第578話 無敗の将軍
アシニア紙幣の偽札工作が露見し、その後始末でフランス国内が大騒ぎとなる一方で、これがプロイセンによる敵対工作であったという事実は、フランスとプロイセンの衝突を不可避なものとした。
プロイセンは軍の動員を開始。
フランスも戦争の準備を始める。
そんな中、ナポレオンはかつてエンリ王子が言った言葉を思い出していた。
「フランスの覇権の最大の武器は、あなたの軍事的才覚です。その、あなたの居ないフランスが、プロイセンを確実に迎撃できる保証はあるのですか?」
その時、彼の居る執務室に、数名の将軍が報告に訪れた。
「閣下、皇帝代理総指令の人選が一応、終わりました」
そう将軍たちの一人が報告すると、ナポレオンは「どうなった?」
「ダヴー将軍・・・という事で決まりかと」と答える将軍。
ナポレオンは頷き、「なるほどな。奴は戦術指揮では完璧に仕事をこなす」
先ほどとは別の将軍が「独立した部隊が本隊と連絡をとれない状況で、独自の判断で完璧に任務を全う出来るのは、彼しか居ません」
更に、その隣に居る将軍も「それにより本隊と連絡をとれない状況で・・・・・・」
「そう、みんな言ってると?」
そうナポレオンが突っ込むと、将軍たちは「べべべ別に本隊に居れば彼の顔を見ずに済むとか、誰も思ってませんから」
「で、あの男には関わりたくないと言うんだよね?」と、ナポレオンは彼等の本音を確認。
将軍たちは口を揃えて「解りますぅ?」
そしてナポレオンは彼等に問う。
「で、奴の指揮下には新たに、誰が入るんだ?」
「・・・・」
冷や汗顔で固まった状態の将軍たちに、ナポレオンは「孤立した状況で、別方向から攻め込む敵と単独で戦うには、相応の戦力規模が必要だってのは解ってるよね?」
「・・・・・・・・・」
将軍たちは押し付け合いを始める。
「お前行けよ」
「絶対嫌です」
そして・・・・・・・・・・。
オスカルは、彼女の部下たちと一緒に、いち早く情報をキャッチしたアンドレから、情報提供を受けていた。
「それで俺たちにお鉢が廻って来た・・・って訳ですか」
そう困り顔で確認する副官のジェローデル。
自分たちの部隊がダヴ―将軍の配下に加わる事になったという話を聞き、一様に溜息を漏らす彼等だったが、オスカルは平然とした顔で部下たちに言った。
「軍人とはいかなる状況にも、どんな敵を相手にしても、命令に殉じて戦う覚悟が常に必要だ」
「いや、問題なのは敵じゃなくて味方なんだが」
そうアンドレが言うと、ジェローデルも「しかも、指揮官として俺たちに命令する立場ですからね」
「無能なのか?」
そうオスカルが問うと、アンドレは「能力で言えば滅茶苦茶優秀だそーだが・・・」
「だったら問題無いだろ」
そうオスカルが言うと、ジェローデルが「偏屈で有名なんですよ」
「で、友達が居ない。つまりボッチ?」と、その場に居た下士官の一人が・・・。
「引き籠りなチー牛のいじめられっ子と? けど、悪いのはいじめる側だろ」とオスカルが突っ込む。
アンドレは困り顔で「その例えは違うような気がするんだが・・・」
オスカルは席を立ち、そして言った。
「出かけて来る。アンドレも一緒に来てくれ。とりあえず、その偏屈な将軍を見ておく」
オスカルはアンドレを連れて、ダグー将軍の執務室へ・・・・・。
ノックして部屋に入る二人。
デスクで書類を前に、ダヴ―本人らしき中年軍人。脇に副官らしき軍人も居る。
「この度、閣下の指揮下に入る事になったオスカルです」
「補佐官のアンドレです」
そう名乗った二人に、ダヴ―は「何用かね」
「ご挨拶に伺おうかと・・・」
そうオスカルが言うと、ダヴ―は「つまり、顔を見に来たという事だな? だったら、見たのならもう用は無いな?」
「仰る通りで。では、失礼します」とオスカル。
一分も経たぬうちに、追い出され同様に退出するオスカルとアンドレ。
「何? あれ・・・」
そうアンドレがあきれ顔で言うと、オスカルは真顔で「彼は本物だ」
「つまり、余計なコミュ力とか仲良しゴッコとか無用と・・・」と、アンドレは彼女の言葉を善意で解釈するのだが・・・。
オスカルは「というか、何かに集中する奴は身だしなみなど気にしないものだ」
一方、彼等が退出した後の執務室では・・・。
「あれが新たに指揮下に入るという・・・」
そう副官が言うと、ダヴ―は頷き、そして「公私の別を弁えた筋の通った者と聞くが、評判通りのようだな。ただ、軍人というには細くて、鍛え方が足りないのではないか?」
そんな上司に副官は指摘する。
「あれ、男の格好してますけど女ですよ」
「そうなの?」
ダヴ―は暫し思考。そして困り顔で言った。
「女は臭いが見えるって言うが、本当かな?」
「化粧品メーカーのCМが、そんな事を言ってましたけど」と答える副官。
「洗剤、買って来てくれるか」
そうダヴ―が言うと副官は溜息をつき、そして言った。
「一応、自覚はしてたんですね? その体臭」
動員が本格化する、フランスとプロイセン。
双方で相手の戦力を分析し、戦術を予想して対応策を検討する。
ナポレオンは各部隊にあれこれ指示を出し、各部隊内でも参謀や配下の各部隊指揮官を集めて作戦会議。
拡充されたダヴ―の第三軍団でも、連日の会議が続いていた。
ダヴ―はオスカルに問う。
「君はドイツ出身と聞くが、敵の総司令は誰になると思うかね?」
「ブラウンシュバイク公という事になるでしょうね」とオスカルは答える。
「どんな奴だ?」
そうダヴ―が問うと、オスカルは「慎重な男です」
ダヴ―は「つまり、じっくり作戦を立てるタイプと?・・・」
「というより、消極的な・・・」とオスカル。
「守勢に回る事を好むと?」
そう参謀の一人が言うと、部隊指揮官の一人も「つまりビビりって訳だな」
「ですが、相手が弱いとなると強気に出ます」とオスカル。
残念な空気が漂う。
「革命に対しては介入を主張したと聞きます」
そうオスカルが言うと、会議参加者たちは一様に「嫌な奴だなぁ」
「ドイツ帝国との協力を主張して、フリードリヒ王から煙たがられて・・・」
そうオスカルが言うと、部隊指揮官の一人が「そーいやルイ王にもしもの事があったらパリ市民皆殺しとか言ってたのって、あいつだよね」
会議参加者たちは一様に「本当に嫌な奴だなぁ」
「パリを火の海にしてやるとか・・・」とオスカル。
参謀の一人があきれ顔で「どこぞの半島北部の金豚将軍様かよ」
「パリの地図に火が燃えてる表現を小学生に描かせて、地下鉄通路に貼り出して表彰したとか」
そうオスカルが言うと、部隊指揮官の一人がドン引き顔で「どこぞの半島国が隣の列島国をヘイトする学校教育かよ」
「啓蒙君主ってのが流行ってるけど、そういうのに反対してる派って事かな?」とダヴ―将軍の副官。
オスカルは「ですが、彼は領内では啓蒙派で通っていると聞きます」
「どーせフリードリヒ王と同様の見かけだけだろ」と部隊指揮官の一人。
オスカルは「フランスの軍制を真似た改革を進めているとか」
ダヴ―は言った。
「改革というのは、その本質が理解出来ていなければ、形ばかりになるものだ。それとな、オスカル君」
「はい」
「部下を連れて繁華街で飲み歩くのは控えたほうがいい」
そんなダヴ―を見て、同席していたアンドレは困り顔。
だが、オスカルは納得顔で「解りました」
その後しばらく会議は続き、やがてお開きとなって、二人は会議室を出た。
廊下を歩きながらオスカルは感心顔で呟く。
「さすがは厳格で知られたダヴー将軍。私も見習って隊員たちの風紀を引き締めなければ」
アンドレは困り顔で「本気であいつ等に箍を嵌める気かよ」
「真面目なのは良い事だと思うぞ」とオスカル。
アンドレは溜息をついた。
兵営に戻ると、オスカルは兵たちに繁華街での飲み歩き禁止を言い渡し、兵たちから総スカンを喰らった。
「我々は市民の税で給料を得ている。民の視線を常に意識すべきだ」
そう語るオスカルに、下士官の一人が抗議顔で「俺たち、別にノーパンしゃぶしゃぶとか水着のお姉さんの居る店とかに行ってる訳じゃ無いですよ」
「戦争に備えて気を引き締めろ、というダヴー将軍の方針だ」とオスカル。
兵の一人が「だからって、私生活を待ち出す話じゃ無いですよ」
別の兵も「これだから偏屈オヤジは・・・・・」
更に別の兵も「飲みにケーションは組織活動の基本ですよ」
普段とは打って変わった兵たちの反発を見て、アンドレは溜息。
そして彼は一計を案じた。
翌日、アンドレは勤務が終わる頃を見計らい、オスカルを連れてダヴー将軍の執務室を訪れた。
何が始まるのか、全く解って無さげなオスカルを脇に、アンドレは恭しく「閣下にお願いがあります」
「もう勤務時間は終わるが・・・」
些かまごつき気味にそう言うダヴ―に、アンドレは微妙にお世辞口調を混ぜ込みながら、用件を口にした。
「私的なお願いですので。今後の作戦の参考にするため、無敗とうたわれた閣下の武勇伝をぜひ」
軍人としてのプライドをくすぐられ、悪い気のしないダヴ―は、応接用ソファーを指すと、「なら、そこに座りなさい」
アンドレは「いえ、勤務外ですので、公務の場でという訳にはいかないかと。出来れば、外の落ち着いた所で・・・」
「つまり食事をおごれと」
そんな、ダヴ―なりに部下の行動を推し量ったつもりの突っ込みに、アンドレは「授業料ですので、費用はこちらで持ちます」
「いや、部下に驕らせる訳にはいかない」と、彼なりに上司の立場を気にするダヴ―将軍。
公私混同に厳しい将軍の性格を逆手にとって、外に連れ出すアンドレは、二人の上司を案内して通りを歩き、目星をつけていた店に入る。
「ここは酒場じゃないか」
先日の件を思い出して、彼なりに体面を気にするダヴ―であったが、アンドレは「酒以外も出るので酒場ではありません」
彼はダグーを強引に席につかせると、店の人にミルクを注文。
さすがのダヴ―も「いや、俺は子供じゃないんだが・・・」
「アルコールは思考力を鈍らせます」
そう言って、あくまで"酒場では無い"という建前に拘ってみせるアンドレに、調子を狂わされ気味なダヴ―は、困り顔で「君は変な所で真面目なのだな」
「自分、不器用ですんで」とアンドレ。
ダヴ―は更に困り顔で「俺は超能力使いのギャルじゃないんだが・・・」
将軍をあれこれ煽てるアンドレ。語りだすダヴー。
そして、本気モードで聞き入るオスカル。
「あの介入戦争で上官だった奴は、貴族で敵に通じていた。そんな奴の命令では勝てる戦いも勝てない。だから俺は奴を背後から砲撃で排除してやった」
そんなダヴ―の自分語りにアンドレは「さすがです、将軍」
乗って来るとアンドレは、店の人に甘酒を注文。
「これ、酒だろ」
そうダヴ―が突っ込むと、アンドレは「こんなの酒のうちに入りませんよ」
アンドレは次第に注文の品を、度数の少ないものから普通の酒に・・・。
そんな中で・・・・・。
「あれ、オスカル隊長じゃないですか」
店に入って来たオスカルの部下たちと、ばったり鉢合わせ。
「そっちはダヴー将軍。飲み歩き禁止だって言ってませんでしたっけ?」
そう言ってオスカル達を追及する部下たちに、オスカルは慌て顔で「お前等こそ」
部下たちは「ここは酒以外も出るから酒場じゃないって、アンドレから聞いたんですけど、隊長たちこそ・・・」
「ここは酒以外も出るから酒場じゃない」と、オスカルは部下たちと同じ理屈で言い逃れを図る。
だが・・・・・・・・。
「けど、隊長たちが飲んでるのって酒ですよね?」
そう指摘され、オスカル唖然。
「あ・・・・・。何時の間に」
部下たちは更に、ダヴ―を追及。
「飲み歩き禁止って言ったの、真面目な将軍でしたよね?」
「・・・・・」
とんでもなくバツの悪そうなダヴ―であった。
その後、飲み歩き禁止の命令は撤回された。
一方、プロイセンの軍司令部では・・・・・・。
フリードリヒ王が、総司令官に任命したブラウンシュバイク公に、作戦に関する意見を求めていた。
「フランス軍は強大です。我々は彼等より強くなる必要があります」
そう語るブラウンシュバイク公に、フリードリヒは「新兵器とか兵制とか?」
「他国を味方につけ、援軍を求めて数で優位に立ちます」とブラウンシュバイク公。
フリードリヒ、あきれ顔で「身もふたも無さ過ぎだろ」
「ロシアは味方についてくれる筈です」とブラウンシュバイク公。
「けど、遠くから来るから、動員に時間がかかると思うぞ。それに、オーストリアと組んで負けて懲りているからなぁ」
そうフリードリヒが指摘すると、ブラウンシュバイク公は「そこは閣下の舌先三寸で」
「あのなぁ!」
更にブラウンシュバイク公は「それとイギリスです」
「あそこは陸軍は強く無いし、海を隔てているから危機感も薄い。おまけに和約とか結んじゃってるしなぁ」
そうフリードリヒが指摘すると、ブラウンシュバイク公は「そこは閣下の舌先三寸で」
「あのなぁ!!」




