なぜか、恋をしています。
「もえちゃん、おかえりー」
「こんばんは、涼花ちゃん」
海崎さんの部屋に行くと、妹の涼花ちゃんが玄関まで出迎えてくれた。
私の部屋はここじゃないので、「おかえり」はおかしい。
だけど何度言っても、涼花ちゃんは「おかえり」という。
仕方がないので、私は「こんばんは」と返すけど、もうつっこむのはやめていた。
大人しそうな雰囲気の涼花ちゃんは、意外におしが強い。
思えば海崎さんも同じだから、似た者兄妹なのかもしれない。
初めて顔をあわせた時から、涼花ちゃんは私と海崎さんをくっつけようと一所懸命だ。
この「おかえり」作戦も、なし崩し的に私を家族扱いして、海崎さんとの結婚を意識させる作戦だそうだ。
海崎さんと涼花ちゃんのご両親は、海崎さんがまだ高校を卒業したばかりのころに事故で亡くなったという。
悲しみも癒えぬ間に、彼らが直面したのはお金の問題だ。
保険金などで当面の生活には困らないものの、海崎さんの大学の学費やまだ中学生だった涼花ちゃんの学費を考えると、このままではすぐに困ることになるのは目に見えていた。
大学生の海崎さんが二人分の学費を稼ぐのは、通常のバイトでは難しい。
中学生だった涼花ちゃんをひとり家においておくのも、両親が死んだ直後だったため心配だった。
そこで、海崎さんが目をつけたのが株式の売買で利益を得る方法だった。
これならパソコンひとつあれば、家で短時間で利益を得ることができる。
もちろん、元本割れ……、元のお金が減るリスクはあるけれど。
おりしも、当時の株式市場は世界中で荒れていた。
アメリカのサブプライムローンをきっかけに、世界中の株が暴落していたのだ。
既存の株主にとっては、手痛い洗礼ともなった出来事だけど、海崎さんには幸いした。
値動きが激しい期間というのは、ハイリスク・ハイリターンが望める期間でもある、と海崎さんは言う。
そして、そこで独自の成功方法と莫大な資産を得た海崎さんは、大学卒業後も会社づとめはせず、家で株の売買をしているそうだ。
つまり、海崎さんは大学の時も、自分と涼花ちゃんの生活費を稼ぐのに必死で、ほとんど友人と遊びに行くこともなかった。
大学を卒業してからは、たまに友人と会う時以外は、家にこもりきりの生活を送っている。
そんな生活だから新たに人と出会うチャンスも少なく、恋人はこの十年くらいいないらしい。
20代という貴重な時間が残り少ないというのに、ほぼひきこもり生活を送る兄を涼花ちゃんは心配していたという。
そこに、海崎さんが連れてきた貴重な女性というのが、私である。
「この人を逃したら、お兄ちゃんはこの先ずっと恋人なんてできない……!」
謎の強迫観念にかられた涼花ちゃんは、私と海崎さんをくっつけるために、絶賛アピールしてくれる。
ちゃんと私たちの関係はビジネスであることも、私が元キャバ嬢だってことも話したんだけど、涼花ちゃんはひるまなかった。
私への人懐っこい態度も、「結婚しても、小姑は邪魔しませんよ」アピールでもあるらしい。
本人がそう言ってた。
そんなに心配しなくても、海崎さんが結婚する気になれば、10年後でも20年後でも、かわいいお嫁さんをゲットできると思うんだけどね。
なにしろイケメンだし、ちょっとずれているけど悪い人じゃないし、めちゃくちゃお金稼いでるし。
稼ぐ男って、かっこいいと思います。まる。
本音をいえば、私は、海崎さんが今プロポーズしてくれたら、ふたつ返事でオッケーするくらい海崎さんが好きだ。
顔が好みで、中身も好きな感じで、しょっちゅう一緒にいる男、好きにならずにいられないよね。
ただ海崎さんが興味があるのは、インフルエンサーの卵としての私であって、女子としての私には興味なんてないんだろうなと感じてるから、私が海崎さんを好きっぽい言動は慎んでいるだけだ。
なのに、涼花ちゃんがお兄ちゃんのおすすめポイントを語ってくるから、余計に惹かれて困るんだけど……。
「じゃーん!!」
リビングのドアを、効果音つきで涼花ちゃんが開ける。
「かわいい……!」
思わず、叫んでしまった。
白い家具で統一された広いリビングのいたるところに、花が飾られている。
薔薇、八重のチューリップ、ラナンキュラス、スイトピー。
濃淡の違いはあるけど、ぜんぶピンクのかわいい花ばかりだ。
大小のピンクの花がラウンドの花束のように、ちょこんちょこんとリビングのあちこちに飾られていた。
「でしょ!今日は、もえちゃんの株デビューのお祝いだから、張り切って部屋の飾り付けをしたの。ちなみに、お料理はお兄ちゃんの力作だよ」
うながされてテーブルを見ると、そこにはこまごまとしたかわいいお料理がテーブルいっぱいに乗っていた。
「お料理も、めちゃくちゃかわいいんですけど……!」
目をひいたのは、一口サイズの手毬寿司。
錦糸玉子の上に桜の塩漬けがちょこんと乗っているのとか、いくらと紫蘇でアジサイみたいに飾られているのとか。
とにかく、かわいい。
周囲には、菜の花の胡麻和えや、タケノコの煮つけ、小エビの天ぷらや、牛肉のゴボウ巻きとかが、豆皿にちょこんちょこんと盛り付けられていて、それだけでもかわいいのに、アクセントに人参や蕪が桜の花びらの型にぬかれて飾られていて、かわいさを倍増させている。
しかもこれ、私が「おいしい」って言ったお料理ばっかりだ。
海崎兄妹とは、ときどきご飯を一緒に食べる。
その時、腕をふるってくれるのは、だいたい海崎さんだ。
「料理は、趣味だから」って、海崎さんはあっさり言って、私が「おいしい」って言っても「ふぅん」くらいの反応しかしなかったのに……、おぼえてくれていたんだ。
そのことも、嬉しくて。
「私の好きなものばっかりですね……!海崎さん、ありがとうございます!」
「まぁ、お前のお祝いだからな」
海崎さんはあっさりと言って、
「汁物、いれてくるわ」
と、キッチンへと姿を消す。
「どう?もえちゃん。お兄ちゃん、お買い得でしょ?」
すかさず、涼花ちゃんが言ってくる。
ほんと、もう、困るよね。
これ以上のアピールなんて必要ないんだよ、涼花ちゃん。
私、お兄さんのせいで、とっくに海崎さんのこと、好きになってるんだから。