24. 悪役令嬢、初めて魔物退治する
1時間以上も待って、もうランチタイムになってしまった。
たぶんギルド職員が戻って来ていたとしても実技試験は午後からになるだろうなー。日本だったら昼休憩をずらして取らせ、開店休業状態にはさせないところだけど。しかも今試験待ちは私1人だけだから、さっさと済ませてしまう方がいいはずなんだけど。
ここは二十一世紀の日本とは価値観が違う、となれば……。
「じゃーん♪ う~ん、美味し〜い」
取り出したるは自作ランチと我が家のパティシエ自慢のスウィーツ。と、お茶が入った水筒。
時間を見つけては軽食を中心に料理を作りまくって亜空間収納にしまっておいたのだ。スウィーツは日々余分に作ってもらった分も残さず食べてる風を装い溜め込んだもの。水筒は家にあるの(恐らく遠征用の備品)をいくつか拝借し、その時の気分で飲めるように冷たいジュースや、温かいお茶まで用意して選り取りみどり。
今はおかわりのアイスティーをグラスに魔法で氷を入れて注ぎ、水筒を亜空間収納に仕舞った。
亜空間収納は、先日作った化粧ポーチだと冒険者活動する上で見た目のイメージが違うのと、容量が足りないのが問題で冒険者用っぽいカバンを作って、仕切った部分の内いくつかに亜空間収納機能を付与させた。
全部一緒くたに入れちゃっても大丈夫なのは分かっているけど、食料と成果物、モノに因っては獲物そのものとか毒草含めた薬草類を一緒に入れたく無かったの。この気持ちは女子なら分かってくれると思う、単に気持ちの問題なのよ。
あとは偽装的な意味もある。通称『冒険者バッグ』と呼ばれる亜空間収納付与されたアイテムはべらぼうに高い。容量にもよるけど一般的な80㎤の冒険者バッグで金貨5枚。庶民なら4人暮らしで約2ヶ月贅沢しなければ余裕で暮らせる。と思う。冒険者にとっては良い武具や防具に並んで揃えたい一種のステータスグッズでもあるから、盗難防止に実際よりも価値を低そうに見せる方が安全。
ほくほくしながらお一人様ランチを楽しんでいたところにノックの音が聞こえた。
返事をしたら顔をのぞかせたのは壮年の男性。一瞬目が合った、と言ってもこっちは目元をマジックミラー機能を持たせた幅広の布で覆っていて他人からは目元が見えないのだけど、その後ローテーブルに広げられた料理に視線が行った。
「あっ!すみません、ここ持ち込み禁止でしたか? 先にお断りなく食事を広げてしまって失礼しました」
慌てて立ち上がりお辞儀をして謝った。
「あー、それは気にしなくて良いよ。 待たせてすまないねぇ……私はここのギルド長を務めているバルト・モーニンだ、もう少し待ってくれるか? 職員の代わりの者を付けるから」
ギルド長と名乗った男性は言いたいことを言ったら素早くドアを閉めてしまった。
思った通り、ギルド職員の皆さんはお昼休憩に入っているのだろう。けど後少し待って、と、代わりの者、っと言うことは、お昼休憩が終わる前に代理の付き添い人が来るということだ。ゆっくり食べてる場合じゃ無くなった!けど急いで食べるのも消化に良く無い。これからダンジョンに行って魔物をやっつけるのだ、さながら初陣に望むようなもの。初めて動物の命を刈り取る行為に吐き気がしてくるかもしれないし、もっと酷いことになるかも。少なくとも蚊を手で叩くような簡単なことではあるまい。
まぁ、魔物と他の生き物を一緒にして良いかは別問題として。
今日のスウィーツはミルクプリン。え?さっきプリンアラモードを食べたばかりだろうって、あれは10時のおやつだから!
半分ほど食べたところで再びノックが聞こえた。はい、と答えたら、ギルド長が入って来た。
「失礼、今日君に付いてもらう付添人だ。 入って」
2人の男性、と言うか少年に続いて、グラスの乗ったトレーを持ったナンシーさんが入って来た。
ミルクプリンを置いて立ち上がって姿勢を正した。
ギルド長が向かいの席に2人の少年を案内して紹介してくれた。
「アートとルーンだ。付添人は1人で良いんだが、2人ともパーティーの助っ人は慣れているが試験の付き添いは初めてだからってことで、よろしく」
ここのギルド長はゆるい感じらしい。あまり気難しいよりは良いのかもしれない。ギルド長に紹介された少年の内一人が挨拶をしてくれた。
「初めまして、アートです。こちらはルーン。試験の付添い人は初めてだけど、ダンジョンには慣れているから心配しないでいい。よろしく」
……おいおい、めっちゃ偽名じゃないですか?アートはジル様でルーンはヘルムルトだよね?なんで2人してこんなところまで来て助っ人活動してんの?ああ、私と同じか!ここなら他の貴族と出会して面倒が無さそうって考えか……勘弁してよ。こんなことならコスプレ程度の装いじゃなくて、濃い変装にしときゃ良かったよ。ああ、でも脳筋のヘルムルトには変装効かないかもな、手合わせしたことないし、令嬢然とした私としか会ってないからバレようが無いかもしれないけど、骨格とか野生の勘でバレるなんてことがありませんように!!切実に!!
それにしてもヘルムルトまで冒険者やってるなんて初耳なんですけど?しかも助っ人登録出来るなんて少なくともCランクだってことじゃないの。
冒険者は基本Fランクから始めて、ランク上げには実績とそれなりの期間が必要になるはずだから、学園に通いながらある程度の社交や当主教育を受けながらここまで上げられるってことは相当の実力があるんだろう。ジル様は嫡男じゃ無いからまだ時間に余裕ありそうだけどね。
「初めまして、マリナです。本日はよろしくお願いします」
令嬢らしさの欠片も無い庶民丸出しではあるけど、ちょっと可愛らしくぺこりとお辞儀をしながら言った。
庶民の仕草なんてお手の物よ。何せ17年のキャリアがありますからね!令嬢歴より長いんだから。
仕草は年相応にしてみたけど声は低めに抑えた、うっかり令嬢モードの余所行き声が出たらバレるかもしれないから。
「さあ、皆さん座って楽にしてください」
ギルド長が言って、私の隣に座った。前にいる2人も座った、3人の前には冷えた飲み物が入ったグラスが置かれていた。ナンシーさんは挨拶している間に部屋を出ていた。実にスマートな動きだ。
「試験はそれぞれの拠点で異なる。難易度が同程度になるようになっているから、どこの拠点で受けても同じだら安心してくれ」
「はい」
「ラーン支部では、ここにあるナナバ回廊ダンジョンの3層目までの魔物を3時間以内に15匹やっつけて確証になるものを収集する」
ギルド長はベストの内ポケットから出したこの辺りの地図を広げ、領都ラーンとロデオ地域西側にある険しい岩山山脈の中間地点を指差しながら説明してくれた。
「じゃあ、ゆっくり茶でも飲んでから出かけてくれ。馬はナンシーが表に用意している。気をつけてな」
そう言って、ひらりと手を振りながら応接室から出て行った。
お互い無言で飲み物を飲む。私は残りのミルクプリンを食べて空き容器をバッグに仕舞った。
何を話せば良いんだろう。とりあえず美味しいアイスティーの味があまりしないくらいには緊張しているけど、気取られたところで初ダンジョンに挑む試験前の緊張だと思ってくれるよね~
「君何歳?」
「十二歳です」
「そうなんだ、俺らは十三歳。 君はなんで冒険者になりたいの? こう言っては何だけど、剣士の割には体格的にあまり恵まれていないよね」
「生活のためです」
「強くなりたいとかじゃ無いんだ?」
「先ず生活です」
「でも、君の装備、生活が困っているようには見えないよ?」
ヘルムルトの質問責めは、庶民の女の子が冒険者目指すのがそんなに珍しいのかと思ってたら、それだけじゃ無かったようだ。あまり興味を持たないで欲しい。もしかして育ちの良さそうな美少年2人を前にして冷淡すぎたかな?慣れた頃合いでキャピキャピした方が良いのかな?かなり難易度高い演技を求められている?いやもう、ひたすら淡々とした方が変に言動の特徴読まれずに済むかもしれないし、そうしよう!ジル様はヘルムルトと私の様子を観察しているだけで一言も話さなかった。
まぁ興味無いよねー
「この装備一式は今日の為に作った物です。譲り受けたものもありますが」
細かいところは敢えて言わない。
残りの飲み物を飲み干してグラスをローテーブルに置くと、カランと小気味良い音がした。
「私はいつでも出られますが、どうしますか」
こうなったら、さっさと終わらせてしまいましょう。
▽▲▽▲▽
馬を走らせること20分ほどで、ナナバ回廊ダンジョンの入り口に到着した。近くに設置されているバーに馬の手綱を結びつけ、ダンジョンの入り口に立つ。
「それでは、よろしくお願いします」
「休まずそのまま入る?俺らはそれでも良いけど」
「私も大丈夫です」
流石。騎士団期待のホープだけあって、女子に気遣ってくれるのは騎士道精神ですかね。
試験なので私が先に入り、付き添いの2人は1~2mほど後ろを付いて歩く。
入り口直ぐの階段をさっさと降りる。階段は安全地帯と呼ばれていて、なんらかの異常が無い限り魔物とエンカウントすることはないらしい。
1階フロアに入って5分経過。何も出て来ない。そうだね、予想はしてた。聖女の加護で魔物とのエンカウント率めっちゃ下がるんだもんね。ここ初心者向けだから尚更だよね!
索敵とか遠見をやって探りたいけど魔法は使わずに行きたいな。この2人の前では極力使いたくない。なんとなく。うーん、気配を探るくらいなら魔法無しでもいけるかな?
「……」
うん、フロア内に小物が居る気配はある。走って追いかける?
「こんなに魔物出て来ないの初めてだな」
「1階では稀にある」
「へー、そうなんだ? でもつまらないなー。 実技試験3時間なんて長すぎると思ってたが、こういった事態も想定に入っているのかなぁ」
「かもな」
後ろで2人が話している。やはり冒険者経験はジル様の方が上らしい。ああ、ヘルムルトがいなければジル様とダンジョンデートだったのに。(んな訳ないって!)と心の中で1人ツッコミしてみる。
しかしまぁ、このままでは埒があかない。
「すみません、ちょっと走ります」
そう言い置いてダッシュして曲がり角を右に3回曲がった所でやっと小さなネズミが3匹視界に入った。壁穴の中に隠れているのも合わせて4匹、強制エンカウントだ!間髪入れずにニーハイから柄だけ出ている短剣を手に取り振った。
ビシュッ!っと剣圧で4匹まとめて仕留められた。けどやっぱり血が噴き出す音が生々しい。
ダンジョン内の魔物は、死んで少し時間が経つと魔石と呼ばれるクリスタルのような石を残して消えるから確証はそれを拾えば良いのでまだ楽だ。外だと角や牙、耳などそれぞれ指定の部位を死骸から切り取るか、心臓部をえぐって魔石を取り出すかしなくてはいけなくなる。これがなかなかハードルの高い作業だと思う。その内魔物も肉に見えてくれば感覚が変わってくるらしいけど、今はそんな気にならない。生活に困窮してくればそんな気になるのかな。
「えっ!?今の見損ねた」
少しして追いついて来たヘルムルトがジル様にこそっと話しかけたのが聞こえた。
いや、ネズミ逃げるの早いからね。
魔石を4個拾い、2階層に下りる階段に向かいながら、階段を下りることを伝えてそのまま下っていった。
「また走りますけど良いですか?」
一応、先に2人に断りを入れた。階段を下りている途中でヘルムルトに話しかけられたので少し立ち止まった。
「君走るの早いというか、すごく身軽だね。 エルフ?」
「……人間ですけど。エルフって居るんですか?」
いやだ、もの凄く冷ややかな声が出ちゃったよ。だってヘルムルトがチャラ男に見えちゃったんだもん。場を明るくしようとしているのか知らんけど、これ試験だしそんな余計な気ぃ回さなくて良いよ、疲れるから。
そういえば、攻略対象者達の中でも、ヒロインの緊張を和らげ場を和ませるムードメーカー的な役割だったっけな。
階段ということもあって油断していたかもしれない。足元を素早く横切ろうとする何かを感じて、思わず「キャッ!」なんてらしくもない声を出しながら飛び上がった。
「えっ?ネズミ!」
小さく開いた穴に逃げ込むその姿は紛れもなくネズミだったが、それを視認したのと同時に、階段に着地する前に斜め後ろから肩を抱かれて、腰もしっかりホールドされていた。当然密着していて、しかも視界のすぐ側を綺麗なストロベリーブロンドが舞った。急激に心拍数が上がって息が詰まり、とっさの事に何も考えられなくなった。所謂フリーズ状態。
「大丈夫?足元気を付けて」
涼やかで静かな声が鼓膜を擽ると、両足が階段にしっかり着いたところで密着状態から解放された。反射的に後ろを向いて、お辞儀をした。
「す、すみません!ありがとうございました……」
ううっ、顔ほとんど隠れてて良かった!今なら耳まで赤くなってても可笑しくない、ヤバい落ち着かなくちゃ!
「か、階段に魔物がいるなんて、思いませんでした」
「俺も初めて見た。 あのネズミ、まさか普通のネズミじゃないよね」
「いや、魔物だったな。 穴が空いていることをギルドに報告する必要があるが、一応仮で塞いでおこう」
だよね。階段で油断したのが悪いわけじゃないよね。でも私階段落ちなんてしないよ、ちゃんと着地予定だったからね?何も無い所で転ぶヒロインと一緒にしないで、助けてくれたのがジル様だから役得だったけど。
「やっぱ魔法って便利だなー、俺も早く判定受けてー」
貴族の場合、普通は成人の儀で魔力判定を受ける。
ジル様は特例なんだろうな、家的に考えてもありだよね。クロスディーン公爵家は多くの宮廷魔導師幹部を輩出している高位魔法使いの名家。その上領地は南東の辺境伯領。つまり筆頭公爵家であるだけでなく辺境伯の爵位も持っている。海沿いの国境を守る為に多くの騎士を召抱えてもいる。ヘルムルトのパドウェイ公爵家も武家の名家ではあるけど、魔法はそうでもない。かと言って弱いわけでもないけど。
2階層フロアに立って少し歩く。ここもエンカウント率がかなり低そうでうんざりする。ダンジョン攻略するつもりなら無駄を省けて嬉しいのかもしれないけど、今回は3階層までしか行かないし、時間内に15匹仕留めるというノルマがあるから面倒としか言いようがない。そういえば1階のフロアボスって居なかったのかな?今更か。気にせず先に進むことにした。
「お前美味しいところだけ持ってくなよ」
「何がだ」
「さっきの…」
後ろで何やらごにょごにょ言ってる。後ろをちらっと見たら美少年2人が寄り添って内緒話とか眼福ですね。腐じゃないけど目の保養だとは思いますよ、ええ。
制限時間は3時間だけど、そんなちんたらやるつもりはない。魔物の気配はするのでまたダッシュして右に曲がる、ハタと、ううっ!これは可愛い!
そこに居たのはもふもふしたウサギだった。でもおデコに割れ目がある、あー三つ目ウサギだ。うう…ここは心を鬼にしてバサッと行こう。
そんなこんなで付き添いを撒くようにダッシュしては魔物を見つけて仕留め、を繰り返し第2階層で3匹、3階層で8匹と、15匹のノルマを20分で終えた。
「あとは戻るだけですね」
後ろの2人に声をかけたが、何とも微妙な表情をしている。まぁ、魔物を仕留めるところ一度も見てないもんねぇ……。
フロアボスは元々居ない階層を選んで試験場にしているから遭遇しなかったとのことだった。なるほど、付き添いは本当にただの付き添いだったのね。不測の事態が無ければ、らしいけど。
帰りは全く魔物に遭遇すること無く出入り口まで戻って来られた。あー楽ちん、加護って便利ね。
ダッシュはしたけど深く被ったフードもずれること無くそのまま。階段の密着事故はドキッとさせられたけど、細身だということくらいしか分からなかったはず。前に背中密着した時はコルセットで締め上げていたから体型違ったし、感触も違うはず、だよね?見た目はケープですっぽり覆われているから分からない分からない……。安心材料を必死にかき集めて心を落ち着けた。
当然寄り道することもなく真っ直ぐギルドに戻る。
出入り口のスイングドアを開けたらナンシーさんが元気な声で「お帰りなさい」と出迎えてくれた。
「早いですねー!出てから1時間と少しですよ。では魔石を出してください」
バッグから魔石を取り出してカウンターに置いた。
「お2人共、試験の付き添いは初めてでしたが、どうでした? まぁ今回は随分と楽だった感じですけど」
ナンシーさんが後ろの2人にも声をかける。
「あー、なんて言うか、魔物が出て来なすぎて驚いたよ、普段からこんなに出て来ないものなのかと」
ヘルムルトは納得いってないようだ。まぁ普通じゃない状態だったんだからしょうがないよね。
「まぁ、低階層は初心者向けなので、遭遇率は元々低いんですよ。 その上今日は午前中に7人試験で入ったからかもしれませんねー」
「はぁ、それにしても出無さすぎだと思いましたがね」
「ははっ、そんなにですかー」
ナンシーさんはヘルムルトと話ながらも魔石を一つ一つ鑑定器に乗せては見て行く。
「ナンシーさん、2階層に下りる階段にネズミが通り抜け出来る穴が空いていましたので仮処置してあります、早めに修繕することをお勧めします」
「ええーっ、それはご報告ありがとうございます。 ギルドマスタ~聞こえましたぁ?お願いしますね。 えーと、それではマリナさん、おめでとうございます! こちらが冒険者カードと今日の報酬になります。カードは必ず持ち歩いてくださいね。Eランクスタートですよ、カードのここを押すと救援要請を出すことが出来ます。 あとは規定講習の通りですから、よろしくお願いしますね。っと、付き添いのお2人のカードお借りしますね。 今回の実績記録しましたのと、こちら報酬です。お疲れ様でした!」
「付き添っていただき、ありがとうございました」
にっこりとした笑顔のナンシーさんの後に続いて、私もお礼をしながらぺこりと頭を下げた。
さあ、今日はさっさと帰ろう!




