第596話 イギリスの撤退
やがて来るであろうナポレオンによる大陸封鎖に対抗するため・・・という理由でインド支配を進めるイギリスからポルタ植民市を守るべく、インドに駆け付けたエンリ王子たち。ともに戦う反乱シパーヒー、ボウス率いるダリッド兵、ヤナガル王国その他の王侯軍、そして武器を執って駆け付けた庶民たち。
宗教や階級の対立を棚上げし、結集した反イギリス同盟軍。
これによって撃退されたイギリス東インド会社の軍は、デリーに立て籠もった。
イギリス軍と同盟軍との戦いが始まる中、宮殿から姿を消した幼いアウラングゼーブ帝の姿が、デリーの城壁門前に現れて、デリーの民衆に呼び掛ける。
「ここに居るガンディラ師が打ち立てた国民会議を我等の統治の要と認める。君たちこそこの国の主。そこに居るムガールの兵とともに我が道に来たれ。カモーン、マイロード!」
拡声の魔道具によりデリー中に響く彼の呼びかけに、街中で歓声が上がった。
「我らの皇帝が・・・・・・・」
「あの人は本物だ。彼はパワーが違う」
「いや、主人公持ち上げ過ぎななどこぞのビジョアル系ロボットアニメじゃ無いんだが」
軍営に待機していたムガール騎士たちの表情にも精気が漲る。
そして一人の騎士が立ち上がり、剣を抜いて周囲に呼び掛けた。
「我々も皇帝に続こう。我らの主が立ち上がったのだ。これこそがクシャトリヤの本分。私はこの戦いのために生まれてきたんだ」
周囲の騎士たちも立ち上がり、気勢を上げる中、監視役のイギリス人督戦兵が銃を構えた。
「そんな事は許さない!」
「止められるものならやってみろ!」
騎士たちは一斉に剣を構え、督戦兵たちに切りかかった。
イギリス軍本営のクライヴ指令は焦っていた。
「とにかく宮殿を抑えろ。大臣でも将軍でもいい。皇帝のすぐ下に居る奴を使って傀儡の代わりをやらせるんだ」
だが、部下たちは「それが、宮殿で敵分子が暴れていまして・・・・・」
宮殿では、役人たちが武器を持って、中に居るイギリス人たちを襲い、次々に拘束していた。
武器を構えるイギリス兵を、宙を舞う多数の鉄の仮面が襲い、口から攻撃魔法を吐いて制圧していく。
役人たちを指揮しているのはヤン、アウラングゼーブ帝、そしてフェリペ皇子。
「これで上の階は制圧しましたね」
そうヤンが言うと、アウラングゼーブ帝が「下の階を制圧したら、宮殿から出て市民たちと合流しよう」
宮殿の正面門からイギリス兵の一団が建物に突入しようと殺到する。
二階からその様子を見たフェリペは「僕にまかせろ」
窓から多数の仮面が飛び出し、突入しようとするイギリス兵たちに向かい、口から一斉にファイヤーアローを放つ。
城壁の外でイギリス軍に攻勢をかけている同盟軍では・・・・・。
城壁門から本営に戻るアウラングゼーブ帝の姿をした人物が居た。
彼は本営で顔から仮面を外すと、大人の姿に戻った。
仮面の下から現れたのはエンリ王子。
外した仮面からロキの声。
「このままお前の顔に張り付いて、その体を乗っ取ってもよかったんだがな」
「この非常時に勘弁してくれ。それより、あの中に居るフェリペは大丈夫なんだろうな?」
そうエンリが言うと、ロキの声は「神様である俺がついてるんだ」
城壁内では、イギリス兵たちと戦うムガール騎士たちに、武器を持つ市民たちが合流した。
宮殿からは、フェリペとアウラングゼーブ帝たちも出てきて、彼らと合流する。
そして一団となって、城壁門内側のイギリス兵を排除し、正面門は開門。
同盟軍が街に突入した。
イギリス軍本営に、その報告が入る。
「クライヴ指令、正面門が突破されました。市街戦で抵抗していますが、保ちそうにありません」
クライヴは悲鳴に近い怒鳴り声で号令を下す。
「兵営要塞に集結して反撃を図れ」
イギリス兵たちはデリーの一画にある兵営要塞に立て籠もり、武器を持つ庶民たちも加わった同盟軍に包囲された。
同盟軍の本営には、抵抗する兵営を見ながら呟くエンリ王子が居た。
「このまま撤退してくれると助かるんだがなぁ」
そんな彼にマゼランが「彼等はイギリスから再度の援軍が来ると思ってますよ」
エンリは通話の魔道具を取り出し、エリザベス女王との回線を開いた。
「よくもやってくれましたわね!」
そう声を荒げるエリザベスに、エンリは「やったのはインドの人たちで、俺たちは単に手助けしただけなんだが」
「あなたはユーロが世界を支配するチャンスを妨害した裏切り者ですのよ」
そう主張するエリザベスに、エンリは「その支配で本当に豊かになれると思いますか?」
エリザベスは主張を続ける。
「世界中から富を集め、支配と尊厳を独占する。それは正しい唯一神を崇める私たちへの御褒美です。そして、その先頭に立つのが我がイギリス」
「その富って何ですか?」
そう問うエンリにエリザベスは「金ですわ」
「今は紙幣というのが使われていますよね」とエンリは突っ込む。
「その裏付けは結局、保有する金準備です」とエリザベスは反論。
エンリは言った。
「それは財貨を買う媒体としてですよね? では、その財貨が富なのか。機械で大量に作ったところで、買ってくれる誰かが居なければ、それは不良在庫の山でゴミと同じです。そしてそれは、その誰かが代金を持っていて初めて成り立つ。誰かから奪って得た富など、いずれ限界が来る。結局は幻です」
「そうね。確かに、過剰な生産力はただのお荷物だわ。けれども、そうで無くなる時があるというのを御存じかしら?」
そう問うエリザベスに、エンリは「それは戦争ですね? 戦争で勝った側が負けた側を支配して生産力を奪い、政治が経済に介入し、経済が豊かさを与え合う場から奪い合う場へと変わる」
エリザベスは更に語る。
「トランプ帝国は、シーノの十億の民が豊かになれば、彼等と豊かさを分け合えて世界が更に豊かになると信じて、彼等の産業化を助けました。先ほどあなたが言ったように。けれどもシーノの独裁者たちは、それで得た富を民に渡さず、際限のない軍国主義的膨張に走った。そして国有化した自国企業に補助金を垂れ流して大々的にダンピング輸出を行い。世界中の産業を独占し、世界の支配者たろうとした。フランスがやろうとしている大陸封鎖というのも、そうした経済戦争ですわよね?」
「そうしたシーノの政治的策謀による不公正貿易で、他の国々は産業を失い、独占した筈の自国でも失業者が溢れ、一人肥え太ったシーノ政権はその富を政治軍事的強権に代えて、経済と言論工作によるハイブリット戦争へと暴走した。ああした産業独占を今、イギリスはやろうとしている。違いますか?」とエンリ。
エリザベスは「ユーロを武力で支配しているのはフランスです。彼等は他国から尊厳と政治的自由を奪い、そして富も奪うでしょう」
「そういう奪い合いは誰が悪いのですか?」
そう問うエンリに、エリザベスは「それはフランスです」
「で、イギリスはその被害者だと? けどイギリスは私掠船で交易路を奪った。悪いのはそういう世界の仕組みであり、必要なのはそれを変える事です。ナポレオンはいずれ破れる。その後、どういう世界を創るのか。それはフランスを罰する所からは生まれない」とエンリは語る。
通話魔道具による対論はその後も暫く続いた。
そしてそれを終えると、エリザベスは通信魔道具でクライヴへ・・・。
「女王陛下、デリーは陥落寸前です。早急に援軍を・・・」
悲痛な声でそう求めるクライヴに、エリザベスは言った。
「援軍は出せません。インドからは一旦撤退なさい。ユーロでの決戦が待っています」
イギリスはインドから撤退した。
ガンディラ師は国民会議の準備を開始する。
ムガール帝政との調整・・・。
既得権を手放すまいとする特権階級の抵抗・・・。
そして様々な対立・・・。
アラビア派とヒンドゥー派の対立。
多数を占めるヒンドゥー派ではカースト間の対立。
差別の撤廃を主張するボウスと、それに反発する上層カースト。
ガンディラの制止を無視してボウスに暴言を吐くバラモンたち。
そんな状況を伝える数々の報告を前に、アウラングゼーブ帝は脳内で呟く。
(やはりヒンドゥーの因習は根絶しなくてはならない。我々の信仰なら、こんな身分差別は認めない。私が皇帝として、全国民を改宗に導き、この国をアラビア信仰の統一した国にするんだ)
そんな彼に、その場に居たエンリは言った。
「まさか彼等の宗教を抑圧して改宗を迫ろうとか思ってないよね?」
「そそそそそそんな事は無いぞ」と、焦り顔のアウラングゼーブ。
「それと、ここの人たちに残しておきたいものがあるんです」とエンリ王子。
アウラングゼーブ帝以下のムガールの大臣や将軍、ヤナガル王他の主な諸侯、デリーの大商人ほか様々な庶民の代表、そしてガンディラやボウスら国民会議を準備している有力者たちも居る、宮殿の正面入口前広場。
ここに大型の機械が運び込まれた。
「これは?」
そう宰相が問うと、エンリは「織物機械ですよ。動力で動かす事で、経糸に横糸を通す作業を機械が高速で行います」
「イギリス人はこれを使って安く大量に・・・・・・」と大商人たちが呻くように呟く。
ガンディラは感慨深げに言った。
「彼等は織物産業を奪うため、多くの職人の右手を切り落とす蛮行を行いました。ですが、これなら彼等に対抗出来ます」
「けど動力は?」
そうアウラングゼーブ帝が問うと、エンリは「イギリス人は蒸気機関を使って動かします。それはポルタでも作れますが、鉄の品質の問題で、まだ効率よく作れていません」
「それまでは水車を使っていたわよね」とニケ。
ボウスが「それだと、ここでは夏の渇水期には川の水が減って使えなくなります」
「それだよなぁ」とエンリたち、溜息をつく。
すると一人の大臣が言った。
「大丈夫です、陛下。我々には別の動力がある」
「それって・・・・・・」
エンリが不安げにそう問うと、将軍は自信に満ちた声で「人力ですよ」
「はぁ?」
その大臣に案内され、煉瓦造りのこじんまりした建物に入る。
中に入ってエンリたち唖然。
大きな車輪が横倒しになっていて、軸が柱のようなもので固定され、十数人の男性がこれを押しながら、周囲を歩いて車輪を回している。
「世紀末の暴君が支配する町では、これで発電というものをやっていたと聞きます。何しろインドには十億の人口がある。人力には事欠きません」
エンリ王子溜息。
そして「いや、それ意味あるの? 人力に拠らずに大量生産するのが動力機械工業なんだが・・・・・」
ヤマト号とシマカゼ号に乗ってインドを離れるエンリたち。
シマカゼ号では、ニケが何かが入った箱を見せびらかしていた。
「これ、何だか解る?」
「植物の種だよね? スパイスか何か?」
そうエンリが言うと、ニケはテンションMAXで「綿花の種よ。日照時間が長い気候に適しているから、ブラジル高原なら最適よ。肥料がかなり必要らしいけど、あちこちに持ち込んで栽培すれば、インドに頼らず綿布の材料が採れる。織物工場もいろんな国に出来ているから、そこに売ってお金ガッポガッポ!」




