第581話 プロイセンの敗北
チューリンゲン地方を戦場としたフランスとプロイセンの戦いで、ナポレオンがプロイセン軍を包囲する体制を敷く中、フリードリヒ王はプロイセン軍本隊の撤退を決断。
そして彼の仕掛けた偽情報によって、フランス軍本隊はイエナに居るプロイセン別動隊を本隊と誤認し、これに釘付けとなる中、フランス軍別動隊を率いるダヴ―軍団は、撤退するプロイセン軍本隊と、アウエルシュタットの平原にて遭遇戦となる。
圧倒的に不利な戦力差の中でこれを支えるダヴ―の第三軍。その最前線で戦うオスカルは、別動隊と思われていた目の前の敵が、実は本隊である事を示す情報を、捕虜によって得た。
その時、後続部隊との合流によってフランス軍の二倍の戦力となったプロイセン軍の総司令官ブラウンシュタット公は、総攻撃を命じた。
プロイセン軍の熾烈な攻勢を受けて、オスカルたちの部隊も必死の防戦。
地面に小さな穴を掘り、その中で敵の銃弾を除けながら必死に銃を撃つ彼女の部下たち。
目前に迫る敵に向ってオスカルは剣を振るい、部下の元近衛兵たちも銃剣で必死に敵と斬り結ぶ。
そんな中で、ギュダン師団長からの後退命令が届いた。
「お前たちは下がれ」
そうオスカルが部下たちに命じると、ジェローデルが「隊長は?」
「私はここに残って、敵のブラウンシュバイク司令官を討つ」
そうオスカルは言い、部下たち唖然。
「討つったって、こんな所に総司令が・・・・」
そう彼等が言うと、オスカルは確信を込めて「来る。奴は優勢な時は、とことん強気に出る男だ」
「なら、俺たちも・・・」
そう部下の兵たちが言うと、オスカルは「お前たちは彼の顔を知らんだろ」
「隊長・・・」
涙目で口々にそう言う兵たちに、オスカルは笑顔を見せて「大丈夫だ。私は死にまっしぇん」
「それ、恋人に事故で死なれたトラウマを抱えた女の前でダンプの前に飛び出して自分の強運をアピールする非モテ男の台詞ですよ」とジェローデルが残念声で・・・。
「必ず生きて帰る」
そう力強くオスカルが言うと、兵たちは「・・・・・絶対ですよ」
そして彼女は自らの副官に命じた。
「ジェローデル、しばらくこいつ等を頼む」
撤退していく兵たちを見送るオスカルに、アンドレは「で、奴が来るまでどこに隠れる?」
「アンドレ、何もお前まで」と困り顔のオスカル。
アンドレは足元の弾避け穴を指して「どーせこの穴に入ってやり過ごそうってんだろ? こんなの、敵兵が上を通ればすぐ見つかるぞ」
アンドレはオスカルと一緒に弾避けの小さな穴に入り、隠身の魔法を使った。
フランス兵が退却し、プロイセン兵がオスカルたちの上を通る。
二人は息を殺し、外の様子を伺う中、騎馬の士官たちが向かって来るのをオスカルは見た。
将校らしき老人が得意声で話す声が聞こえる。
「この勢いで敵をあの世まで追い落としてやる。背中を向けた兵ほど弱い者は無い」
「この声・・・・・・・」とオスカルは呟く。
オスカルは穴の中から立ち上がり、数人の将校と共に居た、騎馬の老いた将軍に銃口を向け、引き金を引いた。
「ブラウンシュバイク公、お覚悟!」
銃が火を噴き、彼は銃弾を胸に受けて落馬。
「将軍・・・! おのれ」
周囲に居た士官たちが一斉に短銃をオスカルに向け、アンドレが炎の波濤で彼等を薙ぎ倒す。
「奴を殺せ!」
周囲のプロイセン兵たちは口々にそう叫ぶと、抜刀して襲いかかるが、オスカルは剣を抜いて彼等を切り伏せた。
距離を置いて銃を構えるプロイセン兵たちに対して、アンドレは魔法防壁を展開。
全方位から打ち込まれる銃弾を必死に防ぐアンドレ。
プロイセン側の魔導兵たちが妨害魔法の呪文を唱え、やがてアンドレの魔法防壁はあちこちひび割れる。
「済まない、アンドレ。道連れにしてしまった」
破れつつある魔法防御の中で、そうオスカルが言うと、アンドレは「俺はとっくにお前の道連れさ」
「戦いは私の道だ。お前はお前の人生があるだろう」
そうオスカルが言うと、アンドレは「俺の道はお前の道だ。だって俺はお前が・・・・・・」
その時、地響きを立てて騎兵の一団が突進し、アンドレの防壁魔法を囲むプロイセン兵たちを蹴散らした。
オスカルの部下の元近衛兵たちだ。
「隊長」
そう彼等を指揮する騎馬のジェローデルが呼びかけ、オスカルは「お前たち・・・・・」
二人を馬に乗せて戦場を離脱するオスカルの部下たち。
ジェローデルは後ろに載せたオスカルに言った。
「モラン師団が到着したんです。反撃開始ですよ」
「そうか」
そう言って頷くオスカルに、ジェローデルは「それで敵の司令官は?」
「仕留めた。やはりあれは敵の本隊だった」とオスカルは答えた。
オスカルは自軍に戻ると、魔導通信でナポレオンに連絡。
「そっちが本隊だったのかよ。それで・・・・・・」
そう魔道具の向こうのナポレオンが言うと、オスカルは「ブラウンシュバイク公は討ち取りました。敵軍を指揮する者はもう居ません」
「いや、指揮権は下位の者が引き継ぐだろ」とナポレオンは突っ込む。
残念な空気が漂う。
「・・・・・・私は何のために・・・・」
そう呟くオスカルに、ナポレオンは言った。
「俺に任せろ」
オスカル、唖然声で「任せるって・・・・・・」
ナポレオンは言った。
「こっちの戦いはもうすぐ終わる。それまで粘れば俺たちの勝ちだ」
ナポレオンはbaka-noteを開き、「指揮権」という項目に説明文を書き足した。
「司令官が戦死した場合、指揮権はその上位の者が引き継がなくてはならない。下位の者が引き継ぐのは越権行為である」
プロイセン軍本営では・・・・・。
ブラウンシュバイク公の戦死の報に、フリードリヒ王唖然。
「だから総司令官が前線に出るなど止めておけと・・・・・」
そう言って溜息をつくフリードリヒに、参謀は「それで、代わりの指揮は誰が?・・・」
「次席のカルクロイトにでも、やらせるとするか」とフリードリヒ。
だが、引継ぎの命を受けたカルクロイドは、これを拒否。
「それは出来ません。私はブラウンシュバイク公の下です。下位の者が引き継ぐのは越権行為です」
「そーだった」と周囲の将軍たちも・・・。
「けど、奴より上って、誰が居る?」
そうフリードリヒが言うと、参謀が「陛下しかおられないかと」
フリードリヒ、困り顔で尻込み。
「俺、戦略なら得意だけど、戦闘指揮は素人だぞ」
すると一人の将軍が「大丈夫です。戦略は戦術の上位互換」
他の将軍たちも、口々に・・・・・。
「陰謀の女神に対抗できる唯一の策士」
「悪知恵の権化」
「ペテンの神様」
「それほどでもあるけどな」
そう照れ顔で言うフリードリヒに、参謀は残念顔で「いや、褒めてないと思いますが・・・・・」
将軍たちは声を揃えて「この難局を乗り切れるのは陛下しか居ません」
そして「お願い、フリードリヒ陛下」
煽てに弱いフリードリヒであった。
戦死したブラウンシュバイク公の代わりに、自ら総指揮をとる事になったフリードリヒ王。
「それでは、今後の指示をお願いしたいのですが・・・」
そう将軍たちに言われ、彼は「元々兵力的には優勢なんだよな? このまま押しまくればいいんと違うん?」
「それが、先ほどの強引な攻撃で被害が大きく、更に敵の後続が合流し、むしろ押しまくられていまして」と参謀が・・・。
「俺が直接指揮する段になった途端にこれかよ」
そう言ってフリードリヒが溜息をつくと、参謀は言った。
「大丈夫です。オレンジ師団の本隊が先ほど到着しました。彼等が戦列に加えれば押し返せるかと・・・」
「あのイギリスから来たオランダ人軍団かよ。外国人だが信用できるのか?」とフリードリヒ。
参謀は「彼等は本国を奪還するため、必死に戦ってくれます」
「よし。すぐに援軍に向かわせろ」とフリードリヒ。
すると参謀は「それでどこに? 右翼と左翼、双方かなり押されてますけど、どちらに向かわせますか?」
フリードリヒ、棒切れを拾って地面に立てる。
それを見た将軍たちは、不審顔で「まさか、それを立てて倒れた方に?」
「いや、まさか。あははははははは」とフリードリヒは誤魔化し笑い。
彼は困り顔で暫し思考すると、「二隊に分けて、双方に加勢させよう」
「解りました」
王が下した命令を伝達する中、将軍たちは一様に思った。
(それって兵力分散の愚策なんじゃ・・・・・・)
オレンジ師団に命令の伝達が届き、部隊を指揮するオレンジ公は頭を抱えた。
「二隊に別れろったって、俺自身はどっちに行けばいいんだ? ワンセットで戦力を発揮するよう出来てるのが師団なんだが」
「ですが、司令部の指示ですので」
そう副官にハッパをかけられ、オレンジ公は「仕方ない。適当に分かれて双方に向かうぞ」
間もなく、プロイセン軍の動きはダヴ―将軍に伝わった。
「オレンジ師団を二つに? それでオレンジ公の司令部はどちらに?」
「右翼側に居るようです」と部下が報告。
「では、左翼側を叩くぞ。モラン師団をそちらに向けさせろ」とダヴ―は命令を下した。
モラン師団の猛攻を受けたプロイセン軍左翼は窮地に陥った。
オレンジ師団の半分が増援に入ったが、師団司令部不在な中、師団の下に位置する連隊が連隊長の判断で行動するしか無い。
その結果、全体の統率を欠いた彼等には効果的な支援が出来ず、プロイセン左翼部隊はモラン師団の攻勢を受けて後退。
無秩序な後退は味方の戦闘を妨げる。
結果、オレンジ師団の援軍は退却する味方に阻まれて身動きがとれず、フランス軍の左翼側からの浸食を容易にした。
モラン師団はプロイセンの左翼軍を突破すると、そのまま中央軍と右翼軍の背後を突き、遂にプロイセン本隊は崩壊した。
フリードリヒ王は残存兵力を率いて撤退。
既にイエナでのホーエンローエ隊は、ナポレオン率いるフランス軍本隊によって壊滅していた。
こうしてプロイセンは敗北し、フランス軍が敗残兵の追撃に移る中、オスカルも騎馬で部下たちとともにベルリンに向けて進軍した。
軍を進めながら、ふとオスカルが、思い出したようにアンドレに問う。
「ところでアンドレ、あの時何を言おうとしたんだ?」
「何をって?・・・・・」
きょとん、とした顔のアンドレに、オスカルは「プロイセン兵に囲まれた魔法防壁の中で、言ったよな? "だって俺はお前が"って・・・」
アンドレは顔を赤くして「ななな何だったかなぁ」




