第568話 帆船と動力船
ナポレオンに対抗して海上ルートを抑えるイギリスを制すべく、ついに始まったフランスのイギリス上陸作戦。
西インド諸島に陽動をかけてイギリス艦隊をドーバー海峡から引き離そうという、フランス艦隊のヴィルヌーヴ提督の作戦は、既に見破られていた。
だが、イザベラ女帝とエンリ王子は、ナポレオンに作戦への参加を申し出た。そしてスエズを襲う陽動でイギリス艦隊を地中海に引き込み、海峡封鎖で封じ込めるという新たな作戦を提案。
これに協力する見返りとして、エンリはイギリス上陸戦の中止をナポレオンに約束させる。
だが、無敵艦隊を味方に得た事で強気になったヴィルヌーヴは、あくまでイギリス艦隊との決戦を主張した。
ネルソン提督率いるイギリス艦隊は、スエズ基地を襲ったフランス艦隊と対決すべく地中海に向かい、ジブラルタル海峡を封鎖する浮遊爆雷を突破。
だが、彼は不審を感じて引き返す。
再びイギリスの艦隊がジブラルタル海峡に現れて地中海に進入したのを目撃したスパニアの工作員は、これをシマカゼ号に居るエンリ王子に報告した。
「ようやく来たようですね」
報告を受けたエンリが、それをヴィルヌーヴ提督に伝えると、彼は自信満々な指ポキ顔で言った。
「いよいよイギリス野郎に目にもの見せてやる。我々にはスパニア無敵艦隊という強い味方が・・・って、彼等は何時合流するんですか?」
「先ほどバルセロナを発進したとの知らせが届きました」と適当な事を言うエンリ。
ヴィルヌーヴは不審顔で「蕎麦屋の出前じゃないですよね?」
「まさか」
そんなお気楽なエンリに、ヴィルヌーヴは先ほどとは打って変わった不安顔で「けど、間に合わないという事も・・・・・」
エンリは言った。
「御心配無く。無敵艦隊なんて来なくても、このシマカゼ号がイギリス艦隊を引き受けます。今までもドレイク艦隊を、何度も一隻で壊滅させた我々ですから」
ヴィルヌーヴ、更なる不安顔で「ですが、ネルソン艦隊は動力船を揃えて風向きと無関係に動けるし、速力だって・・・」
するとエンリの横からシマカゼが顔を出す。
「私、早いですよ。駆けっこなら誰にも負けません」
そんな彼女を脇に追いやると、エンリは「まぁ、この船なら速力で彼等を引きずり回してやりますよ。けど、あなた方が居たら守り切れない。なので、敵の進路を迂回してジブラルタルを抜ける事をお勧めします。その後、浮遊爆雷で海峡を封鎖すれば、余裕でドーバーはフランスの一人舞台だ」
ニケは、ジブラルタル海峡から向かうイギリス艦隊の航路を予測し、リラが魚の使い魔を配置。
そしてフランス艦隊は迂回ルートを通ってジブラルタルへ向かった。
やがて水平線の西から艦隊が姿を現す。
マストの監視台に居るカルロが望遠鏡で、旗艦が掲げたスパニア国旗を確認。
「スパニア艦隊、ようやく来たか」
そうエンリが呟くと、リラが「もうすぐイギリス艦隊も来ます」
シマカゼ号はスパニア艦隊と合流。
エンリは無敵艦隊旗艦に移乗して、艦隊司令と作戦を練る。
やがて南の水平線からイギリスの艦隊が姿を現す。
が・・・・・・・。
「あれは・・・ドレイク艦隊ですね」
旗艦のマストの監視台からの報告に、指令室では困惑の空気が広がる。
「って事はネルソン艦隊は?」
そう無敵艦隊の指令が言うと、彼の副官が「恐らく海峡で待ち伏せ・・・って所でしょうね」
「ドレイク艦隊を片付けて追いかけるしか無いですね」とエンリ王子。
「けど、あのドレイク提督ですよ。そんなに簡単には・・・・・」
そんな指令にエンリは言った。
「ドレイク号は私が引き受けます。皆さんは配下の船の相手をして下さい。ドレイク抜きならただの海賊船の集まりです」
エンリはシマカゼ号に乗って単艦でドレイク艦隊へ向かう。
そしてドレイク号に接近し、拡声の魔道具で「おや、ドレイク提督じゃないですか」
「おや、じゃない! ナポレオンなんぞに尻尾を振るとはどういうつもりだ」とドレイクも拡声の魔道具で・・・。
「こちらにも事情がありまして。それに、通商妨害、止めないですよね?」
そうエンリが言うと、ドレイクは指ポキ顔で「まあいい。我々はこのままフランス艦隊を葬って、上陸を阻止してイギリスを守る。妨害するつもりならかかって来い」
「いいんですか? 我々は動力船でそちらは帆船ですが」
そうエンリが言うと、ドレイクはドヤ顔で「海賊は船ではなく人だ。それにこのドレイク号の速さについて来れる船なんて無い!」
「私、早いですよ」
そう言って横から顔を出したシマカゼを見て、ドレイク唖然。
「その娘、軍艦娘か?」
「あなたも提督なんだよね? シマカゼと駆けっこする?」
そう言って挑発するシマカゼを見て、ドレイクは「・・・・・二番艦が完成したのか」と呟く。
「勝てたらあなたの乗艦になってあげる」と更に挑発するシマカゼ。
ドレイクは身を乗り出して「その勝負、乗った!」
ウキウキ顔のドレイク提督に、エンリは「じゃ、スターターをよろしく」
「いつでもいいよ」とシマカゼも・・・・・・。
そして・・・。
ドレイク号とシマカゼ号は舳先を並べ、ドレイク号は派手に大砲を撃ち、これを合図に両者スタート。
一方、ドレイク旗下の海賊艦隊と対峙するスパニア艦隊では・・・・・。
望遠鏡で敵味方二隻を見守るスパニア艦隊提督。
シマカゼ号と舳先を並べたドレイク号の発砲を確認し、彼は号令を下した。
「ドレイク号が発砲した。戦闘開始だ」
スパニア艦隊、一斉に砲撃開始。
ドレイク配下の各海賊船は、いきなりの戦闘開始におろおろ状態。
そして通信魔道具でドレイク号に指示を求める。
「戦闘、始っちゃいましたけど、提督、どーするんですか? これ」
だが、念願の軍艦娘を鼻先にぶら下げられたドレイクは「こっちは忙しい。各自の判断で応戦しろ」
「だって向うは動力付きの新鋭艦ですよ」
そう困り声を上げる海賊たちに、ドレイクは「海賊の力は船ではなく人だ」
「そーいうのからそろそろ卒業しませんか?」と言って溜息をつく海賊たちであった。
なし崩し的に始まった艦隊戦。
ドレイク旗下の海賊船は、大砲を撃ちつつ各自スパニア艦に接近して乗り移りを狙う。
だが、風と無関係に動けるスパニアの動力艦は、巧みに接舷を避けつつ、近距離からの砲撃で次々に海賊船を撃破。
まもなく海賊艦隊は壊滅した。
一方、ドレイク号は・・・・。
自慢の速度で先行するシマカゼ号にどんどん引き離されていた。
「ここまでおいで」
そう言ってシマカゼは、必死に追いかけるドレイク号に、艦尾から手を振る。
タルタも笑いながら「余裕だな。我が艦は」
速度が自慢な筈の自艦が遅れをとりまくる有様に、ドレイク提督は歯噛み状態で「何で追い付けない。このドレイク号は速さに特化した特注品だぞ」
彼の部下の一人が「向うは動力付きですよ」
「それだけじゃないような気もしますけどね」と別の部下も・・・。
遂にドレイクは掟破りを発動。
「おい、エンリ、これって艦隊戦なんだよな?」
そう拡声魔道具で前置きするドレイクに、エンリも拡声魔道具で「大砲でも使いますか? いいですよ」
ドレイクは「ほえ面掻くなよ」
ドレイク号は大砲でシマカゼ号の舵を狙う。
回避行動をとりつつ速度を緩めないシマカゼ号。
「撃ってきましたね」とアーサー。
シマカゼも「こっちも反撃する? するよね?」
エンリは彼女の頭にポンと手を置いて「好きなようにやって来い」
シマカゼは海面に降り立ち、機械の塊のようなごついブーツが光を放って、海面10cmに浮いた。
「シマカゼ、いっきまーす」
やや腰をかがめた姿勢で魔導機械ブーツの推力を吹かし、シマカゼは一瞬で水面を駈けて、ドレイク号に並走。
機械背嚢の上に乗った連装砲ちゃんの砲がドレイク号のマストを撃ち抜き、射出した爆雷が舵を破壊。
動きを完全に封じられたドレイク号の周囲には、スパニア艦隊に船を沈められた配下の海賊たちの乗る救命ボートがひしめいた。
漂流状態のドレイク号から、ドレイクが拡声魔道具で呼びかける。
「おい! エンリ王子」
「文句なら後にしてくださいよ」
そうエンリが言うと、ドレイクは「二番艦を建造できたら譲ってくれるって約束だったよな?」
「一応、今は敵どうしなんで」とエンリ王子。
「そんなぁ」
去って行くシマカゼ号とスパニア艦隊。
それを見送るドレイクに、部下の一人が言った。
「提督、いい加減、動力船にしません?」
「海賊のパワーは船ではなく人だ」
そう言い張るドレイクを見て、彼は溜息をつきつつ「まだ言ってるよ、この人」と呟く。
「帆船は男のロマンだ」と、遠い目で呟くドレイク提督。
そんな彼に、別の部下が言った。
「けど、戦争が終わったら軍艦娘の居る船、貰えるんですよね? それ、動力船って事になりますよ」
「そうだな」
一瞬で考えを切り替えたドレイク提督であった。
その頃、フランス艦隊を率いるヴィルヌーヴ提督は、ジブラルタル海峡に差し掛かった。
スパニア側の入り江から小型船が姿を現す。
その船を見て副官が「あの船が浮遊爆雷で海峡を封鎖する訳ですよね?」
ヴィルヌーヴは頷き、そして自信を込めて呟く。
「これで勝利は確定だ。ネルソン艦隊の奴らは今頃、無敵艦隊の襲来を受けて地中海の藻屑さ」
西へと去っていく艦隊を見送る小型船。
「フランス艦隊、行きましたね」
そう船員の一人が言うと、船長らしき男が「じゃ、爆雷散布と行くぞ」
「どーせまた音響衝撃の魔法で一発でしょうけど」と先ほどの船員が・・・。
その時、マストの監視台に居た船員が報告。
「あの・・・海峡の西向うから別の艦隊が来ますけど」
フランス艦隊では、ヴィルヌーヴ提督が、行く手に表れたイギリス艦隊を前に唖然状態となっていた。
「あれ、ネルソン艦隊ですよ」
そう指摘する副官に、ヴィルヌーヴは「地中海に入ったんじゃなかったのかよ」
「モロッコ沿岸の島影に隠れていたと思われます」と参謀。
「じゃ、海峡を通ったイギリス船団は?」
そうヴィルヌーヴが問うと、参謀は言った。
「恐らく西インドから戻って来たドレイク艦隊かと」
ヴィルヌーヴ顔面蒼白。
「どーすんだ。背後は浮遊爆雷で封鎖しちゃっているぞ」
「どうしますか?」
おろおろ状態の副官に、ヴィルヌーヴは「とにかく応戦しろ。艦船の数は互角の筈だ」
ジブラルタル海峡を西に抜けたトラファルガー海域で、ついに英仏の艦隊は激突した。




