第580話 流血のアウエルシュタット
ついにナポレオンとプロイセンの戦いが始まった。
フランス軍の主力となるであろうドイツ駐留各部隊の移動を背後から追撃し各個撃破するという、プロイセン側の目論見はあっさり崩れ、フランス軍はバンブルグに集結。
これに対してプロイセン軍は・・・・・・・・。
戦場となったドイツのチューリンゲン地方のヴァイマルにブラウンシュバイク公とフリードリヒ王の居る本隊が布陣。
彼等はすぐに、南に居た筈のフランス軍の一隊が北のナウムブルグを占領したとの報告を受けた。
「我々と首都との連絡を絶つつもりでしようね」
そう将軍の一人が言うと、参謀の一人が「東には別の部隊が居るとの報告も・・・」
「我々は包囲されつつあるという事か?」と言って、フリードリヒは溜息。
イエナに居たプロイセンの別動隊を率いるホーエンローエ将軍は、南から迫るフランス軍部隊と向き合っていた。
その先鋒隊を率いるは、ルイフェルディナント王子。
王族きっての強硬派の彼が率いるのは、いかにも悪人顔な騎馬のマッチョたち。
囚人騎兵隊だ。
ナウムブルグの状況を耳にしたマッチョたちは、笑いながら口々に言う。
「ろくな軍の居ない町ひとつ占領したからって、何だってんだ」
そんな彼等に「甘く見るな。奴らは統率もとれていて戦意も高い」と戒めるルイフェルディナント王子。
だが、マッチョたちは「どーせ農民や小店主だろ。俺たち人殺しのプロの敵じゃない」
そして「あいつらやっつけたら、近くの町で略奪やっていいんだよな?」とか言い出す彼等に、王子は溜息顔で言った。
「いい加減、そういうのから卒業しろ」
その時、先行する斥候から報告。
「隊長、敵が来ます」
「戦闘用意」と号令するルイフェルディナント。
そして・・・。
間もなく、向うの草原にフランス兵が姿を見せた。
「突撃せよ!」
ルイフェルディナント王子が発するその号令とともに、馬を駆って突進するプロイセン軍の騎兵。
それに対して、フランス兵は整列し、銃を構えて一斉射撃。
「銃兵なんて接近して白兵戦に持ち込めば、ただの獲物だ」
そう呟きながら騎兵たちは馬上で銃を構え、フランス銃兵陣に牽制射撃しつつ敵陣に突入を図る中、次々に銃弾を浴びて落馬する騎兵たち。
味方の死をものともせず目の前の敵に斬りかかろうとした、その時、フランス歩兵たちは銃を構えたまま立ち上がり、銃をまるで槍のように構えた。
銃身の先に短めの剣。これでドイツ兵が乗る馬を囲んで突きかかる。
幾つもの刺し傷を受けて倒れる馬。
落馬した騎兵はフランス兵に囲まれて止めを刺された。
「何じゃこりゃーーーーーーーーー!」
見る間に壊滅していく囚人騎兵たちを見て唖然とするルイフェルディナント王子は、自らも銃弾を受けて戦場の露と消えた。
ザールフェルト近郊のこの戦いでの、先方隊を率いる王子の戦死は、プロイセン軍を震撼させた。
本営で報告を聞いたフリードリヒは、弟の死の知らせに拳を握り締め、そして呟いた。
「フランス軍は数だけでは無い。野戦で簡単に勝てる相手じゃ無かった」
そんな彼に、総指揮官のブラウンシュバイク公は進言。
「当初の予定通り、撤退してエルベ河畔で敵を迎え撃ちましょう」
そんな彼に将軍の一人が「当初の予定ったって、単にあなたが出した案ってだけですけどね」
「その案を消極的とか言って反対した結果がこの有様・・・ですよね? 陛下」とブラウンシュバイク公。
「いや、陛下は王妃の意見を支持して積極的な攻勢を命じた筈だ」と将軍たち。
フリードリヒは慌てて「俺は嫁が口出しするのを愚痴っただけなんだが・・・・・・」
責任逃れをぶつけ合うプロイセンの将軍たちを見て、フリードリヒ王は溜息をついた。
そして彼は決断する。
「撤退しよう」
「ですが、北に退くにもナウムブルグに敵が居て、我々の退路を阻んでいます」
そう参謀の一人が言うと、フリードリヒは「イエナに居るホーエンローエに敵の追撃を阻ませる」
「彼を囮に?」
そう将軍の一人が言うと、フリードリヒは「敵の追撃を防ぐのは殿の務めだ」
「けど、ナウムブルグに居る敵はどうしますか?」とブラウンシュバイク公。
フリードリヒは、周囲に配置した分遣隊向けの短い命令文を書いた。
曰く「イエナの本隊の元に集結して敵を撃破せよ」
そして彼はその命令書を掲げて「これをナポレオンに掴ませる」
将軍たち、溜息。
そして「やっぱり囮ですよね?」
残念な空気が流れた。
まもなく、フリードリヒが書いた偽の命令文は、ナウムブルグに居るナポレオンの元に届いた。
「イエナで第五軍と戦っているのが敵の本隊か。では、ゲーラに向かった部隊もそっちに合流させよう。俺も直営軍を率いてそっちに向かう」
「我々は?」
そうダヴー将軍が指示を求めると、ナポレオンは「アポロダ方面から敵の側面を突いてくれ」
ナポレオンは自らの軍を率いてイエナに向かい、ダヴーの第三軍を除く全軍が、イエナに陣取るプロイセンの別動隊と対峙する。
勢い込んで集結したフランス軍だが、敵の陣営を望遠鏡で観察する参謀は、拍子抜け気味な声で言った。
「そう大軍でもなさそうですけどね」
「これでもフリードリヒの本隊だ。どんな仕掛けがあるか・・・。油断するな」とナポレオン。
「主催者発表って奴じゃ無いんですか?」
そう副官が言うと、ナポレオンは「いや、どこぞの国の国会前デモじゃ無いんだから・・・」
「三万人を馬鹿にするなとか言ってましたけどね」と参謀が・・・。
情報士官の一人が「それって組合があちこちの支部に出したノルマの総計ですよね。けど組合員にシカトされて参加したのは数分の一」
「ってか、そーやって数を振りかざしてるくせに、政権を支持する国民の七割を世論と絶対に認めないんだものななぁ」と副官、あきれ顔。
そんな彼等にナポレオンは「俺たち、何の話をしてるんだっけ?」
ナポレオンがフリードリヒの偽情報に乗って、イエナの囮部隊に釘付けとなっている隙に、戦域からの脱出を図るプロイセンの本隊。
だが・・・・・・・・・。
独自のルートで南下してイエナを目指すダヴーの部隊は、エルベ河畔を目指して北上するプロイセン本隊を発見した。
通信魔道具でナポレオンに報告。
「北上する敵軍と遭遇しました。かなりの大軍のようです」
「やれそうか?」
そうナポレオンが問うと、ダヴ―は「我が軍の数倍の規模がありそうですが。ですが、ご命令とあらば・・・」
「こっちは敵の本隊を仕留めるのに手一杯だ。片付いたらそっちに向かう。足止めを頼む」とナポレオン。
「了解です」
双方、陣形を整え、戦闘が開始された。
ギュダン将軍率いる八千名が先鋒となり、方陣を固めてプロイセンのシュメッタル将軍の部隊を迎え撃つ。
オスカルたちの部隊もここに配属されていた。
騎兵の突撃を数回に渡って撃退する元近衛の兵たち。
「大丈夫ですかね。敵は倍くらい居そうですよ」
戦闘が一息ついた所でジェローデルがそう言うと。オスカルは「戦ってるのは双方一個師団程度だ」
「けど、突撃の度に人数が増えてるような・・・・・」と言ってジェローデルは顔を曇らせる。
「気のせいだろ」
そうオスカルは言って、部下たちを落ち着かせようとするが・・・。
再び動き出した敵影を観察していたアンドレが言った。
「いや、違うぞ。敵の後続がどんどん戦闘に加わってるんだ」
そして「また来るぞ」
突撃して来る敵の騎兵。
味方を蹄にかけようとする馬をオスカルが短銃で仕留める。
その背後から迫った騎兵の馬が前足を振り上げ、オスカルが剣を構える。
それを見てジェローデルが「そんな細い剣じゃ無理ですよ」
「ファイヤーアロー!」
アンドレが放った炎の矢を受けて、敵の馬が倒れる。
落馬した騎兵が起き上がって剣を振り上げる。それをオスカルが剣で切り伏せた。
密集陣形を組み直すオスカルの部隊。
銃剣を揃えて敵の突入を辛うじて食い止めながら、オスカルは「助かったよ」
「けどここはそろそろ危ないぞ」とアンドレは険しい表情を崩さない。
その時、味方の兵からの報告。
「フリアン師団の来援が来ます」
増援によってオスカルたちの部隊は勢いを取り戻した。
敵軍は攻勢を中断し、彼等は一息つく。
「間一髪でしたね」
そうジェローデルが言うと、オスカルは「ダヴー将軍の指示だろうな。危ない所に兵力を送って防衛線を維持する巧みな部隊配置は、あの人の達人技だよ」
だが、プロイセン軍の部隊は次々に戦場に到着。
その度に激しい攻勢が来る。
そして危機に陥った部隊は、司令官の巧みな部隊配置で切り抜ける。
そんな中で、何度目かのプロイセン軍の攻勢を凌いだオスカルの部隊で・・・。
敵軍が引いた白兵戦の跡、あちこちに転がる敵味方の生死を確認していた部下の一人が報告。
「隊長、まだ生きてる敵兵が居ますけど、どうしますか?」
オスカルは、隣に居るアンドレに「そいつの治癒を頼む」
「助けるんですか?」
そう部下が言うと、彼女は「捕虜は捕まった味方と交換できる。それに情報が入手できるかも知れない」
アンドレが捕虜に治癒魔法をかけている中、オスカルは尋問。
「お前、所属は?」
「ブリュッヘル師団」
そう喘ぎながら答えるプロイセン兵の言葉に、オスカルの思考が反応した。
(それってブラウンシュバイク公の直営。・・・って事はこっちが本隊?)
そんな中、プロイセン側では更に後続部隊が到着。
元々数の少ないフランス側との間で、兵力差が二倍になった時、ブラウンシュバイク公は総攻撃を命じた。




