第608話 草原の解放
ロシア軍による焼土作戦によりフランス軍の遠征は頓挫し、撤退するフランス軍を逃すまいと、追撃するロシア軍。そして気象魔法がもたらした、早すぎる冬。
ダヴ―軍団はフランス軍本隊を逃すための殿を務め、そして追撃を食い止めるための要塞を急造した。
これに対するロシア騎兵による妨害を阻止するため、オスカルとアンドレは幻覚魔法によってフランス軍騎兵隊の幻を見せて、ロシア騎兵隊を牽制。
本隊に戻れなくなった二人は、視界ゼロの吹雪の中、ウクライナの野を彷徨い、そして倒れた。
だが、その時二人は知らなかった。吹雪に視界を閉ざされた自分たちが、既に村の中に居て、目の前に民家があった事を・・・・・。
オスカルが目を覚ますと、彼女はベットの上に横たわっていた。
暖炉に火が燃えており、隣のベットにアンドレが・・・・。
「ここはどこだ。私たちは雪原で凍死した筈だ。するとここは異世界に転生する女神の居る世界か?」
ドアを開けて中年女性が部屋に入って来た。
「おや、目を覚ましたのかい?」
「あなたが女神様か?」
ベットから半身を起こしたオスカルにそう言われ、女性は照れ顔で「あらやだ」
「にしてはルックスが・・・・・・」とオスカル。
女性は口を尖らせて「放っといてよ」
女の子が部屋に入って来る。
「カップルさん、目を覚ましたの?」
そう言う彼女を横目に、その母親である中年女性は、オスカルに「あんたたち、家の前で倒れていたんだよ」
「・・・という事は、あそこは既に村の中?」
そう呟き、視界ゼロの吹雪を思い出すオスカル。
「あなた達が助けてくれたのですね? それで、アンドレは?」
そう言って彼女は、隣のベットで眠っているアンドレに視線を向ける。
中年女性は「さっき目を覚ました所さ。あんたももう少し眠った方がいい。なにしろあちこち凍傷で、衰弱も酷いし・・・。それより、何か食べた方がいいかね」
女の子がオートミールの器を持ってくる。
「胃が弱っているから、ゆっくり食べな」と言って、器をオスカルに渡す中年女性。
オスカルがオートミールを食べていると、玄関から男性の声が聞こえた。
「お父さんが帰って来た」
女の子がはしゃぎ声で部屋を駆け出る。
そして男性が部屋へ・・・・
「客人の様子はどうかな?」
男性を見て、オスカルの表情が変わった。
「お前はコサック兵!」
短銃を構えるオスカルを、いつの間にか目を覚ましていたアンドレが制した。
「よせ、オスカル。彼等は敵じゃない」
男は語った。
「コサックは我々ウクライナの戦士がロシアに戦わされている傭兵・・・というより奴隷兵みたいなものでね」
「ウクライナ人は、自分たちの武力すら自分たちのためのものでは無いというのか」
そうオスカルが言うと、男性は「ウクライナはウクライナ人のものでは無いですから」
オスカルは唇を噛み、そして言った。
「それでは、"ジパングはジパング人だけのものでは無い"とか言ってる、どこぞの半島国人と同じだ。そんなのは間違っている。ジパングはジパング人の、タカサゴ島はタカサゴ人の、ウクライナはウクライナ人のもので、その土地をどうするかは、そこに住んでいた民が決める。それはウクライナ人の権利だ」
「私たちに権利なんてありませんよ」
そう哀しそうに言う男性に、オスカルは諭した。
「そうロシア皇帝が言ったのですよね? けど、権利は上から与えられたものでは無く、生まれながらに持っているものだ。これまでそれを行使出来なかったというなら、それはこれまでが間違っていたに過ぎない」
「けど、逆らえば恐ろしい弾圧が待っている。私たちは無力です」
そう男性が言うと、オスカルは「フランスの民も無力でした。けど、革命で民が主役となった。確かにナポレオン皇帝は天才です。けれども本当のフランスの力は、民自身の、自らの地の主だという自覚にこそある。ましてあなた達は、あれだけの騎兵としての技量があるではないですか」
男性は唇を噛む。
そして「けれども、我々は軍の動かし方を知らない」
するとオスカルは「私は知っている」
隣のベットで聞いていたアンドレは、すぐにその言葉の意味を察した。
そして幼いルイ新王を逃がした後、国境近い村で出会った義勇軍の指揮役を申し出たオスカルの姿を思い出す。
「オスカル・・・・・・」
自分を見て、そう呟く彼に、オスカルは「私たちは民主主義を称してユーロ中に攻め込んだ。それは、そこの民を支配する偽者に過ぎない、ただの思想の押し売りだ。けど、ここに本当に必要としている人たちが居るんだ」
自らの天命を悟ったような、心地よい高揚感に浸る二人に、女の子は言った。
「ところでお二人って恋人さん?」
オスカルとアンドレ、慌て声で口を揃えて「いや、そーいう訳では・・・・・」
「抱き合って倒れてたよね?」と女の子は恋バナ気分MAXで楽しそうに追及。
真っ赤になるオスカルとアンドレ。
そんな女の子に、彼女の父親であるコサックの男性は「あれはね、凍えないように寒さの中で、互いの体温で温め合っていたんだよ」
「そそそそーなんです」と、声を揃えるオスカルとアンドレ。
女の子はがっかり顔で「なーんだ。けど、キスしながら倒れてたよね?」
真っ赤になるオスカルとアンドレ。
オスカルとアンドレが体力を回復させると、二人を中心に、周囲の独立派が本格的な活動を開始した。
武器を調達し、兵を募って部隊を組織。農民たちがそれを支援する体制を組む。
弾圧に備えて各村の住民の退避ルートと隠れ家も用意する。
そして、ウクライナ各地のロシア軍の拠点に対する襲撃が始まる。
襲撃しては退却する騎馬のゲリラ部隊の先頭には、金髪をなびかせた男装の女性指揮官と、その隣にて魔法で彼女をサポートする若い男性軍人の姿があった。
その頃ダヴー軍団は、渡河ポイントを押える位置に急造した砦を、なお維持していた。
オスカルの部下の元近衛隊員たちは、城壁の上で見張り役をやりながら、ロシア軍騎兵を誘導する囮となって行方を断ったオスカルたちについて、あれこれ噂していた。
「オスカル隊長、どうしてるかな」
そう一人の隊員が言うと、別の隊員が「きっと逃げ延びて、どこかで生きてるよ」
「そうだといいね」と、先ほどの隊員。
別の隊員が「ところで俺たち、何時までここに居るんだ?」
「川向うにもロシア軍が居て、完全に孤立しているんだが・・・」と、更に別の隊員。
「腹減った」
そんな彼等に激を飛ばすダヴ―将軍。
「ここは戦場。我々は無敵の第三軍団だ。ナポレオン陛下の撤退を支援するのが我らの任務」
そんな将軍に一人の隊員が「けど、さすがに本隊はロシア領を出てる頃ですよ」
ダヴーは「ならばロシア軍が祖国に攻め込む事を阻止するため、ここに踏み止まるのみだ」
「けど、敵はもうロシアだけじゃ無いですよね?」と、別の隊員。
「陛下を信じろ。彼は無敵の軍神だ」
そう言って、神棚を出して拝み始めるダヴー将軍。
ドン引きする隊員たち。
その頃、ナポレオンは・・・・・・・。
ようやくウクライナを出て、ルーマニアに入っていた。
イタリア駐留軍が迎えに来ていた。
「よくぞご無事で・・・・・」
そう言ってナポレオンを迎えるイタリア駐留軍司令官に、ナポレオンは言った。
「かなりの損害を出した。本国に帰還したら、ただちに兵の補充と軍の再建だ。それと、補給を怠ったオーストリア他二国の責任も追及する必要がある」
「そのオーストリアなんですけど、ロシアと連合してフランスに敵対する動きがあるとか」と、イタリア駐留軍司令官。
「我等を裏切るというのか」
そうナポレオンが苛立ち声で言うと、イタリア駐留軍司令官は「普通そう来ると思いますよ」
「ただちにウィーンに・・・・・」
そう言いかけたナポレオンに、イタリア駐留軍司令官は「そんな余裕ありませんて」
するとナポレオンは「いや、ここにはロシアに対抗する強力な味方が居る」
「それって、まさか私の事じゃ無いですよね?」
そう言って出て来た二人の男性を見て、ナポレオンは・・・。
「あなたはブラド伯爵・・・と、ついでのポルタのエンリ王子」
「うちはついでですか?」
そう言って口を尖らせるエンリは、ブラドの肩に手を置き、ナポレオンに言った。
「とりあえず彼はロシアの敵ですが、今のフランスの味方って訳じゃ無いですから。あちこちで支配を広げたフランスに対する反発が大きいんで、だから、そーいうのを止めてまともな関係に戻すって話でしたよね?」
「だが、ロシアをどうする」
そうナポレオンが言うと、エンリは「それなんですけどね・・・・・・」
ダヴーの要塞では・・・・・。
その日も、元近衛隊員たちが当番で、砦の城壁の上で見張りに立つ。
「腹減った」
そう一人の隊員が言うと、別の隊員が「昨日もビスケット一枚だったものなぁ」
更に別の隊員が「俺たち、フセインとかいう独裁者が隣の小国を侵略する時駆り出された兵隊じゃないんだが」
「他国に攻め込んだ側ではあるけどね」
そう、先ほどの隊員が言うと、別の隊員が「それより、何だか正面門あたりが騒がしくないか?」
行ってみると、何か食べながらわいわいやってるフランス兵たちが居た。
「お前等、何食べているんだ?」
そう元近衛隊員たちが問うと、フランス兵たちは「今朝見たら、門の外に魚と野菜と野兎があったんだ。誰かが置いて行ったみたいで・・・」
「置いて行った・・・って、誰が?」と元近衛隊員の一人。
フランス兵の一人が「きっと、神様が助けてくれたんだよ」
「それにしちゃ、ここの兵には足りないだろ」と、別のフランス兵。
「こんな話があるんだが・・・」
そう言って、元近衛隊員の一人が語り始めた。
曰く・・・・・。
ある村に兵十という若者が居た。
彼が川で、魚とりの罠を仕掛けたところ、ごんという悪戯好きの狐が居て、罠を壊して魚を逃がしてしまった。
間もなく、兵十の母親の葬式があり、罠の魚は彼が病気の母親に食べさせるためのものだったと、ごんは知った。
ごんは後悔し、お詫びにと、自分がとった魚や栗を兵十の家の前に届ける事を繰り返した。
兵十は何者かによるその届け物を、神様が唯一の家族を失った自分を憐れんで与えたものと考えた。
そんなある日、ごんが栗の籠を持って、何時ものように兵十の家を訪れた。
戸口が開いており、中に入って栗の籠を置いた、その時、ごんは兵十に見つかってしまった。
「また悪戯しに来たのか。今度こそ思い知らせてやる」
兵十は鉄砲を撃ち、ごんは死んだ。そして彼はその死体のそばに栗の籠があるのを見た。
「ごん、あれはお前の仕業だったのか」
そう呟き、兵十は激しく後悔した。
「いい話だなぁ」とフランス兵たち、じーーーん、といった表情で。
「動物には優しくしなきゃだよね」
そう一人のフランス兵が言うと、元近衛隊員の一人が「けど、その兎も動物なんだが・・・」と、丸焼きの野兎を見て・・・。
「ってか、俺たち、狐に恩返しされるような事、したっけ?」
そうフランス兵の一人が言うと、元近衛隊員が「昨日、ロシア兵の襲撃を追い払ったよね。あのロシア兵に殺されそうになってた狐じゃ無いの?」
翌朝も正門前に、野菜や魚の入った籠が置いてあった。
その隣に狐の死骸。
元近衛隊員を含むフランス兵たちが、それを見つけてあれこれ・・・。
「こいつが食べ物を運んでくれていたんだね」
そう、元近衛隊員の一人が言うと、別の隊員が「それを、悪戯しに来たと思って撃ち殺した・・・」
互いに顔を見合わせて「誰だよ」
「俺じゃないぞ」
そして「とにかく、俺たちに食べ物を分けてくれた狐だ。埋葬してあげようよ」
フランス兵たちが、狐の墓穴を掘って埋葬しようとしていた時・・・。
「あの、その狐、食べないんですか?」
付近の農民が大麦の袋と芋の入った籠を持っていた。
「もしかして、あなた達が?」
そうフランス兵たちが問うと、農民は語った。
「最近、ロシアの支配からの独立運動を指揮してるフランスの軍人さんが居るって聞いたんで、きっとここの関係者だろうって事で、恩返しに」
「誰だよ狐の恩返しだなんて言ったの」
そう元近衛隊員の一人が言うと、彼の同僚たちが「お前だろ」
「けど、独立運動を指揮するフランス軍人って・・・」
そう問う元近衛隊員に、農民は「何でも、クワトロバジーナとか名乗ってるそうで」
フランス兵たち唖然。
「それ、身分を隠して軍に潜り込む訳アリ軍人の偽名のテンプレだよ」
「オスカル隊長も新王を逃がした後、そう名乗ってたって聞いたけど」と、元近衛隊員の一人が言い出す。
「もしかして・・・・・」




