第593話 結束の亜大陸
綿花の産地であるインドで、多くの藩王国を乗っ取り、ムガール帝国をも勢力下に入れたイギリスが、綿布の独占を図ってポルタ植民都市のあるヤナガルに侵略の手を伸ばす。これを阻止すべく乗り込んだエンリ王子たちと、ヤナガル王の軍。
そしてこの侵略に抵抗する事でその存在を示し、差別の解消を図るべく立ち上がったダリッドの指導者ボウス。
その一方で非暴力不服従を唱えるガンディラ師。
そんな中、屈服を迫るイギリス東インド会社軍に対抗すべく、カルロの発案で、イギリス軍がその武力の大半を占める傭兵シパーヒーたちの使う弾薬の包装紙に、彼等にとって禁忌である牛と豚の油を使っているとのデマを撒いた。
抵抗を決意して軍を動員したヤナガル王が、エンリたちやボウスのダリッド部隊とともに、全軍を王宮前広場に集めて演説を行う。
そうした中で、イギリス軍が撤退したとの知らせが入った。
ヤナガルの城下に安心の空気が流れ、王国戦士たちは気勢を上げた。
そしてダリッド兵たちと戦勝気分で手を執り合う。
互いに笑顔を向け合い、嬉しそうに語り合う戦士とダリッド。
「これで平和が戻る。あなた達ダリッドは安心して神が定めた職業に・・・・・」
そう王国戦士の一人が言うと、彼と手を執り合っていたダリッド兵は「いや、俺たち農民として自活してますんで」
「それより民主主義は?」と、その隣に居るダリッドが・・・。
「俺たちも参加する議会は?」と、更にその隣に居るダリッドが・・・。
「四民平等身分差別反対の憲法は?」と、更にまたその隣に居るダリッドが・・・。
王国戦士、困り顔で「いや、あれは国の危機を回避するための緊急政策で、議会ったってせいぜいパイジャ止まりだろ」
ダリッドたち、がっかり顔で「危機が去ったらカースト差別復活かよ。王様、何とか言って下さい」と、近くに居た王に・・・。
王国戦士たちはダリッドたちを指して、王に「こいつ等調子に乗り過ぎですよね?」
「ああいう身分に拘ってたら戦争に勝てないんですよね?」とダリッドたち・・・。
王国戦士たちとダリッドたち、声を揃えて「王様!」
いきなり詰問の矛先を向けられた王はタジタジ状態。
そして「俺、アラビア信仰に改宗したんでヒンドゥー関係無いから」と、そそくさとその場を去る。
戦士たちとダリッドたちは、顔を見合わせて「逃げちゃったよ。どーすんだこれ」
戦争の脅威が去った事を喜び合う場は、一転して階級対立の場へと・・・。
あちこちで言い争う王国戦士たちとダリッド兵たち。
そんな彼等にガンディラが言った。
「まだ危機は去っていません。ヤナガルからは撤退しても、インドの多くは未だにイギリス人の支配を受けている」
一人の王国戦士が彼に反論。
「他の所なんて関係ないじゃん」
ダリッドたちも「そーだよ。インドは多様性の国だ。地域ごとに言葉だって違うし」と反論。
「けど、ここが狙われたのって、ポルタの植民市があるからだよね?」
そう一人のダリッドが言うと、全員の視線がエンリ王子たちに向いた。
エンリ、青くなる。
そしてタジタジ状態で「まさか俺たちに出て行けとか言わないよね?」
残念な空気を振り払うように、ボウスが言った。
「彼等の目標は全インドの支配だ。必ずここに戻って来る。ウィーシャルリターンとか言って」
「侵略者が言う台詞じゃないけどね」とタルタが突っ込む。
「けど、コーンパイプの将軍だって植民地支配者だぞ」とアーサーが指摘。
すると、一人の王国戦士が「ってか、イギリス軍は何故撤退したの?」
エンリたち、互いに顔を見合わせ、そしてめいめい思考を巡らす。
ジロキチが「本国軍の来援を待つって事かな?」
エンリの表情が真剣なものに変わり、そして彼は言った、
「って事は、合流したら再度攻勢・・・って訳か。リラ、魚の使い魔はどうなっている?」
リラは海上に居る使い魔たちと交信。
そして「魚たちが船団を捉えました。どうやら北に航路をとっているようです」
「合流されたら厄介だな」とエンリの表情が曇る。
「ファフが行って沈めて来るね」
そう言うと、ファフはドラゴンに変身し、翼を広げて海上へ飛び去った。
「あいつ、大丈夫かな?」
そう呟きつつ、空へと去るファフのドラゴンを見送るエンリ。
「けど、イギリス軍は元々、自分たちだけで攻め込むつもりだったんですよね?」
そうマゼランが言うと、フェリペが「父上が来た事を知ったからでは無いでしょうか」
エンリ、一転してドヤ顔に・・・・・。
そして「そうか。俺は英雄だったんだ。みんな、もう大丈夫。何故って? 私が来た!」
「それ、危機が去ってから言う事じゃ無いと思うわよ」とニケが突っ込む。
「というより、シパーヒーの動揺を危惧したのではないかと」
そうリラが指摘すると、カルロが「つまり、俺の手柄ですね?」
ドヤ顔のカルロとは裏腹に、他の部下たちの間では残念な空気が・・・・・。
タルタが「素直に褒める気にならんのは何でだ?」
ジロキチが「やり方が姑息っていうか・・・・・・・・」
「けど、イギリス軍だって散々敵方を裏切らせて来たんだから、お相子だろ」と言ってエンリが笑う。
そんな中、チャンダが言った。
「とすると、この後奴等は何をするか・・・だよな」
カルロが「引き締めを図るでしょうね」
「それって、あの見せしめ?」
そうヤンが言うと、全員ドン引き顔で「うげ・・・・・」
エンリは溜息をつき、そして「馬鹿な奴らだ。恐怖は確かに相手を従わせる。けど、同じだけ相手に抵抗を促す要因でもあるぞ」
「けど、当面は反乱の機運は萎むでしょうね」とカルロ。
するとアーサーが「あの・・・・・・・。こういうのはどうかな?」
北に進軍するイギリス軍では・・・・・。
しばらく軍を進めた所で、クライヴ指令が部隊を停止させた。
率いていたシパーヒー傭兵たちを一か所に集め、周囲を銃を持ったイギリス兵が監視する。
やがて彼等は、十数台の大砲を据え、その砲口に引き出された十数名のシパーヒーを縛り付けた。
そして、顔を曇らせて殺されゆく仲間を見守るシパーヒーたちを前に、クライヴ指令は演説。
「彼等はあらぬデマを撒いて、我々に敵対すべく陰謀を巡らせた。我らに逆らう裏切者が如何なる末路を辿るか、しっかりその目に焼き付けろ」
手足を縛られ、必死にもがく砲口の傭兵たち。
その頃、ヤナガルのエンリたちは・・・・。
植民市の庁舎に戻ったエンリの元に、ファフが帰ってきた。
「イギリス艦隊、全部沈めてきたよ」
そう得意顔で報告するファフに、エンリは「えらく簡単に片付いたな。砲撃とかされなかったか?」
「大丈夫だよ。ドラゴンは最強だもん」とドヤ顔のファフ。
だが、脇で聞いていたリラが言った。
「変ですね。魚の使い魔からの通信では、まだ艦隊を追跡中ですけど」
互いに顔を見合わせる、その場に居たエンリとフェリペの部下たち。
アーサーが「もしかして幻覚魔法で、沈められたフリを・・・」
「だったら、もう一回行って来る」
そう言ってファフが庁舎から駆け出ると、シャナのペンダントのアラストールが「私も行こう」と言って、ドラゴンに変身。
だが・・・・・。
二頭のドラゴンが翼を広げて飛び立とうとした時、リラが言った。
「待って下さい。魚の使い魔からの通信が途絶えました。多分、電撃魔法で気絶させられたのだと思います」
その夜、イギリス軍の幕営で・・・・・。
シパーヒー傭兵たちが落ち込み顔でボソボソと噂話。
「あの噂って本当にデマなのかな?」
そう一人の傭兵が言うと、別の傭兵が「イギリス人が言ってるだけさ」
更に別の傭兵が「処刑された奴らって、適当に見繕った見せしめ用だよね?」
更にまた別の傭兵が「イギリスの奴ら、やり方が酷すぎだよ」
「そーだよな。あんなのの兵隊でいいのか?」
そう先ほどの傭兵が言うと、その隣に居る傭兵が「けど、給料貰ってるし・・・」
更にその隣に居る傭兵が「下手に辞めるとか言ったら、こっちが見せしめにされるぞ」
全員、気弱な表情で「あんな死に方は嫌だ」
鎮痛な空気の中、一人の傭兵が「見せしめにされた奴ら、浮かばれないよね」
更に別の傭兵が「化けて出たりしなきゃいいど・・・」
更にまた別の傭兵が「今、何か音がしなかった?」
その場に居る全員、恐怖に引き攣った顔を見合わせる。
何やらミシミシと足音が・・・。
そしてテントの入口が開き、中を覗く顔を見て・・・・・。
「出たーーーーーーーーーー!」
「迷わず成仏ナンマイダー」
「いや、俺たち生きてるから」
そこに居るのは数人のインド人傭兵。それも、大砲で処刑された本人たちだ。
「お前ら、何で?」
そうテントの中に居た傭兵たちが言うと、入って来た傭兵の一人が「俺たちにもよく解らないけど、気が付いたらこーなってた」
「きっと神様が生き返らせてくれたんだよ」
そう一人の傭兵が言うと、別の傭兵が「インドのために?」
彼等の表情に明るさが灯る。そしてそれはすぐに、怒りへと変わった。
彼等は拳を握り締め、テンションMAXな気勢を上げた。
「イギリスの奴ら、許さん!」
まもなく本営では、幕営地での騒ぎに気付いたクライヴ指令が、指揮官用のテントから顔を出す。
慌て顔の部下が駆けつけて報告。
「閣下、大変です。シパーヒーの奴らが反乱を・・・・・」
反乱兵たちはイギリス人たちのテントを襲撃。
イギリス兵たちを追い散らして、シパーヒーたちは気勢を上げた。
「インド万歳!」
「この地からイギリス人を追い出すぞー!」
彼等は知らなかった。
処刑に使われた大砲が、カルロとともに潜入したアーサーによって、不殺の呪いをかけられていた事に・・・・・。
そして・・・・・・・。
エンリたちはガンディラとともに、ヤナガルの植民市庁舎で、市長からイギリス軍がデリーへと撤退したとの知らせを受けた。
王宮から情報をもたらした将軍と、ヤナガル王も同席している。
「あそこってムガール帝国の首都だよね?」
そうタルタが言うと、市長は「病床に居たアクバル帝が亡くなられたとの事で・・・」
「それってやっぱりイギリス人に毒殺された?」とエンリ。
仲間たちは「だろうね」と言って頷く。
市長は「幼いアウラングゼーブ帝が傀儡として擁立され、帝国は既にイギリス人の手の中です」
「けど、各地でシパーヒーたちの叛乱が波及しているとの事で、間もなくインドは解放されます」
そんな将軍の楽観論に、エンリは疑問を呈する。
「そうかな? 彼等をまとめる者が居なければ、各個撃破されて終わりだぞ」
「南洋艦隊が運んできた本国からの援軍とは合流したんだよね?」
そうジロキチが言うと、エンリは「だろうな。装備も本格的なものになる」
場に真剣な空気が流れる中、ヤナガル王は期待に胸を膨らませて、言った。
「我々ヤナガル軍が指導者となって、全インドの皇帝に・・・」
そんな彼にエンリは「いいのか?それで。勢力争いになれば下手すると、各地の勢力から集中砲火を浴びますよ」
しゅんとなるヤナガル王は、涙目でエンリの手を執る。
「エンリ殿・・・・・」
そんな彼にエンリは「そうなったら、ポルタ植民市は誰がバックアップしてくれるんですか?」
ヤナガル王、がっかり顔で「我々を心配してくれたんじゃないの?」
残念な空気が流れる。
「とにかく反乱軍と合流しましょう。ガンディラさんも協力してくれますよね?」
そうエンリが言うと、ガンディラは「私は戦争には参加しません」
エンリは「けど、彼等は牛の脂を口にしたと思ってるから、浄化の儀式を求めて来ますよ」
エンリたちは植民市の市民軍を率い、ヤナガル軍とボウス率いるダリッド隊とともに、軍を発進させた。
これにガンディラも参加する。
街道を北に進軍するヤナガル軍のエンリたちは、やがてシパーヒーたちの陣営に到着する。
合流して本営らしき場所に向かうと、何やら言い争っている声が聞こえた。
「作戦会議が紛糾しているのかな?」
そうジロキチが言うと、アーサーが「積極攻勢派と慎重派とか?」
「結束しないと付け込まれるぞ」とエンリ。
リラが「けど、意見を出し合うのは良い事ですよ」
エンリ達は、言い争っているシパーヒーたちの所へ・・・・・。
そこに居るリーダー格らしき人たちに「あなた達の戦いに参加したい」
「あなた達は?」と怪訝顔で返す反乱シパーヒーたち。
その時、エンリ達の中から、あの投降したヒパーシーが顔を出すと、数人の反乱ヒパーシーが彼等を見て、言った。
「お前等、無事だったか」
再会を喜び合う戦友たち。
投降シパーヒーたちがヤナガル軍との仲介役となり、反乱シパーヒーはその指揮下に入った。
「ところで、何やら揉めていたようですが・・・」
改めてエンリがシパーヒーたちにそう問うと、彼等は口々に言った。
「聞いてくれ。アラビア派の奴らが・・・・・」
そんなヒンドゥー派にアラビア派シパーヒーたちが「インドの主は我々と同じ教えを奉じるムガール帝だ」
ヒンドゥー派シパーヒーたちが「ここはヒンドゥーの土地だぞ。所詮はイギリスと同じ侵略者」と反発。
アラビア派シパーヒーたちが「言ってはならん事を! お前等が無能だから俺たちが乗り込んで支配してやってるんだろーが!」と反発。
ヒンドゥー派シパーヒーたちが「言ってはならん事を!」
エンリ王子唖然。
そしてうんざり顔で「宗教対立かよ。思いっきり内部分裂してるんだが」
そんなシパーヒーたちに対して、ボウスが諫めに入る。
「内輪揉めは止めないと、イギリス軍には勝てませんよ」
そんな彼に、一人のヒンドゥー派シパーヒーが「お前、ダリッドだよね?」
ボウスは彼に「階級を超えて結束する事だけが、戦いに勝つ正道です」
「戦場は我等クシャトリヤの神聖な職場だ」とそのシパーヒーが反論。
同調する数人のシパーヒーたち。
そんな彼等を、アラビア派のシパーヒーが批判。
「そんなだからヒンドゥーは駄目なんだ。カーストが下の奴と同じ井戸の水を飲めないとか、そんなので戦争に勝てるか!」
「お前等だって戦闘中にお祈りの時間とか言って土下座始めるとか、そんなので戦争に勝てるか!」と反論するヒンドゥー派シパーヒー。
エンリたちはうんざり顔で「もー嫌だこいつ等!」
そんな彼等に、ガンディラが諫めに入る。
「そういうのは止めませんか?」
ヒンドゥー派シパーヒーたちの尖った態度が一転。
「あなたはバラモン。しかも聖者と呼ばれたガンディラ師」
「我々はあなたについて行きます」
そう言って、嬉しそうに彼の目の前に進み出て膝まづく、ヒンドゥー派シパーヒーたち。
ガンディラは蓮の花びら舞い散る妄想の中、後頭部から後光を放ち両手で印を結んだ荘厳な姿で微笑み、そして言った。
「暴力は何も産みません。ここは九条の精神に則り、非暴力で・・・・・」
とてつもなく残念な空気が漂い、場は溜息で溢れた。
アラビア派シパーヒーたちはドン引き顔で「この人何しに来たの?」
ヒンドゥー派シパーヒーたちは涙目で「聖者様を馬鹿にするな!」
そんな彼等にアラビア派シパーヒーたちは口々に言う。
「階級なんて低くても自ら血を流すボウス氏の方がよほど立派だ」
「そーだよ。ショーザフラッグだ」
「平和憲法があるから戦争に参加しないとか言って金払って済まそうとか言ってるジャップはフニャチンだ」
「そーだぞ政府は糞だ。金でトランプ帝国の戦争に加担してイラクの侵略兵を殺すのに加担した人殺しだ」
「そーだそーだジャップの政権は戦争放棄の平和憲法に則って、湾岸の平和を守る戦争に参加して自ら血を流し、先進国の美しいボランティア文化を・・・・」
「滅茶苦茶矛盾しているような気がするんだが・・・」と、エンリの仲間たちはあきれ顔。
エンリは溜息をつき、言い争うシパーヒーたちを見据える。
そして彼はボウスとガンディラの手を執り、言った。
「この二人は協力者です。ヒンドゥーの皆さん、カーストは棚上げにしませんか?」
ボウスも言った。
「アラビア派の皆さん、宗教は棚上げにしませんか?」
ガンディラはボウスを指して、言った。
「彼は差別される立場にありながら、インドのために結束する理性を示した。彼に出来る事が、戦士であるあなた達に出来ない筈はありません」




