともにナポレオン軍を破る戦勝国ですから」
「俺たちを切り捨てる気かよ。ふざけんな!」とナポレオンが不満を叫ぶ。
「我々も認めん。そんな理屈が通用するか。だったら賠償はどーなる」と、同盟各国首脳も不満を叫ぶ。
「そんなものは無い!」と、彼等を一喝するエンリ王子。
「領土割譲は?」
そうテレジア元女帝が言うと、「無いから」とエンリは一喝。
プロイセンのビューロウ将軍が、目を血走らせて異議を叫ぶ。
「認められるか! 我々は支配されて傷ついた被害者だ。お前は支配の歴史を認識しているのか?!」
「では、国民自らの政治を望んだこの国の体制を認めず、武力で介入したあなた方の歴史を、あなたは認識しますか?」とエンリは反論。
「私たちはそれを認識しません」とテレジア元女帝。
「ジパングの偽人権団体も同じことを言いましたね。つまり事実を正視しないと。過去に盲目なあなた方は現在未来に対して盲目」とエンリはバッサリ。
「・・・・・・・・」
「かの半島国は隣国と、多額の金銭譲渡を以て請求権が解消された事を明記した和解条約を結んだ。なのに、その事実の認識を拒否し、事実を歪曲した憎悪宣伝を以て一方的なヘイト宣伝戦争を続け、彼等と彼等の戦争に協力するリベラル勢力は、あなた方と同じ言葉で戦争を正当化し、そして論破された」と、エンリは更に指摘を重ねた。
いつの間にか戦場に音楽が流れていた。
拡声の魔道具で議論を続けるエンリの横で、楽師が楽器を奏でていた。
そんな中、ロシアのピュートル帝は抗論を続ける。
「だったら戦争上等だ。バンブー島だってジパングが不戦を守り続ける限り、半島国の実効支配が続き、それを平和主義のリベラルが容認する」
「それは偽の平和主義です。実効支配などと称するあの半島国の侵略継続は、国家犯罪の汚名を負い続けているというだけの事だ」とエンリは指摘。
「我々は被害者だ。加害者はその心を癒す義務がある」
そうビスマルクが言うと、エンリは「では、あなたには、あなたに支配されたポーランド人の心を癒す義務もあるという事ですよね? かの半島国が締結した条約は、相手がその義務を果たした事を認め、謝罪等精神的なものを含む"すべての請求権"が解消された事を明確に規定している。それを自らの恣意な感情によって否定したなら、それは契約違反です」
「フランス軍の侵略で、多くのロシアの民が家と食料と命を失った」
そうピュートル帝が言うと、エンリは「それは焼土作戦の事ですよね? 彼等の家を焼き食料を奪い、気象魔法で冬を早めて、彼等を凍死に追い込んだのはあなた方自身だ」と反論。
ピュートル帝は「それは・・・ってか何だ?、この音楽は。BGMのつもりか?」
「気になりますか?」とエンリ。
拡声魔道具は一旦、リラに手渡された。
そして「心を鎮めて下さい。怒りは何も生みません」
「何だ?この女は」
そうあきれ声で言うピュートルに、リラは「戦争は人殺しです」
ピュートルは苛立ち声で「そんなお花畑は要らん! 殺されたくなければ降参して我々の支配に服すればいい」
魔道具はエンリの手に返され、彼は反論する。
「あなた方は自分たちを"支配された被害者"だと言った。つまり支配を不当とする前提に立ったという事だ。かの半島国の言う"傷ついた心"とやらは、自国民による売春の斡旋を"軍による強制連行"などと歴史を捏造するような洗脳教育によって植え付けられた、自家製のヘイトに過ぎない。その捏造すら改めず、中傷された側の"事実を指摘し主張する権利"すら認めず、自らが恣意的に主張する"心の傷"を振り翳した命令権を希求しても、それは不当な支配強欲以外の何物でも無い。あなたの言っている事はただの感情論です。駄目な論理の典型だ」
ピュートル帝の苛立ちの怒号が炸裂する。
「もういい。フランス王軍とやらもナポレオンと同様に敵だ。これは戦争なのだ。勝者こそ全てだ!」
「あなた方と同類の半島国や大陸国、そして彼等の同志たる自称人権団体は言ってますよね。戦争は悪だと」とエンリはなお事実を突き付ける。
テレジア元女帝が「そんなのは建前です。戦争で決した勝敗こそ正義の根源」
「先ほど、戦争に負けて支配された自らを被害者と名乗った事も、建前ですか?」とエンリは反論。
ブチ切れるピュートル帝。
「うるさいうるさいうるさい! 今すぐその口を閉じろ。でないとその汚い首を斬り落としてやる! 論理なんぞ、論理なんぞ糞っくらえだぁーーーーー!」
ビスマルクが「ここは激論の場じゃ無いぞ。我々戦勝国を支配者とする認識を深める場だ」
そう言って対論放棄を宣言した彼等に、リラが言った。
「心を鎮めましょう。歌は人の心を平和に導きます。私の歌を聞いて下さい。"愛、憶えてますか"」
ナポレオン軍は戦闘を再開した。
ロシア、プロイセン、オーストリア、そしてイギリスの軍も戦闘を再開し、その銃口は、戦場に到着していたフランス王国軍にも向けられた。
これを守って、スパニアとノルマン・ポルタの軍も応戦する。
戦場は三つ巴の戦いとなり、銃声が響く中、戦場に歌声が流れた。
戦い続けつつもその歌声が耳に届いた、ナポレオン旗下のフランス兵たち・・・・・・。
「何だこれ。心に沁みる」
そう一人のフランス兵が言うと、他のフランス兵たちも「気分が落ち着く・・・ってか、何だか眠いんだが・・・」
「デカルチャー・・・・・」
そう呟き、バタバタと倒れて眠りにつくナポレオン軍の兵士たち。
ロシア、プロイセン、オーストリア、そしてイギリスの軍の将兵も眠りにつく。
銃声が止んで歌声だけが流れた。
「リラ、もういいぞ」
そう言ってエンリ王子は彼女の肩をポンと叩きつつ、耳栓を外す。
彼の仲間たちも、そしてポルタとスパニアとノルマンの将兵たち、フランス王国軍の兵士たちも耳栓を外した。
リラのセイレーンボイスにより眠らされて戦場に転がる数十万の兵たち。
そんな彼等に視線を向けると、エンリはベルナドットとイザベラ、そしてルイ新王配下の指揮官たちに言った。
「とりあえず兵を使って、こいつ等を拘束しよう」
国王軍を認める事を拒否したナポレオン軍と四か国の将兵は全員捕虜となり、戦後処理の話し合いが始まった。
話し合いと言っても、捕虜の立場で対話の場に引きずり出された四か国の王たちである。
彼等は、エンリの要求を呑む他は無かった。
そこでは、以下の合意が取り決められた。
フランス革命から始まる一連の戦争は全てナポレオン個人の責とされ、フランス王国は責を問われない。
オーストリアとポーランドがフランスに負っていた賠償関連の負債は、プロイセンがポーランドに負っていた負債とともに消滅。
ドイツは連邦国家として、プロイセンもオーストリアも、その他の領邦と同じく連邦構成国の対等な一員となる。
ロシアから離反したウクライナとベラルーシ、そしてポーランドの独立も承認される。
唯一、四か国側が通した主張があった。
それはナポレオンの処罰に関してのイギリスは要求だ。
「彼はフランス国民にとっては相変わらず英雄ですわ」
そう言うエリザベス女王に、エンリは「そう思ってない人も居ますけどね」
「その処罰をフランスに委ねれば、かなり甘いものとなり、下手をすると再起してナポレオン第二帝政で侵略再開・・・なんて事になりかねません。イギリスに引き渡して頂けるかしら」と要求するエリザベス。
「まさか百年戦争の時みたいに悪魔崇拝者認定して火あぶりとか?」
そう困り顔でエンリが問うと、彼女は言った。
「私どもはジパングへのヘイトを拗らせて宣伝による戦争の継続に齧り付き、軍靴の幻聴が聞こえるだの、トップだった者が生きているから戦後処理を終えても対等独立国の資格の無い保護観察国として自分たちには監視する権利があるんだ人権なんぞ主張せず平伏して言いなりになれ・・・みたいな、どこぞの半島国やリベラル教徒とは違います。報復したい訳じゃ無くて、せいぜいセントヘレナ島送りで済ますつもりですわ」
会議が終わると、捕虜としての各国の王が連行された跡の議場で、ジロキチが問うた。
「なあ王子、あのリラさんが言った"戦争が人殺し"とか"歌は人の心を平和に導く"とか、あれって・・・」
リラは困り顔で「あまり言わないで下さい。私だって恥ずかしいんですから」
エンリは言った。
「人の心を戦争に導くのは、戦争宣伝で煽るヘイトだよね。戦争は心の中から生まれるが故に、心に戦争の砦を築き、戦争へと邁進する。その砦とは即ち憎悪だ。それを少女像とか言って平和の砦を詐称するのは、ただの羊頭狗肉だよ。あの半島国も大陸国も教育でヘイトを植え付けて、ああなっているんだからな」
「そうですよね。その癖、憎悪の要素の無い単なる慰霊施設を戦争装置と言い張る」と若狭が頷く。
エンリは続けて「けど、それを鎮めても、道理で解決する意思が無ければ、利害対立による争いは変わらない。だから不当かつ勝手な都合を主張し、不都合な事実を隣国に責任転嫁する認識に固執して、それを否定する道理に蓋をするため、常に怒りを必用する。それを武器として相手を威嚇するのさ。そんな目的で、意図を以て民の感情を暴走せしめたものが、例の半島国や大陸国の、隣の列島国に向けての"謝罪しろ"とか"この戦犯国家がぁ"とか"責任を果たしてないぞ"みたいな理に反したヘイトスピーチだよ。そんなのを向けられたら、列島国の人達だって怒って当然だ。怒りってのは本来は理不尽な現実を変えたい、っていう心のエネルギーで、理不尽が横行するなら必用なのもさ。要は理不尽を理不尽と判断する論理と理性の問題だよ」
ジロキチは「で、結局あれって・・・」
「ただの宗教だよ」
そうエンリが言うと、ジロキチは「ただのラブソングじゃなくて?」




