第585話 プロイセンの新王
ナポレオンに敗れて東プロイセンに逃れたプロイセン軍と合流したロシア軍の主力は、フリートラントでフランス軍によって壊滅した。
フランス軍は、ロシアとプロイセンが拠点とするケーニヒスベルクを包囲。
街の周囲にはノルマン海に面した河口の湿地帯。そして南を流れるブレゴリャ川がある。
その城壁には、周囲の湿地を眺めるピュートル帝とフリードリヒ王が居た。
「大丈夫なんですよね?」とフリードリヒ王。
「ここは水で守られた要塞堅固な城塞だ。フランス人など何十万来ようが、俺一人で叩き切ってやる」
そう豪語しながら、ピュートルは脳内で呟いた。
(そろそろ見切りをつける頃合いだよなぁ)
その頃、包囲している側のフランス軍では・・・。
ナポレオンは包囲軍の本営から、ケーニヒスベルクの城門を遠くに眺めつつ、得意顔で言った。
「じっくり攻め落とした後、モスクワまで進軍してロシアを屈服させてやる。いよいよユーロを我等の手に・・・ってなもんさ」
そんな彼に「そううまく行きますかね?」と突っ込むのは、様子を見に来た・・・と称する、自称クワトロバジーナ。
「ロシアは守りに入ると滅茶苦茶強いですよ。伝統の焼土戦術って奴でね」
そう語る自称クワトロバジーナに、ナポレオンは「それってあの、南北の半島国がよく言う"敵国を焼土に"ってアレ?」
「いや、自分の国土を」と自称クワトロバジーナ。
「何だそりゃ」
頭上に?マークを浮かべるナポレオンに、彼は「やってみれば解りますよ」
ナポレオンは「・・・よく解らないが、よく解った。それでどうしろと?」
自称クワトロバジーナは「ピュートルと和解を」
「・・・・・・・・・・・・」
「奴は半分以上、フリードリヒに踊らされています」と自称クワトロバジーナ
「残りの半分は?」
そうナポレオンが問うと、彼は「ロシア人の本能って奴ですね。その本能であれだけ広大な領土を得たのですから」
「そんなのが和解に乗って来るのか?」
そうナポレオンが問うと、自称クワトロバジーナは意味深な笑みを浮かべ、そして言った。
「彼を乗せる秘密の呪文があるのですよ」
ナポレオンは敵城のピュートル帝宛てに文書を送った。
その文書に曰く。
「和平交渉やりませんか? 場所はケーニヒスベルク南のブレゴリャ川。筏を仕立てて待ってます。追伸。両軍が睨み合うど真ん中。まさか臆するなんてありませんよね?」
挑発的な台詞に、思わずピュートルは文書を破り捨てた。
そして「受けてやろーじゃないか!」
そんな彼に家来たちは「言っときますけど、決闘じゃないですからね」
指定された時間・・・。
ナポレオンは、ブレゴリャ川の水面に浮かべた筏の上に仕立てたテーブルを前にしていた。
筏の上に仕立てた椅子に座って、彼の脳内で呟く。
(よく考えたら、フランスの強さって俺の軍才なんだよな。ここで俺を殺せば勝ち目が・・・なーんて思って、自作銃のテロリストとか乗り込んで来たらどーすんだ)
間もなく彼は、川の水面をボートに乗ったマッチョが接近するのを見た。
ナポレオンは脳内で呟く。
(まさかあれが山神様とかいうテロリスト? にしちゃ図体が・・・。けど、脳みそまで筋肉の単細胞だからアベシネ教カルトの四文字呪文にチョロく洗脳とかって事も・・・)
そんな事を考えている間に、マッチョは筏に横付けしたボートから降りて、ナポレオンと向き合う。
そしてマッチョは言った。
「お前がナポレオンか?」
「あなたは?」
「ロシア皇帝ピュートル。で、ここまで勝ち進んで和平とか、いったい何を考えている?」
そう不信顔で言うピュートルに、ナポレオンは自称クワトロバジーナから伝授された「秘密の呪文」を口にした。
「イギリス、感じ悪いよね」
「・・・・・・」
唖然顔のピュートル帝にナポレオンは、更に畳みかける。
「先代からの悲願だった海洋への進出を悉く阻むイギリスへの憤懣、解りますとも」
「だが・・・、フランスもそれに加担してたよね?」
そう、更なる不信顔で言うピュートルに、ナポレオンは「フランス王家は・・・ですけどね。海外への進出を阻まれてきたのは、我がフランスも同じ。植民地を悉く奪われ、海軍も壊滅させられた。島国で陸上から攻め込めないのをいい事に、やりたい放題」
「確かに・・・・・・・・」と、ピュートルは頷く。
「一緒にあの国、やっつけません?」とナポレオン。
「どうやって?」
そう問うピュートルに、ナポレオンは「大陸封鎖令ですよ」
「・・・・・・大陸って我々だよな?」
そんな疑問を口にするピュートルに、ナポレオンは語った。
「イギリスは蒸気機関という動力を独占し、自動で動く機械を様々な用途に使って、量産した製品をユーロ諸国に輸出して巨額の利益を得ている。これを潰すため、各国に命じてイギリスとの貿易を禁止するのです」
筏の上の会談を終え、軍営に戻るナポレオン。
自称クワトロバジーナが「どうでしたかな?」
「簡単に乗ってきましたよ」と、ナポレオン。
自称クワトロバジーナは、我が意を得たり・・・と言った表情で「でしょうね。これでユーロ大陸は我々のもの。あの国は敵に回すと厄介ですから」
「けど、こういう事は今回限りにしてくれ」
そう、げっそりとした表情で言うナポレオンは、更に愚痴を追加して「あの、男どうしのキスってどうにかならんの?」
そしてナポレオンは、顔中についたキスマークをハンカチで拭った。
「ロシアに漂流した大黒屋光太夫というジパング商人も、これだけは嫌だと言ってたそうですね」と、自称クワトロバジーナ。
「けど、あの国を奴らに渡す必用あるのか?」
そうナポレオンが言うと、自称クワトロバジーナは「ノルマンはこれまで、ずっと北の海からのロシアの進出を阻んできましたからね」
「けどなぁ。ロシアが大きくなりすぎるのも困るだろ」とナポレオン。
自称クワトロバジーナは意味深な笑みを浮かべて「そうはならないと思いますよ」
フランスはロシアと、ティルジットの和約を締結した。
その条文で、以下の取り決めが成された。
ロシアはケーニヒスベルクを明け渡し、プロイセンと手を切る。
両国は、対イギリス同盟を結ぶ。
フランスは、ロシアがバルト諸国とフィンランドを勢力下に置く事を黙認する。
これを締結する交渉を行ったティルジットの街は、東プロイセンとバルト地帯との境界に位置する。
国境を流れるネマン川を挟んだバルト地帯を眺めながらの会談。それはバルトに住む人たちの恐怖心を搔き立てた。
ノルマン同盟の盟主であるカール王子の元に、四国の王が集まる。
ノルマン城の会議室で結束を誓う五人の王たち。
「我々が中立を貫く姿勢を示した事に対する、ナポレオンの答えがこれか」
そうカールが呻くように言うと、リトアニアら三人の王が「我がバルトの国々は、そこに住む民のものです。絶対にロシアに屈したりしない」
フィンランドのマンネルハイム王も「我がフィンランドは北方戦争でロシア軍を撃退しました」
ロシア軍はケーニヒスベルクから撤退した。
プロイセン軍は降伏し開城。
入城し、街を占領するフランス軍。
ナポレオンはその城で、それまでそこの主だったプロイセン王と対面した。
「君がプロイセン王か?」
まだ10歳そこそこの少年を見て、ナポレオンは思った。
(フリードリヒ王ってのはとんでもない食わせ物だと聞いたが、こんな子供だっけ? それともまさか影武者?)
その少年王は名乗った。
「父は退位しました。僕は昨日まで王太子だったウィルヘルムです」
「・・・・・・・・・」
ナポレオンは拍子抜け顔で「フリードリヒ先王は?」
「これを・・・・・・・・」
そう言って、置手紙のようなものを示すウィルヘルム王。
フリードリヒが残したという置手紙に曰く。
「探さないで下さい」
「家出の高校生かよ」
そうナポレオンが突っ込むと、ウィルヘルムは「いわゆる逃亡っていう奴かと」
講和条約の話し合いが始まった。
ナポレオンに対するは、新王となったウィルヘルム。そして、彼を補佐する側近ビスマルク。
「今後、プロイセンは非武装で、駐留するフランス軍の経費は・・・」
そうナポレオンが言いかけると、ビスマルクが「それでいいんですか?」
「はぁ?」
「ロシアとはイギリスを共通の敵として妥協したとの事ですが、何時また敵対するか解りませんよ」と彼は続ける。
「・・・・」
「まさか"同じ未来を見よう"とか言われてお友達になったと?」と、彼は更に続ける。
「・・・・」
彼は更に「"お友達が居ると思っているのは馬鹿"という言葉はご存じですか? 何時ロシアが敵として寝返るか」
「あのピュートルという男、かなりの脳筋で、裏切りなんて器用な真似がそうそう出来るとも思えんが」
そうナポレオンが突っ込むと、ウィルヘルム新王は「だからですよ。私の父、フリードリヒがまだ生きているという事をお忘れ無く」
「だからプロイセンを信用出来ないんだ!」
そんな不信を突き付けるナポレオンに、ビスマルクは「彼が今更戻って来て"王位を返せ"と言われるのは、私共としても迷惑。なので恐らく彼はロシアに行って、敵対しようとそそのかすでしょうね」
「・・・・」
そしてビスマルクは更に言った。
「で、ロシアが敵対すべく軍を起こすとしたら、先ず、このプロイセンに攻め込む事になります。それに備えて、ある程度の軍備は残す必要があるかと」
結局、プロイセンの兵力は四万に制限される事となった。
「次に領土の割譲だが・・・」
そうナポレオンが言いかけると、ビスマルクは「エルベ川以西をフランスの保護国・・・・」
ウィルヘルムは慌てて「おい、ビスマルク」と彼を制止するが・・・。
ビスマルクはウィルヘルム王の耳元で、小声で「彼の天下はいずれ終わります。その時取り返す事になりますが、それまでまとまった国としてフランスに預けておけば、取り返すのは容易です」
「それとポーランドは独立という事で・・・」
そうビスマルクが言いかけると、ウィルヘルムは慌てて「おい、ビスマルク」と彼を制止するが・・・。
ビスマルクは意味深な笑みを浮かべて「まあ、お任せ下さい」
そして彼はナポレオンに向き直り、「これでプロイセンは半分以下となりましたが、まで不足ですか?」
「・・・・・」
「次に賠償金だが・・・・・」
莫大な金額を要求するナポレオンに、ビスマルクは言った。
「よろしいですよ。ですが我が国は現状、逆さに振っても鼻血も出ない状態でして・・・」
「なら、貸しという事で数十年かけて分割払いという事に・・・」とナポレオン。
ビスマルクは「そうなるでしょうね。ですが先王の遺訓に、こんなのがありましてね」
「まだ死んでないよね?」
そう突っ込むナポレオンをスルーし、ビスマルクは「"借金とは踏み倒すためにある"と・・・・」
「嫌な遺訓だなぁ。けど、彼は過去の人ですよね?」
そう突っ込むナポレオンに、ビスマルクは言った。
「ですが、大臣も役人も彼の色に染まったままです。彼等が踏み倒すためにどんな手を使うか。下手をすれば返済先を亡き者に・・・なーんて事も考えかねない。なので、こういうのはどうでしょうか? その額を独立するポーランドに払わせる」
ナポレオン、ドン引き顔で「いや、いくら何でも・・・・・」
「そして、ポーランドが我が国に貸した事にするのです」とビスマルクは続ける。
「それをあなたが踏み倒すと?」
そうナポレオンが指摘すると、ビスマルクは「フランスの損にはなりませんよね?」
「そんなのを彼等が呑むとは思えませんが。独立税を払えと言ってるようなものですよ」
そうあきれ顔で言うナポレオンに、ビスマルクはドヤ顔で「これは貸金であって税ではありません。貴国が王政時代に市民に対して行おうとした由緒正しい方法と聞きますが」
「そーだっけ?」
そしてビスマルクは言った。
「彼等は念願の独立を果たすのです。その恩人であるあなたが言えば、喜んで応じる筈です。あなたはポーランドだけでなく、世界の英雄なのですから」
煽てに弱いナポレオンであった。




