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人魚姫とお魚王子  作者: 只野透四郎
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第607話 凍季の鉄槌

イベリア遠征に失敗したナポレオンに、フリードリヒに唆されて反旗を翻したロシア。

これに対するフランス軍の遠征は、ロシア軍による焼土戦術により困難を極めた。

ベラルーシのエリアを抜けたロシア人都市スモレンスクでのロシア軍の抵抗を破ったものの、それ以降も無慈悲な焼

土戦術を続けるロシア軍の姿勢が明らかとなる。

そんな中、ファフのドラゴンを駆って戦場を訪れたエンリ王子の説得により、撤退を決意したナポレオンだったが、フランス軍を壊滅させる機会を逃すまいと、ロシア正教会ラスプーチン総大主教による気象魔法が早すぎる冬をもたらした。



フランス軍では・・・・・。

寒さに弱いフランス兵を激しい吹雪が襲い、過酷な寒さが彼等を蝕む中、本営には、困惑するナポレオンと混乱状態の部下たちが居た。

「どうしますか?」

将軍たちは焦り顔で指示を乞い、ナポレオンは「ってか、何でこんなに早く冬が来るんだよ」

「これ、魔法で気象を操ってますよ」と魔導士官。

ナポレオンは唖然顔で「そんな事が出来るのかよ」と言って空を見上げる。


そして彼は言った。

「つまり奴らはこの期に俺たちを壊滅させる気って訳だ。今まで散々兵力を温存していたロシア軍だ。すぐ追撃が来るぞ」

「それと進路を南に向けましょう。少しでも寒さが和らぐように」と参謀が進言。



ベラルーシからウクライナに向かうフランス軍。

補給部隊が先行するが、やはり先回りしたロシア軍によって、村は焼かれていた。


まもなく後方からロシア軍が襲撃。


「方陣で奴らを迎え撃て。先陣を切るのはコサックだ。奴等はどこから来るか解らん。全周囲で隊列を固めて弱点を作らぬよう」

そんな指示をナポレオンは立て続けに将軍たちに発し、とりあえずの迎撃態勢が整うと、彼は第三軍団のダヴ―に指令を下した。

「ダヴー、殿をやってくれるか」

「承知しました」

そう、いつもの冷静さで返すダヴ―に、ナポレオンは「騎兵隊は出せるか?」

ダヴ―は「馬が弱って、騎兵戦に耐えられそうにありません」



殿としてロシア軍の突入を迎え撃つダヴー軍団。

銃を構えて突撃してくるロシア騎兵に向き合い、歩兵たちは銃を構える。

そんな彼等にダヴ―は激を飛ばす。

「奴らが乗っているのはお前等の晩飯だ」


空腹に打ちひしがれた歩兵たちの目に、ロシア騎兵が乗る馬が馬肉ステーキに見える。

(美味そう)

騎兵を狙う視神経に気合が入る。

「撃て!」

次々に馬を仕留める銃兵陣。倒れる馬と落馬する騎兵。

歓声が上がる。


後退するロシア騎兵の背後からロシア歩兵の戦陣が迫る。

そんな敵軍の様子を後方から観察するダヴー将軍。

彼は脳内で呟く。

(奴らは浅い攻勢を繰り返して、こちらの消耗を強いるつもりだろう。だったらその思惑を崩してやればいい)


ダヴ―は各部隊に伝達。

「陣形が崩れているように見せかけて突撃を誘ってやれ。嵌って来たら返り討ちだ」



ロシア軍の歩兵隊指令部では・・・・・。


隊長が歩兵陣の士官たちに指示を下していた。

「数発斉射したら後退しろ。止めを刺そうなんて思うな。どうせ放置しても、そのうち飢えと寒さで勝手に倒れる奴らだ」

その時、一人の小隊長が敵の銃兵陣を見て「けど奴ら、崩れかけてません?」

他の小隊長たちも「あれ、突っ込めば突き崩せるんじゃ・・・・・・・」


指揮官は敵陣の様子を観察し、数秒、思考する。

そして「よし、奴らを潰すぞ。焼土戦で大勢が村を失ったのはあいつ等のせいだ」

「そうなのかなぁ」と彼の部下たちは呟く。


隊長は突撃の号令を下す。

「ウラーーーーーーー!」

剣を抜き、掛け声とともに突撃するロシア兵たち。


だが、逃げ腰になっているように見えた筈のフランス兵たちが、銃剣を翳して迎え撃つ。

彼等は一様に脳内で呟いていた。

(奴らは自らの民の家を焼いて死に追いやった鬼畜だ。返り討ちにしてやる!)

なし崩し的に白兵戦に突入する中には、剣を振るってロシア兵を薙ぎ倒すオスカルとアンドレも居た。


思わぬ反撃を受けて次々にフランス兵の銃剣の餌食となるロシア兵たち。

先ほどまでとは別人のような敵兵を見て、ロシア軍の士官たちは呟いた。

「こいつら崩れかけているんじゃ無かったのかよ」

「話が違うぞ」



ロシア軍は大きな被害を受けて後退した。


歓声を上げるフランス兵たちに、ダヴ―将軍は指示を下す。

「すぐ次が来るぞ。とにかく一刻も早く移動の準備を終えて、距離を稼げ」

「準備って、弾薬の補充とか?」

そう部下の士官たちが問うと、ダヴ―は「その前に、あそこに転がっている食料の確保だ」


倒れた敵の馬の死体を回収し、本隊を追って移動する荷車の上で切り分ける。

肉と内臓を処理して大鍋で煮る。


配分された馬肉スープに舌鼓を打つ、オスカルの部下の元近衛兵たちは・・・。

「久しぶりの肉だぁ」

「次は何時食えるかな?」

「早く来ないかなぁ」

そんな兵たちに、アンドレはあきれ顔で「お前等なぁ」



ロシア軍による襲撃は繰り返され、フランス兵は次々に脱落した。

フランス軍がウクライナとの境界線を越える頃には、食料もどんどん底を尽き、荷馬車を引くフランス軍の馬も次々に倒れて、その肉はなけ無しの食料に加わった。


先日まで荷車を引いていた自軍の馬を解体しながら、フランス兵たちはあれこれ・・・。

「ロシアの馬はあんなに動けるのに、何で?・・・」

「馬力はこっちの馬が上なんだが・・・」

そんな戦友たちに、一人のフランス兵が「穀物を食べて馬力をつけてるからなぁ」

先ほど話していたフランス兵は「ロシアの馬って草だけ食べてるの?」


馬の代わりに人力で引く荷車が増える。

だが、食料が細って力が入らず、進軍速度はどんどん落ちていった。

間断無く襲い来るロシア軍の襲撃に加え、体力の衰えた彼等を寒さが襲い、次々に凍死者が出て戦力を削っていく。



オスカルの部隊も、割り当てられた荷車を引く。


兵たちと一緒に荷車を引くオスカルの脇で、一人の兵がぽつりと言った。

「俺たち、間違ってたのか?」

別の兵も「民が国家の主のつもりになるなんて傲慢だと、ジパングのリベラル教徒が言ってたものな」

更に別の兵も「他国が突き付けるヘイトに自ら反論する自覚ある民なんて、下級国民のくせに、役人に国を任せず国の主を気取る身の程知らずだ・・・って、ネトサヨが・・・」

その隣に居る兵も「お先真っ暗な自身の惨めさを紛らわしているだけに違いない、そうに決まってると・・・」


そんな部下たちにオスカルは「そんなのは工作員が言い張ってるだけだ。王様に政治を任せないのは身の程知らずとか、そんな事は無い。民主主義は崇高な思想だ」

「俺たち、その民主主義の伝道者だよね?」

そう一人の兵が言うと、アンドレは「けど、民主主義国家の主はその国の民だよ。ドイツの主はドイツ人、イタリアの主はイタリア人。伝道者とか名乗るフランス人じゃない。それじゃ主権在民じゃなくて主権在外だ」

「ミンシュトーとかいう政党が"主権の半分を自国をヘイトする隣国に譲る事が崇高な人権派で、選挙公約にすれば支持して貰える筈"とか言ってたよね?」と、先ほどの兵。

「けど実際、その選挙でぼろ負けして、三年たらずで政権を奪い返された」と、別の兵が続ける。

そんな彼等にオスカルは「当たり前だ。あんなのただの偽人権の売国奴だ。主権は他国民の介入を許さない"排他的支配権"だという、確固とした学問的定義がある。自分のものを自分のものだと言ってるだけの人達に"半分よこせ"なんて、ただの強盗だよ。こんな当たり前の話に伝道者なんて不要だ」



ダヴ―将軍はナポレオンに献策。

「我々が奴らの追撃を食い止めます」

「どうする気だ?」

そう問うナポレオンに、ダヴーは「砦を急造して立て籠もるのです。この先に渡河ポイントがあります。そこを押えれば時間を稼げる」


方針が決まり、各部隊に伝達。

オスカルの部隊でこれを聞いた兵たちは、困惑顔で口々に言った。

「俺たち、捨て駒ですか?」

そんな彼等にオスカルは「捨て駒というなら、ナポレオン陛下自身が歴史の捨て駒だよ」



工兵隊は先行して要塞の建設を開始。


ダヴ―は部下の士官たちを集めた作戦会議で、地図を広げてあちこちを指し、今後の見通しを語る。

「ロシア軍は要塞建設を阻止しようと、必ず仕掛けて来るだろう。我々はここで敵を食い止める。我々が奴らを食い止める隙にコサック騎兵が先行している部隊に襲撃をかけるだろう。奴らを牽制する必要がある」

「ですが、馬が無いと敵の機動力に対応出来ませんよ」

そう一人の士官が言うと、オスカルが「だったら敵の馬を奪うまでです」

ダヴ―は地図を見て、敵の動きを予想する。

「敵の騎馬隊はこのルートで来るだろう。我々はここで待ち伏せる」



ダヴーの読み通り、ロシア軍の攻勢が始まった。

歩兵隊が押して来るのを迎え撃つ、タヴー各部隊の銃兵陣。

敵の襲撃騎兵を待ち伏せるべく、オスカルの部隊も動いた。


「お前たちは、ついて来て来る必要は無い」

そう部下の兵たちに言うオスカルに、兵たちは「死ぬ気ですか?」

「生き残るさ」とオスカル。

兵たちは「どうやって?」

「努力と根性だ」

そう答えるオスカルに、一人の兵が「無茶苦茶だな。けど俺、そういう隊長が好きです」

そして兵たちは口々に言った。

「連れて行って下さい。後方から援護するだけでも時間を稼げます」



オスカルは元近衛の部下たちを連れて、襲撃ポイントへ移動。

森の凍った地面に浅い穴を掘って、オスカルとアンドレがその中に入る。

後方の離れた灌木の繁みで部下たちが銃を構える。


やがて、騎馬隊の蹄の群れが地響きを立てて接近。

「来たぞ。コサック騎兵だ」

そう呟き、アンドレは隠身の呪文を唱えた。


粉雪の舞う中を進む密集した騎馬兵に向けて、繁みにかくれた部下たちが一斉射撃。

何頭もの騎馬が銃弾を受けて倒れる。

混乱した中、オスカルは立ち上がり、両手に持った短銃で二人の騎手を仕留めた。

そして、乗り手を失った二頭の馬にオスカルとアンドレが飛び乗る。


ロシア騎兵の隊長が部下のコサック騎兵たちに指示を叫ぶ。

「襲撃者は少数だ。この場で仕留めろ」


その時、アンドレは幻覚魔法の呪文を唱えた。


コサック兵たちは、遠方から地響きを立てて迫る騎兵の大軍を見た。

そして、馬を奪った二人のフランス軍士官が、その騎兵隊へ合流すべく馬を駆る姿を・・・。


ロシア軍騎兵たち、唖然。

「フランス軍にあんな騎兵が何で?」とロシア騎兵隊の副官。

「とくかく援軍の要請だ」

そう隊長が言うと、副官が「けど、それまで我々の数じゃ、あの数の騎兵に対抗出来ません」

隊長は「正面突破で血路を開くしか無い」


幻の騎兵隊は、正面突破を図るべく向かって来るコサック騎兵を前に、左右に分かれて道を開けた。

「見逃すというのか」

そうロシア騎兵隊の副官が言うと、隊長は「すれ違い際に銃撃が来る。姿勢を低くして突っ切れ!」


散発的な銃声が聞こえる中を駆け抜けるロシア軍の騎馬たち。

幻の騎兵隊はすれ違うと反転し、ロシア騎兵の追撃に入る。

「追って来ます」

そうロシア騎兵隊の副官が言うと、隊長は「好都合だ。味方が到着したら反撃するぞ。あんな騎兵が敵に居たら厄介だ。必ず殲滅する」


幻の騎馬隊を引き連れて駆けるコサック騎兵たちの前方に、味方の騎兵隊が姿を現す。

更に、左側からも右側からも。

ロシア騎兵の隊長の表情に、余裕が戻る。

「これだけ集まれば奴らを圧倒出来る。反撃するぞ」


コサック騎兵たちは一斉に敵の騎兵隊に騎首を向け、銃を構える。

幻のフランス騎兵の大軍は行先を転じ、右側から来たロシア騎兵たちの更に右側を迂回して戦場離脱を図る。

コサック騎兵たちは来援したロシア騎兵たちと合流して、幻のフランス騎兵隊を追う。

味方と合流したコサック騎兵たちの隊長は叫んだ。

「逃がすな。あれを潰せば敵軍にもう機動力を発揮できる戦力はゼロだ。何としても殲滅しろ」


だが、遠回りな迂回ルートを風のように駆け抜け、フランス騎兵たちはコサック騎兵たちをどんどん引き離す。

「何であんなに早いんだよ」

そうコサック騎兵たちの隊長が言うと、副官は「フランスの馬は馬力を高めるために、穀物を食べさせていますからね」

「いや、奴らは人間が食べる食料すら事欠く状態だぞ」と隊長。

視界から消えていくフランス騎兵たちを前に、彼等は首をかしげる。

「どうなってる?・・・・」



ロシア軍は周辺地域に警戒網を張って、謎のフランス騎兵の行方を追った。

そして、それが幻覚魔法による幻である事に気付いた頃には、その混乱に乗じたダグー軍団は砦の構築を終え、ロシア軍の追撃を阻む態勢を整えていた。


ロシア軍は幻覚を操ったフランス軍魔導士を捕らえようと、全力で捜索を続け、まもなく乗り捨てられた二匹の馬が発見された。



そして・・・・・・。

オスカルとアンドレはダヴ―軍団への復帰を目指したが、ロシア軍の警戒網に阻まれて容易に近づけず、隠身を使って警戒網をすり抜けようとしたアンドレは、魔力を使い果たして行動不能となった。


オスカルはアンドレを背負って吹雪の中を歩く。

「すまん。もう少し休んだら・・・」

そう言うアンドレに、オスカルは「魔力の使い過ぎだ」

「あなたの背中は暖かいな」とアンドレは呟く。


やがてアンドレは歩けるくらいには体力を回復し、二人は吹雪の中を歩く。

どんどん強まる吹雪で視界はゼロ状態だ。

「もう少し行けば村がある筈だ」

そう言うオスカルに、アンドレは「焼土戦術で、どこも焼かれていたけどね」

「けど、戦域からかなり離れた筈だ」とオスカル。


どこを歩いているかも解らぬまま、二人は吹雪の中を彷徨った。

そしてアンドレは力尽きる。

「俺を置いて行ってくれ」

そう言うアンドレに、オスカルは「駄目だ」

「あなたはまだ歩けるだろう。もう少し行けばきっと村がある」とアンドレ。

「私も限界だ」

そう言ってオスカルは、アンドレの隣に座り込む。


そして彼女はアンドレに言った。

「そういえばアウエルシュタットの戦場で、何か言ったよね? 聞きそびれたんだが、何て言ったんだ?」

「聞きたいですか?」とアンドレ。

オスカルは「最後のチャンスだからな」


アンドレは言った。

「俺はこう言ったんです。あなたが好きだと」

「私もお前が好きだ」とオスカル。



二人は抱き合い、唇を重ね、そのまま眠りについた。

折り重なるように横たわる二人の上に雪が降り積もる。

それが二人の姿を覆い隠そうとした時、ほのかな光がそれを照らした。


光はそこにあった家のドアを開けた所から差し込んでいた。

ドアを開けたのは、一人の女の子。

「お母さん、ドアの前に人が・・・・・・・・・・」

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