第587話 生贄のノルマン
ナポレオンはプロイセンを屈服させ、これに加担していたロシアに対イギリスをちらつかせて、味方に引き込んだ。
そうした中、ナポレオンがロシアを釣るための餌として、ノルマン同盟の一翼を担っていたバルト三国とフィンランドへの侵攻黙認が取り決められた。
ノルマンに暗雲が立ち込める。
その日、オスカルはダヴ―将軍の第三軍司令部で、一人の男性に話しかけられた。
「もしかしてあなた、幼い国王夫婦を逃がすので活躍したオスカルさん?」
いきなり過去のヤンチャ行動に触れられ、彼女は慌てた。
「わわわ私はクワトロバジーナというしがない大尉で、けして王妃付き親衛隊長だったオスカルではありませんから」
「けど、男装した滅茶苦茶美人な女性軍人で、新王妃の想い人が惚れて、彼女を賭けて他の男と決闘までして・・・・・」
そんな煽て話・・・とも受け取れるネタをふられると、オスカルはドヤ顔で「それほどでもあるけどね」
彼女の隣に居たアンドレは、溜息をつくと「あなたは?」
「私はベルナドット。そのフェルゼンの兄です」
オスカルもアンドレも唖然。
そして彼をまじまじと・・・・・。
「そういえば、どことなく面影が・・・・・」とオスカルは呟く。
自分語りを始めるベルナドット。
彼はあるノルマンの貧乏貴族の七男として生まれ、伝手を辿って就職先を得たという。
だが、務めていた役所が閉鎖されて彼は失業。
そんな中、フランスに渡った彼の弟が、やんごとなきコネにあり付いた・・・という話を聞き、勤め先を紹介して貰おうと、フランスへと渡った。
「何せ新王に即位した王子の筆頭従者で、しかも新王妃の想い人ですからね。凄い人脈じゃないですか。ところがパリに来てみれば、亡命した新王と一緒に外国に行って、彼の恋人になりそこねたものの無二の親友だった親衛隊長も、亡命を助けて行方不明。親衛隊はクワトロバジーナという新しい隊長が着任・・・なんて事になってて、途方に暮れていたところ、ロベスピエール政権が倒れ、貴族の復帰が認められて軍の再建が始まったと。戦術運用の心得もあって、志願して今の職について、ダヴ―閣下の隊を志願したって訳でして」
そんなベルナドットの話を聞き、オスカルは納得顔で「なるほど、あの人は無敗と称される優れた軍人で、尊敬すべき上官ですものね」
だが、当のベルナドットは意外そうな表情で「そうなんですか?」
「・・・・・・志願したんですよね?」
そうオスカルが唖然顔で聞き返すと、ベルナドットは「偏屈で敬遠されがちな人だって事で、取り入るにはもってこいかと思いまして」
「・・・・・」
そして彼は「これから、閣下の礼拝にお供しようと執務室に向かう所なんですけど」
「礼拝って?」と、唖然顔のオスカルとアンドレ。
「何なら一緒します?」
そうベルナドットに誘われるまま、オスカルとアンドレは彼と共に将軍の執務室へ・・・。
「ダヴー閣下、入ります」
ノックとともにそう言って、恭しく執務室のドアを開けるベルナドット。
「来たか、ベルナドット君・・・と、そっちはオスカル君とアンドレ君だね」
「共に礼拝をと・・・」とベルナドット。
ダヴ―は「定時に欠かさず来るとは、実に感心だ」と言って席を立つ。
四人で執務室の隣の小さな部屋に入ると、壁に小さな家らしきもののミニチュア。
「あれは?」
そうオスカルが言うと、ダヴ―は「神棚というジパングの風習を取り入れたものだ。礼拝物を祀っている」
「礼拝物とは、何を祀っているのですか?」とオスカルは再び問う。
「軍神の御真影だよ」
そんなダヴ―の説明を聞き、オスカルは脳内で呟いた。
(軍神って、ギリシャ神話のマルスとか? 異教の多神教だが、革命で認められた信教の自由がある。それにあれはユーロ文明の源流だ)
四人、神棚に向って合掌。
礼拝を終え、三人で執務室を出る。
「随分とダヴー閣下を尊敬なさっているようですね」
そうオスカルが言うと、ベルナドットは「・・・という訳でも無いんですが」
「???・・・・・」
「上の人に尻尾を振るのは、最も効果的な処世術ですから」と彼は続け、オスカルは疑問顔で問う。
「・・・・・・・そういうのって、ダヴ―閣下のような実力派の軍人には、縁の無い話かと思うのですが」
すると、ベルナドットは断言。
「いえ、閣下ほどこの処世術に長けた方は居ません」
「まさか・・・・・・」
「そもそも、あの軍神の御真影って、ナポレオン陛下の肖像ですから」とベルナドット。
オスカル唖然。
彼女はこの時初めて知った。ダヴー将軍が熱心なナポレオン崇拝者であった事を・・・・・・。
そして「けどそれって、処世術として尻尾を振ってる訳じゃ無いような気もするんですけど」
ベルナドットは「そうなのかなぁ・・・・・・」
ポルタ城では・・・・・・・。
エンリ王子が通話魔道具でカール王子と対話。
「ロシアの侵略をナポレオンが容認したようですね」
そうエンリが心配顔で言うと、カールは悲憤慷慨を漲らせた声で「これは北方戦争の再来です。フランスはイギリスと対立していますが、国際社会の支援は期待しません。我等ノルマン民族は独力でロシア帝国の不義の侵略に抗い、最後の一兵まで戦う所存。国際社会の支援など期待しません」
同じ事を二度言うカール王子に、エンリは「まあ、イギリスは資金援助とか、するとは思いますけど・・・」
カールは感動の涙を浮かべて「エリザベス陛下は海軍を出して海上から牽制すると約束してくれました」
エンリは思った。
(それは空約束だな。何しろイギリス海軍はジブラルタルで壊滅している)
そんな彼の推測を他所に、カールは「ロシアは先ずバルト諸国とフィンランドを盗りに来る。それを我がノルマン軍が全軍で撃退します」
「軍を二つに分けて?」とエンリは突っ込む。
「・・・・・・」
「フィンランドはともかく、バルトは陸続きで山も少ない。簡単に占領されちゃいますよ」とエンリは更に突っ込む。
「・・・・・」
「まあ、ロシア軍もフリートラントで壊滅した軍の再建が急務ですが、いずれ攻めて来る。彼等は兵の補充は容易です。ロシア兵は畑で採れると言いますし」と続けるエンリ。
カールは「だったら秋の収穫期までは大丈夫ですね」
「確かに・・・・・・・」
そう言いつつ、エンリは思った。
(何か違うような気がするが・・・・・)
そしてカール王子は力説する。
「我が愛するノルマンの民を、ロシアのような権威主義の収容所国家の奴隷になど絶対にしない」
そんな彼にエンリは「だったらフランスにでも付きます?」
「それもなぁ・・・・・・。スパニアはナポレオンの兄を王に迎えたのですよね?」
そうカールが言うと、エンリは「関白・・・ってか阿衡だけどね」と訂正。
カールは「けど、支配は受けているんですよね?」
「いや、阿衡に権力なんて無いから」
「・・・・・」
カール王子唖然。そして「それじゃ、介入って形だけ?」
「まあね。そもそもスパニアもポルタもナポレオンに負けてなんかいないから。けどあの時、フランスはドイツ皇帝の介入戦争を喰らって、フランスが敗れると後々面倒な事になる。だから形の上で花を持たせてお引き取りを願ったのさ」
「・・・・・」
絶句状態のカールに、エンリは言った。
「ってかさ、ナポレオンはイギリス製品を排除する大陸封鎖令にノルマンを引き込みたい訳だよね?」
「それってエンリ王子の交易自由の原則に反するのでは?」
そうカールが言うと、エンリは「イギリスは、海外のあちこちに侵略の手を伸ばしている。その資金源を断つための経済封鎖なら、意味はあると思うよ。シーノがジパングとトランプ帝国との貿易摩擦に乗じて、世界の工場の地位を乗っ取って、それで得た経済力を資金源に軍国主義に邁進した。そんなシーノを交易から締め出すデカップリングは世界平和を守るための、平和と公正を愛する諸国民の義務じゃ無いのかな」
「けど今、ユーロ征服を続けているのはフランスですよ」
そう言いつつ、カールは思った。
スパニアはナポレオンが送り込んだ彼の兄に、阿衡という形式的な地位を与えて、実質的な独立を保っている。
ロシアの支配を逃れるため、一時的にでもフランスにつく・・・という事はアリなのか。
それが実質的な支配を受けない形式的なものであるならば・・・・・・。
けど、どんな形で?
そしてエンリは言った。
「ナポレオンの支配はいずれ終わります。その時、最後の勝者はイギリスでもフランスでも無く、群小である我々で無くてはならない。そのためには、イギリスから買っていた商品を国内生産出来るようにする・・・というのも、一つの勝利条件かと思いますよ」
そして・・・・・・・。
ノルマン宮殿のカール王子の基に、イギリスのエリザベス女王から通話魔道具で連絡。
「いよいよロシアの脅威が迫っているようですわね」
そうエリザベスが言うと、カールは拳を握り締め、炎の妄想を背に「我が誇り高きノルマンは、けしてナポレオンやピュートルのような輩に屈する事はありません」
そんな彼にエリザベスは、景気よく味方ポーズを示す。
「期待していますわよ。我がイギリス海軍は最強です。全面的に協力しますわ。ロシアにはフィンランドを通ってノルマン本国に向かうルートもありますが、あの険しい山岳の多い半島を通る事は困難。ノルマン海を渡るしか無い。そこを我がイギリス海軍が撃滅して差し上げますわ」
だが、味方の無責任な楽観論は、逆に不安を呼び覚ます。
「ですがバルト諸国は・・・・」と、カールが懸念を見せると、エリザベスは更なる楽観論を語ってみせた。
「ナポレオンの天下はもうすぐ終わります。そうなればロシアは世界の孤児です」
ロンドンでは・・・。
カールとの通話を終えると、エリザベスは控えていた海軍長官に命じた。
「海軍の再建を急がせなさい」
「承知しました。ですが、かつての威容を取り戻すには、まだ時間がかかるかと」
そう海軍長官が答えると、エリザベスは・・・・・。
「まあいいわ。フランスもロシアもノルマンも、未だイギリス海軍は健在だと信じています。ハッタリこそトップの常道。これは女子会戦略の鉄則よ」




