25. 悪役令嬢、おっさんパーティーへの勧誘から逃げます
意気揚々とスイングドアを押して外に出た。
っと、朝っぱらから呑んだくれてたおっさんパーティーの4人が視界の左隅に入ったので、すかさず右に曲がってスルーしようとしたところ、聞くのも煩わしい下品ながなり声で怒鳴り散らしてきた。せっかくいい気分だったのに台無し。
今日は私の他にも7人が試験を受けたと聞いたのに、なんでこうしつこく絡んでくるんだろう。全員に絡んでる?新人冒険者への洗礼ってやつかな。それにしても暇人過ぎるでしょ。
新人冒険者に絡む嫌な感じの冒険者パーティーというのはRPG要素の高い世界軸の物語では鉄板のイベントだ。
転生冒険者無双系とかハーレム系等々、乙女ゲームには無いシチュエーションなんだけど、なんて言うか、乙女ゲーム風に表現すると”当て馬イベント”的なやつで、絡まれたヒロインをヒーローが颯爽と助けて仲間になったりする。
今なら回れ右してギルドの中に引き返せば美少年ヒーロー2人も居るけど、彼らはあくまでもヒロインの攻略対象者であって、助けなど期待しちゃいけない。
私はヒロインじゃ無いから、都合良く未来の勇者様や英雄様が助けに来てくれる事も無い。だから露払いは自分でしなくちゃね!
パーティーに勧誘しているのに、言葉が汚く乱暴で、とにかく友好的じゃ無いし怪しさしか感じない。
勧誘員の話は立ち止まって聞いてはいけない。これどの世界でも常識だと思うの。
と、言うわけで私はひたすら逃げますよー
酔っ払いとはいえ大人相手なので【身体強化】をかけて猛ダッシュ!
幸いダンジョンの場所を教えてもらった時に周辺地図を見せて貰ったので、大通りがある方向は分かる。
「おい待ちやがれ!」とか聞こえたけど、それで待つ人居ないよね。
冒険者ギルドは町外れにあることが多く、ラーン支部もご多分に漏れず領都を囲む高い塀の近くにある。ギルドから左に行けば壁門から続く、馬車がすれ違って通れるほど道幅が広く、両側に中小規模の商店が立ち並ぶ大通りに入れる。
昼間なら壁門の外にもフリーマーケットのような市が立っており中々の賑わいだから、人混みに紛れて逃げるのに最適だったのだけど、あいにくと右に行くしかなかったのでギルド周辺の柵に沿って右に回り、裏手にある簡易闘技場を右手に見ながら大回りにはなるが大通りを目指す。途中建物がある場所まで入った時に左の裏通りに入って挟まれ防止策を取りながら、何とか大通りに出る小道の建物脇に身を潜めた。
後ろの追っ手はとっくに撒いていたようだ。あとは大通り側に回り込まれているかどうか……。
「こういう時ヒロインだったら、逃げてる途中で攻略対象者が建物の陰から手を伸ばして抱き込んで追っ手を撒いてくれる”密着ドキドキイベント”とか、賊?(おっさん冒険者達だけど)に対峙して圧倒的強さで守ってもらってドキドキする、”好感度アップイベント”が発生するものだけどね」
あまり接近したくないと思う心とは相反する気持ちでもやもやしながら呟いた。きっと思いがけなく起こった”密着イベント”の所為だ。
ふと気がつく。あれ?人混みに紛れなくても今ちょうど、誰の目にもとまってなくない?
念の為【広域探知】で人の位置や、自分に関心を直接向けている者が居ないかを確認する。うん、居ない。
「【座標移動】」
あっという間に屋根裏部屋に戻って来られて一安心。
「それにしてもEランクスタートかー、喜ぶところなんだろうけど、、3階層で豚蝙蝠仕留めまくったのが良かったのかな?、本当は30匹くらい纏めて吹っ飛ばしちゃったんだけど……」
まともに申告しなくて良かったのかもしれない。初期から目立って良いことはないもんね。残りの魔石はまたの機会に買取してもらおう。
それにしても、せっかく初めて行った土地だったのに少しくらい賑わう市を見たり、良い鍛冶屋とか、美味しい料理屋はないのかとか、散策して見たかったなぁ!意外と屋台料理の方が美味しいかもしれないじゃない?残念。
あっ!そうか、ヒロインなら酔っ払いを撒いたと思って暢気に町を歩いてたらピンチに陥って助けられるんだな。用心深く面倒臭がりな私に足りない要素だ。いや、別にヒロインになりたいわけじゃなくて静かに長生きしたいだけだから良いんだけどね。でも悪役令嬢がシナリオから解放されて自由になるには、乙女ゲームの考察は欠かせないよね!
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今日はアフタヌーンティーの時間には余裕で領都の自室に戻って来られたので、ゆっくり香り高いお茶を飲む。
暑いけど風通しも良く乾燥しているので、ゆっくりティータイムを過ごしたい時は温かい紅茶の方が落ち着く気がするのよね。
「マリ、お帰りなさい。 たまには一緒にお茶会しましょう」
ぶふっ!吹き出したらどうするんですかお母様。たとえ娘の部屋であっても先触れ出すでしょ、最低限ノックくらいはして欲しい。心臓に悪い。
「お母様、急にどうなさいましたの?」
「まぁ、親が娘に会いに来るのに理由なんて要らないでしょう」
普通の家庭ならそうでしょうけどねぇ……。見習い侍女のケイナがお母様の分の紅茶を用意して部屋を出て行った。まだ見習いなのに良く出来た侍女だなぁ。
スウィーツは食べ切れないほど乗っているのでこのままでよし。
「お父様ったら酷いのよ、田園地帯の視察には付いて来なくて良いっていうの。 しかも明後日からの予定だったのに、お昼過ぎに出かけたわ。 もうっ!こうなったら鉱山の採掘現場にでも行く?」
何でそうなるの?夏の鉱山なんて最悪よ。坑道内は涼しいかもしれないけど、いやぁ、しかも今採掘って言った?領地内の植生や生態系の調査が第一の目的でついでに観光も楽しむって計画じゃありませんでしたっけ?
「お母様、お話が見えませんわ」
「あと2年半もすればマリの成人の儀でしょう? こう、目玉になるアクセサリーを作ってみたいと思わないこと?」
「ええと、まさかそれで自ら採掘に行こうとおっしゃいますの?」
うちは領地こそ狭いが良質のコランダム鉱脈のある鉱山と地下鉱脈があるのでお金持ちだ。帝国に出回る良質のサファイア、ルビーの殆どがルナヴァイン・カルルーナ鉱山/坑道産。今の私なら大物を【広域探知】で探して発破無しでピンポイント採掘出来るかもしれない。ちなみに掘削に火薬は使われていない。火薬自体が帝国には出回っていないからだ。
「だって、今世代唯一の公爵令嬢なのよ? 皇家に皇女も居ないし、誰に気兼ねすることなく着飾れるのよ。 うちは娘を皇族に嫁がせなくても大丈夫!って所を見せつけるチャンスなの」
ん?もしかしてうちのこと揶揄する派閥でもあるのかしら?なんて命知らずな……。
こう言っちゃ何だけど、公爵家四家の中で序列こそ二位だけど、領地は一番狭いし、経済的には何処が一番良いかって単純には比べられないけど、公爵家にしては質素倹約家なのがルナヴァイン家。実際にはお金の使い所が違うだけなのだけどね。
それで、曽祖母様、お祖母様、お母様が元皇女、ルナヴァイン公爵家になんでこう連続して皇女様が降嫁して来てるのって、不思議よね。皇女の降嫁には莫大な持参金が付いてくる。
実際のところ、お母様はうちに降嫁する予定じゃなかった。お祖母様もだ。ただお祖母様は第三皇女だったから我儘が効いたらしい。どうしてもお爺様と結婚したかったんですって。
お婆様から聞いた話では、幼馴染でお互い初恋両思い。絵に描いたような純愛よねー素敵だわ!
で、割食ったのがお母様。初めからルナヴァイン家だけは降嫁先候補から外すことが決定していた。
でも降嫁先で揉めてる最中に何を思ったのかお母様は『ちょっくら戦場行って来る』っと言って、終結直近の七年戦争に帝都騎士隊一個大隊も引き連れて戦線に向かい、無双した挙句、戦の後処理中にお父様に出会って一目惚れ。当初お父様は拒否ったけど、結局お父様を口説き落として(手篭めにしたって噂もあるけどさもありなん……)遠征先で既成事実作って皇家を黙らせると言う、何とも言えない力技を使ったらしい。皇女が思いつきで戦場に行くだなんて周囲にしてみたらいい迷惑なんだろうけど、後に『姫将軍』なんて異名で呼ばれる様になる分の働きはしたらしい。一番多くの被害者が出たであろう戦線終了間近のアルト国軍による捨て身の最後の攻撃に於いて、帝国軍の死傷者が極僅かに(居なかったって話もあるけど)留まったのはお母様の乱入の成果。何でも帝国一の治癒師なんだって!そんなの初耳だよ!どこまで規格外なの、お母様。
これは流石に本人達からは聞けず、色々諜報活動しました。当時を知ってそうな使用人達捕まえては話を聞きましたよ。
でも私の婚約に関しては出て来なかった。生まれる前から決まってたとしか思えないスピード婚約だったから何かあると思うんだけど。
今の皇家には皇女居なくて良かったね、居たらまた揉めたよ。
お兄達もキラキラの美形だし、多少性格に問題あっても表向きは紳士の仮面外さないし、天才だけど孤高ではなく人を惹きつけるところがある。ただし元皇女のお母様似だけど。でも他の公爵家もイケメンだらけでスペック高いのに、なんでうちに偏るんだろうね。
まぁ、流石にしばらく降嫁はナシでしょ。本来なら私の縁組だって無しだと思うんだけどなぁ!
だって4代連続で従姉妹同士だよ?下手したらうちの方が皇家の血が濃くなってるんじゃない?女系だけど。
ちょっとどころじゃなくヤバすぎ、出生率低下と奇形がいつ出てもおかしくない。ああもう出ているのか。公爵家四家揃って女児の出生率が低いってかここ数代無いよね?うちは七代ぶりくらいだったかなぁ……。
ちなみにお父様はひとりっ子だった。だからいくら才能があるからって学園卒業直後の十七歳で戦場の最前線で指揮を取らせることが決まった時は、お家断絶も覚悟の上だったとか。私は3人兄妹だけど、3人とも五体満足に生まれて良かったよね。
「お母様、何も他家と張り合う必要はないと思いますわ。それに、あまり派手な装いは好みではありませんの」
成人っても十五歳でジャラジャラ宝石付けるのヤダわぁ、それにその頃は幽閉されてて成人の儀どころじゃない……。