第613話 窮鼠な英雄
本格化したドイツの反抗を阻止せんとするナポレオンと、ベルナドットを総司令として結集した対仏大同盟の戦いで、フランス軍は二度に渡るベルリン攻略に失敗。
ドイツ支配の拠点ライプチヒの攻防戦に敗れたナポレオン軍は、市街の西を流れる川の水面下に設置した橋を渡り、半数近い兵を残して離脱した。
橋を爆破した事で、同盟軍は渡河に手間取り、アルプスを越えて来援したイタリア駐留軍と合流したナポレオンは、辛くもフランスに逃れた。
ドイツ国内の駐留軍は、既にライプチヒの戦場に参加しており、ドイツにフランス軍はもう居ない。
ライン連邦は崩壊し、ウェストファーレン王国はプロイセンに占領されて、傀儡王はフランスに逃げ帰った。
フランス軍の去ったイタリアの傀儡王も追い出され、イタリアは再び都市諸侯連合の管理下に置かれた。
パリの宮殿に帰還したナポレオンを、自称クワトロバジーナが迎える。
「衛星国、全滅しちゃいましたね」
そう彼が言うと、ナポレオンは「まだオランダとデンマルクが残ってる」
その時、部下の一人が報告。
「オランダの執政長官が駐留軍を連れて帰還しました」
ナポレオンの執務室に入室して報告する執政長官。
「本国の危機と知って防衛に参加すべく、全兵力を率いて参上しました」
「つまり追い出されたと?」とナポレオン。
「そうとも言いますが・・・」と、冷や汗顔の執政長官。
「市民の叛乱なんぞ弾圧すりゃいいだろ」
そんな乱暴な事を言うナポレオンに、執政長官は「イギリス軍が上陸したんですよ」
「オレンジ公を連れてかよ」と言って、ナポレオンは溜息をつく。
「・・・・・・・・・」
間もなくナポレオンは気を取り直し、そして「まあ、まだデンマルクがある。あそこを押えればノルマン海を掌握可能だ」
「けどそれ、フランス防衛に意味あるんですか?」と無慈悲に突っ込むオランダ執政長官。
その時、部下の一人が報告。
「デンマルクの執政長官が駐留軍を連れて帰還しました」
ナポレオンの執務室に入室して報告する執政長官は「本国の危機と知って以下同文」
「追い出された訳ね?」とナポレオン。
「・・・・・・・・・」
ナポレオンは溜息をつき、そして言った。
「とにかく、同盟軍が攻め込んで来る。今まではアウエーの不利な戦いだったが、これからはホームでの戦いだ。本領発揮してフランス魂を見せてやれ!」
ライプチヒの同盟軍本営では・・・・・・。
各国の首脳が集まって会議を開いていた。
指令役を演じていたベルナドットが議長役を務める。
「ではこれより・・・・・・」
そんな彼の開会宣言も終えないうちに、「攻め込んでナポレオンの息の根を止めるんですよね?」と各国代表たち。
「話し合いで・・・・・」
そうベルナドットが言いかけると、各国代表たちはいっせいに「却下!」
「そーいうお花畑は要らない」と、ロシアのピュートル帝。
「今まで散々戦って、各国の戦費負担も限界かと」
そう汗を拭きながら言うベルンドットに、オーストリアのテレジア元女帝は「パリを占領して賠償金をせしめればいいだけです!」
そんな騒ぎの中、エンリ王子が発言した。
「それより捕虜はどうします? 市街を占領した分だけで三万人以上居るんだが、彼等の食料がシャレにならないですよ」
議場のあちこちからブーイング。
「んなもんポルタが負担しろよ。お金持ってるよね?」とドイツ領邦国の代表の一人が・・・。
プロイセンの将軍が「軍だって千人くらいしか出して無いし、川向うに居て、ろくに戦ってもいない」
そんな彼等にエンリは「いいですよ」
「・・・・・・・・・・」
嫌がらせな無茶振りのつもりの要求をあっさり呑んだエンリに、各国代表唖然。
だが、これに続く彼の発言で、議場は更なるブーイングの嵐。
「という訳で、川船に乗せて既に本国に移送中でして・・・」
「ちょっと待て! 捕虜交換とか身代金とか、どーなるんだよ。まさか独り占めか?」
そんな不満顔五割増しの彼等に、エンリは反論。
「捕虜交換ったって、敵は命からがら逃げ帰って捕虜なんて連れて行く余裕無かったし、敗戦国でこれから賠償取り放題の筈ですよね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
その頃、ライン川を下るハンザ商人たちの商船が、三万人の捕虜を乗せて列を成していた。
船を操る輸送業者たちは、輸送している捕虜たちについて、あれこれ噂する。
「こいつ等ってフランス兵だよね?」
一隻の商船に乗る水夫の一人がそう言うと、その船の船長が「捕虜だけどね」
「いいのかなぁ」と乗組員。
船長は「俺たちは輸送賃さえ貰えりゃ、何だって運ぶのが仕事だ」
「けど、何のために?」
そう先ほどの水夫が言うと、別の水夫が「まさか奴隷に売り飛ばすとか?」
「依頼主はボルタの王太子で、輸送先はポルタだ。あそこは奴隷売買禁止だ」と船長。
「けど、同盟国に無断で移送って、揉め事になって仲間割れって事になったら、俺たち利敵行為とか言われないか?」
更に別の水夫がそう言うと、先ほどの水夫が「プロイセンにでも密告するか? 報奨金は倍額貰えると思うぞ」
「止めておけ。猫神様の祟りが来るぞ」と船長。
「何だそりゃ」
冗談に突っ込んだつもりでそう言う水夫たちに、船長は「ケットシーだよ」
彼らを監視するように、そこには猫の姿のタマが居た。
二本足で立ってみせるタマは、ガクランを着て頭に「舐めんなよ」と書かれた鉢巻きを巻いていた。
ライプチヒでは、同盟国の軍議が続いている。
「ともあれ、これからどうするか・・・という話なのですが」
そう議長が言うと、イギリスの将軍が「反撃してフランスにどう攻め込むか・・・って事だよね?」
各国の代表は思った。
(占領地は割譲させて、ガッポリ領地を増やしてやる)
「では、今まで通りの統合した同盟軍として・・・」
そうベルナドットが言いかけると、ビスマルクが「我々は独自に軍を率いて懲罰戦争やらせて貰います」
「右に同じ」と他の国の代表たちも・・・。
「相手は本国防衛の立場で必死に抵抗しますよ」
そう主張するベルナドットに、エリザベス女王は言った。
「だからですわ。我々がこれから戦う敵の最大武器は何か。それはナポレオン本人の軍才です。それに対して統一された同盟軍として戦うなら、戦場は一ヶ所という事になる。けれども、各国が独自に攻め込むなら、同時多発的会戦となります。彼の体は一つ。彼自身が指揮する以外の戦場では、容易に勝利が得られ、パリ陥落は時間の問題。敵の強みを回避せよ。これは女子会戦略の鉄則です」
ベルナドットは困り顔で、ポルタ代表席に居るエンリに合図を送った。
エンリはメモを書き、係員を使って議長席に届けさせる。
曰く「まー。なるようになるさ。あまり固執すると、あなたが昔の彼の部下だったってのを突っ込まれかねない」
そして・・・・・。
同盟軍は四か所からフランスに侵攻した。
オランダからはウェルズリー将軍率いるイギリス軍。
復帰したオレンジ公が率いる市民軍ととともに国境を越えた所で、元オランダ駐留軍を率いるナポレオンの返り討ちに逢った。
撤退する同盟軍本営で、ウェルズリー将軍は残念顔で言った。
「ババを引いたのは我々だったか」
「他の各国はパリを攻め落とせるのでしょうか」
そうオレンジ公が言うと、ウェルズリーは「時間の問題だよ」
ウェルズリーは、他の三か国と連絡をとる。
だが、・・・・・・。
ノルマン海から軍艦で上陸し、独仏国境北部から侵入したロシア軍は、元デンマルク駐留軍率いるナポレオンに返り討ちに遭ったとの情報が入る。
ウェルズリー唖然。
「どうなっている?」
更に・・・・・・。
独仏国境中部から侵入したプロイセン軍が、ライプチヒからの帰還兵を率いるナポレオンに撃退されたとの情報が入る。
独仏国境南部から侵入したオーストリア軍が、元イタリア駐留軍を率いるナポレオンに撃退されたとの情報が入る。
イギリス以外の各国にも、他の戦場における敗戦の報は、もたらされていた。
そして唖然とする首脳たち。
ノルマン首都に居る四か国の駐在武官が情報を持ち寄り、突き合わせる。
「ポレオンって四つ子だったの?」
そうオーストリアの駐在武官が言うと、イギリスの駐在武官が「四人の女の子相手にデートを掛け持ち・・・なんてのもあるけどね」
「いや、戦争相手はトイレなんて待ってくれないぞ」と、プロイセンの駐在武官が突っ込む。
ロシアの駐在武官が「転送魔法を使えば不可能じゃ無いと思うけど・・・・」
そして彼等は一様に思った。
(にしても、何なんだこれは?)
フランスでは・・・・・。
プロイセン軍との戦いを終えたナポレオンが、パリに帰還。
既に帰還していた三人のナポレオンに迎えられた。
彼の傍らでロキが実体化。
迎えた側の三人が仮面を外すと、その下からナポレオンの部下の将軍の顔が現れる。
「これ、どういう仕組みだ?」とナポレオンはロキに尋ねる。
ロキは「仮面変形の魔法さ。この仮面をかぶらせて呪文を唱えると、変装させたい相手と同じ顔になる。背格好も服装も同じになり、記憶や思考も取り込み、同じ能力を得られる。暴走すると、自分が自分でなくなる」
「怖ぇーーーーーーーー」と、ナポレオンとその部下たちは肩を竦める。
「つまり、これを被ってる俺の部下たちは、俺と同じ戦争の天才になるって訳かぁ」とナポレオン。
ロキは「下手すると自分が本物のナポレオンだと思い込んで、お前と本家争いを始めるぞ」
「勘弁してくれ。けど、お前ってノルマンの神なんだよね?」
そうナポレオンが言うと、ロキは「邪神とか言われて封印されてたけどな」
「それで、今までの鬱憤を晴らそうと?」とナポレオン。
ロキは「まあ、そんな所さ」
同盟軍の将軍たちの困惑顔を思い浮かべ、こみ上げる悪戯笑いが駄々洩れなロキであった。
大同盟各国は再びライプチヒに集結した。
作戦会議に集まった首脳たちは、盛んに「四人のナポレオン」について話題にする。
「あれって何なんでしょうか」
そう口々に言う彼等に、エンリ王子はしれっと「何かの魔法かと思いますが・・・」
「それで、これからどうします?」
そうベルナドットが本題を切り出すと、エンリは「やはり、集結して正面から?」
「となると戦場は、マジナ要塞の争奪戦という事になりますね」とベルナドットが言い、全員が頷く。
同盟軍は再び独仏国境を越えた。
間もなく、フランス軍がマジナ要塞に集結したとの情報が入る。
「やはりな。あそこはフランスに攻め込む最重要拠点だ」と、本営で地図と睨めっこするベルナドット総司令。
同盟軍は要塞に向けて進軍し、包囲の体勢を整えた。
フランス軍が立て籠もる要塞を遠望する攻城陣の本営で作戦会議。
「ではエンリ王子。炎剣兵団で城門の突破をお願いしたい」
会議が始まると早速、そう言って切り札の登場を促したのは、プロイセンのビューロー将軍だ。
他の各国から参加した将軍たちも頷くが、エンリはこれに難色を示した。
「けどなぁ。あそこの内部は城壁で区切られていて、安易に門から侵入すれば、周囲の城壁上から収集砲火を浴びますよ。ここはじっくり腰を落ち着けて、敵の隙を伺った方が得策かと」
「まあ、戦力はこちらが圧倒的に有利ですし・・・」と、ベルナドットが援護射撃。
作戦会議が解散すると、ベルナドットはエンリに小声で「何か策があるんですよね?」
「まあね。これからその仕上げに入りますんで」と、エンリは意味ありげに・・・。
エンリは自ら率いるポルタ軍の陣に戻ると、二人の部下を呼び出した。
そして「アンドラーデ将軍とフォーリー大佐、後を頼むぞ」
「殿下は?」
そう将軍が怪訝顔で問うと、エンリは「俺はしばらく戦場を離れる」
エンリは炎剣兵団の兵たちを集め、魔剣を抜いて、彼らの剣と盾とボウガンが当面戦えるだけの魔力を分与した。
そして連絡役としてアーサーを残し、他の仲間とともにファフのドラゴンで戦場を飛び立った。




