とある令嬢の婚約破棄
短編ですが、文字数が多くなってしまいました・・・。
とある街で、あたり一面黄色の美しい花が咲き誇る花畑がありました。
その花畑には幼い子供二人が仲良く遊んでいます。
花と同じ美しいゴールドの髪に、クリッとした金色の瞳をした可愛らしい少女が満面の笑みを浮かべ,花畑を走っていました。
彼女の隣にはサラサラヘヤーの黒髪に、澄んだ青い瞳をした男の子が、優しい笑顔で走る少女を追いかけていました。
走りつかれた二人は黄色の花畑へ寝そべり、澄んだ青い空を見上げると、
「わたしねぇ、大きくなったらこの街を出て色々な国をまわりたいの!」
「わぁいいなぁ!僕も一緒に行っていい?」
「もちろんよ!一緒に旅をしましょう」
青く晴れ渡った空を見上げ、二人は小指をつなぐと笑いあいました。
これはそんな約束を交わした二人の物語。
彼女の名はカレン、公爵家の一人娘でした。
大事に育てられすぎたためか、彼女は自分に課せられた貴族の役割をわかっていませんでした。
しかしそんな事を知るはずもない彼女は、外へ出ることを夢見て、スクスクと育ち6歳となりました。
いつものように部屋で外の世界に関する本を読んでいると、母親が部屋へと入ってきました。
そして彼女の本を素早く取り上げると、
「もう6歳だもの、夢をみるのはやめて完璧な淑女になれるように努力をしなさい!」
彼女はわけがわからないまま母親の権幕に圧倒され、泣きそうになりながらも渋々頷きました。
そんな彼女はとても聡明でした。
様々な家庭教師から与えられる知識を軽々と身につけていきます。
彼女は貴族女性に必要な知識を学んでいく中で、次第に自分の役割を理解していきましたが・・・
それでも彼女は、外の世界に出ることをあきらめることはありませんでした。
母に見つからないようコッソリ自分の部屋で外の世界についての様々な資料をそろえ、着々と旅に出る準備を進めていきます。
時には勉強を早々に終わらせると屋敷を抜け出し、街に旅道具をこっそり見にに行ったり、または旅に必要な魔術や剣術について学びました。
そしていつも外の世界について考えると、あの約束した男の子が頭をよぎります。
「あの時約束した少年はどうしているのかな・・・」
そう誰もいない部屋の中で、カバンに詰め込んだ旅道具をギュッと抱きしめると、ぼそりとつぶやきました。
そんなある日、彼女の母が突然倒れてしまいました。
なんと流行り病にかかってしまったのです。
母は部屋に隔離され、彼女は母に会うことができなくなりました。
そうして弱った母はそのまま命を落としてしまいます。
母親がいなくなった彼女はいっぱい泣きました。
そして彼女はお母様が言っていた完璧な淑女になれるようにと、外に出ることを諦め、立派な貴族令嬢になる決意をしました。
母が死んでから数年たったある日、彼女に婚約話が持ち上がりました。
嫌だ!なんて事を口にできない彼女は、笑顔を浮かべたまま父の言葉にただただ頷くしかありません。
そして婚約者になるのはこの国の第一王子です。
彼女は第一王子に会う為、王宮の応接室への扉を潜ると、そこには花畑で出会ったあの黒髪の少年が座っていました。
うそでしょ・・・あの子がこの国の第一王子だったなんて・・・。
記憶から消そうとしていた幼い頃の約束が、鮮明に蘇りました。
あまりの衝撃で彼女は目を大きく見開き、礼を取ることも忘れ、男の子をただじっと見つめていました。
あの時の幼さは少し残っているものの、彼は男らしい端正な顔立ちへと成長し、立派な青年となっていました。
そんな固まる彼女の様子に王子様はニッコリ微笑みを浮かべると、
「お久しぶりです、僕のお姫様。」
彼女は気を持ち直すと、慌てて淑女の礼をとり王子様の前へと静かに腰かけました。
王と王妃、彼女の父を交え会話が弾む中、彼女はただただ目の前に座る少年をじっと見つめていました。
王子様は昔と変わらない、懐かしい微笑みを浮かべていました。
そうして大々的な婚約発表が行われ、彼女たち二人は正式な婚約者となりました。
毎月一度、彼とお茶をすることが日課となり、いろいろなお話をします。
お互いあの時のあの約束を覚えているようですが、話題には上がりませんでした。
王子となる彼には国を出て旅をすることなど不可能と知っていたからでしょうか。
もう幼い頃のようにお互い無知ではない二人は・・・
王子はこの国を治めるため、彼女はそれをサポートしていかなければならない役割を理解していたでしょう。
そして彼女が12歳になったある日、父が新しい母を連れ帰ってきました。
新しい母親には子供がいて、彼女に妹ができました。
妹は美しい淡いピンク色の長い髪に、赤い瞳が特徴的な可愛らしい少女です。
初の顔合わせの時、ニッコリと笑った姿がとても愛らしいく、彼女はつい見惚れてしまいました。
しかし彼女は新しい母を簡単に受け入れられず、その時ニッコリと微笑み返す事はできませんでした。
そんな心境の中、父と新しいお母様の幸せそうな姿を見ていく内に、彼女の心はモヤモヤしましたが、ぐっとこらえると、新しい母を受け入れることにしました。
彼女は妹と交流を図るべく、妹に積極的に話しかけようとしましたが・・・
妹はなぜか彼女が近くによると突然泣き出し、新しいお母様へ虐められたと泣きつくのです。
あるときは物を投げられた、またある時はひどい言葉を言われたと・・・。
私にはただ傍に寄っただけなのに・・・どうして・・・。
そしてある日、妹は彼女に大切なブローチを取られたと父に訴えました。
彼女にはまったく覚えがないはずなのに、なぜか彼女の部屋からそのブローチが見つかりました。
もう意味がわかりません。
このままこの家に居ることはまずい・・・と感じた彼女は父の書斎へ駆け込みました。
「お父様、私を隣国へ留学させてください。学園に通う年になれば戻ると約束します。だからどうかお願いしますわ・・・」
彼女の只ならぬ様子に、婚約者の王子と連絡を取りつづける事を条件に、渋々といった様子で頷いてくれました。
彼女は深く頷くとすぐに部屋へと向かい、留学する準備を始めます。
隣国への留学が決まると、妹は難しい顔をしていました。
「あれ、変ね。過去の回想シーンで、あいつが隣国にいったなんてストーリーはなかったはずなんだけど・・・」
うんうんと唸る妹を横目に、彼女はいそいそと家をでる準備を進めました。
そして翌日、王子に隣国へ行くことを伝えました。
彼女が隣国へいく前日、王子は彼女を連れて、あの黄色の花が咲き誇っていた花畑へと足を運びました
しかし黄色の花はまだ咲いておらず、あの時のような風景は見ることができませんでした。
王子と彼女は並ぶ様に寂しい花畑を眺めていると、
「ねぇ・・・どうして隣国に行ってしまうの?」
本当の事を話す気になれない彼女は、暗い表情を浮かべると、
「・・・・王妃になった時、あなたの力になりたいから」
王子は寂しそうな表情を見せると、彼女の手を取り、優しい口づけをしました。
隣国は母国よりも魔法が発展しており、彼女は留学するや否や、次々と最先端の魔術を身に付けていきました。
妹が怖いとの理由で隣国に来てしまった為、彼女は少しでも王妃となったとき王子の助けになれればと願い、他国言語や、貴族令嬢のマナー、ダンスなども完璧に身につけました。
彼女は父の言いつけをしっかりと守り、隣国で頻繁に王子との手紙をやり取りをし、こちらでの日常生活や、王子の近況などをお互い報告しあっていました。
そうして数年のたつと、彼女は隣国で天才魔導師と呼ばれるほど魔法の腕も知識も上位クラスとなりました。
そして母国に帰る日が迫ったある日、王子からいつものように手紙が届きました。
しかしその手紙はいつもの報告とは違い、
「君は君が一番正しいと思う事をしてほしい」
そう一言かかれていました。
そして16歳になった彼女は自国へ戻り、王都にある貴族が通う学園へと入学しました。
婚約者の王子は彼女よりも一つ年上の為、去年学園に入学しておりました。
彼女と王子は仲睦ましく学園生活を送り、あっという間に1年の月日が流れました。
1年たつと妹が学園に入学してきました。
妹は学園に入学するやいなや、婚約者のいる男たちを誘惑し、取り巻きを作っていきました。
そんな妹の様子に彼女は何度も咎める言葉をかけますが、まったく聞き入れる様子はありません。
そして妹はとうとう彼女の婚約者である王子にもすり寄り始めました。
毎日一緒に食べていた昼食の時間は妹に奪われ、日課だった一緒に帰る時間も無くなると、次第に王子と彼女が過ごす時間が減っていきました。
ある日彼女が誰もいない校庭を一人で歩いていると、妹が突然目の前に現れ、彼女に向かってぶつかってきました。
突然の事に呆然と妹を見つめていると、妹は痛いっ!とその場でしゃがみ込み、叫び声をあげました。
彼女は訝しげに妹を見ていると、声を聞きつけた王子が妹の元へ駆け寄り、倒れていた妹を優しく介抱すると、王子は彼女を鋭い視線で睨みつけ、なんてことをするんだと怒鳴りました。
王子の言葉にショックを隠せない彼女は、何も言うことができず、仲良さそうに寄り添う二人を目の当たりにし、その場から逃げ出してしまいました。
ふと昔、妹と一緒に暮らしていた日々が頭を掠めます。
このままだとまずいわ。
彼女は部屋に引きこもると、隣国で学んだ魔法陣を書き始めました。
またある日、学園で彼女が妹を虐めていると噂が立ち始めました。
何でも妹に嫉妬した彼女が、妹の教科書を破ったり、ひどい言葉を浴びせ、暴力をふるっているのだとか・・・。
まったく身に覚えのない彼女は、早速魔方陣で召喚した鳩を学園へ放すことにしました。
妹が受けていると話している嫌がらせは続いているようですが、彼女は大人しく学園生活を過ごしていました。
学園中に彼女の悪評が広がる中、彼女は異論を唱える事ない、彼女の様子に周りの生徒たちは遠巻きにしておりました。
そして月日が流れ王子が学園を卒業する前日、妹が階段から落ち、大ケガをしました。
階段の傍には彼女がよく身に着けていたネックレスが落ちていたらしいのです。
妹の取り巻き及び、王子に講堂へ来るように呼び出された彼女は、鳥を呼び寄せると講堂へ急ぎました。
生徒が多く集まる講堂の一室で、王子と妹は寄り添うように彼女の前に立ちはだかりました。
「カレン、君がまさかここまでする人間だったとは思わなかった・・・」
王子の後ろに隠れるように、腕に包帯を巻き、怯えた表情をした妹の姿が目に入りました。
「一応、弁解はしますが・・・私はやっておりませんわよ」
「嘘をつくな!君がいつも身に着けていたネックレスが現場に落ちていたんだぞ」
あの優しかった王子の面影は消え、王子は妹を守るように彼女を強く睨みつけました。
彼女は悲しげな表情を浮かべ、王子の青い瞳を見つめていると、
「他にも!彼女の教科書を破ったり、服を汚したり、ひどい言葉を浴びせ、暴力を振るったり!君のひどい行いについてはわかっているんだ!」
王子は荒々しい口調で捲し立てると、大きく深呼吸をした。
「だんまりか・・・、今までは君の行いには目を瞑っていたが・・・今回ばかりはそれで済ませられない・・・!そんな醜い心を持った君との婚約は破棄させてもらう!!!」
突然の婚約破棄に講堂に集まっていた野次馬供は、ザワザワと騒ぎ始めました。
彼女は王子の背に隠れる妹を見据えると、
「まず私がしていたという嫌がらせですが、具体的にどんなものなのでしょうか」
王子の背に隠れて居た妹が、彼女の言葉に反応し前へ出ると、
「教科書を破かれていたり、体操着をズタズタに切り裂かれていたり、すれ違い様にひどい言葉や・・・突き飛ばされることもあったわ・・・そして今回・・・階段から落とされた・・うぅぅ。」
彼女は目に涙をため、王子に甘えた声を出しました。
「では続いてひどい罵声を浴びせられたというのは?」
「授業が終わった後、廊下ですれ違うたびに失笑したり、私の態度が悪いとか、礼儀がなっていないってあなたの周りに集まっていた令嬢達にもたくさん言われたわ・・・。」
妹はおびえた様子を見せ、王子の腕へ絡みついた。
「わかりました、ではまず教科書や体操着、階段等の云々ですが・・・こちらをご覧ください。」
肩に乗っていた鳩を講堂へ放すと、鳩の目が光始めた。
すると講堂の壁に、妹が自分自信で教科書を破き、体操服をナイフで切り刻み、にやけてる姿が映し出された。
そして場面は切り替わり、彼女とすれ違った際、自作自演で悲劇のヒロインを演じる妹が現れた。
最後には、階段の上にたつ妹が、勢いよく階段にダイブする映像で締め括られた。
王子の後ろに隠れていた妹の顔が真っ青になっていく。
「違う・・・違うわ、これ私じゃない!!!!!こんなの知らない!!!」
金切り声を上げ、叫び出した妹に王子は冷たい視線を向けていた。
「・・・ていうかこの世界にこんなビデオカメラみたいなものあるはずがないのに・・・何で・・・」
混乱しているのか、妹はわけのわからない事を口ずさみブツブツと呟き出した。
「こんなの・・・全然シナリオ通りじゃない!!!てかあんたは、ただ大人しく断罪されてればいいのよ!!!!!!」
彼女はそんな妹の様子を冷めた様子で見据えると、鳩を呼び戻した。
「ビデオカメラが何かは存じませんが、これは最近隣国で開発された映像を記録する魔術ですわ」
妹は喚き声を上げると、その場に泣き崩れた。
「先ほどおっしゃっていた罵倒も言いがかりをつけていないことは明らかでしょう?婚約者のいる男へすり寄り、そんな露出の高い服を身にまとい、男を侍らせて学園で生活するあなたを・・・見苦しいと思う貴族はたくさんいるわ。私もあなたに何度も注意をしたはずよ。」
女の顔がみるみるうちに赤くなる。
「なによ!!あなたは悪役で、私はこの世界の主人公なのよ!!!」
可愛らしい妹は消え、般若のような表情をし、彼女を強く睨みつけると、妹は彼女へ飛びかかろうと、前に飛び出した。
すると王子は彼女と妹の間に入り、彼女の金色に輝く瞳をじっと見つめた。
彼女は深くため息をつくと、
「婚約は破棄いたします。お父様とお母様にもお伝えしておきますね」
彼女はそれだけ言うと、彼らに背を向け、急いで屋敷へと戻っていった。
屋敷へ戻ると王子との婚約を勝手に破棄した彼女に、父と母は怒りを露わにした。
「お前は何をやっているだ!!もうこの家から出ていけ!!!」
そう怒鳴られた彼女は、昔準備していた旅道具をひっぱりだすと、すぐに屋敷を飛び出した。
夕日が沈む街の中、彼女は肩にリュックを背負うと、迷いなく歩き始めた。
講堂で騒ぎを起こした彼らは、嘘をつき公爵家と王族を騙そうとした妹を王宮の牢屋へ放り込み、王子は王族としてやってはいけない安易な裁きを公衆の面前で行ったとのことで、王子剥奪及び、王宮の塔へと幽閉された。
彼女は真っ白な塔の前に来ると、塔をじっと見上げました。
塔には見張りがたっているのに気が付いた彼女は、カバンから杖を取り出すと、小さな声で呪文を唱えると、入り口に立っていた騎士はその場で崩れ落ち、スヤスヤと寝息をたて始めました。
彼女は寝ている騎士を跨ぎ、塔の中へ入ると、長く続く階段を頂上まで上っていきました。
頂上が近づくと目の前に、真っ白な扉が現れ、彼女はゆっくりドアノブに手をかけると、簡単に扉がひらきました。
「やっぱり、君は来てくれると思っていたよ」
「当り前じゃない」
久しぶりに話す王子との会話に心が躍る。
「ねぇ、君が隣国へ行った本当の理由は妹のせいだったんだろう?」
「気がついていたのね・・・」
「当然だろう」
王子は懐かしい微笑みを浮かべた。
「妹ちゃんが猫かぶりなのはずっと知っていたんだ。そして彼女の不思議な力に気がついたんだ・・・。学園ではその力を使い、まるで見えているかのように、人の考えていることや、思い悩んでいることを理解し、寄り添っていくことで彼女の周りには男が集まっていった。そして僕に近づいてきた彼女は・・・なぜか王族でしか知りえない情報や、国の機密情報まで握っていた。これはまずいと思った僕は早々に計画していた今回の婚約破棄を仕向けたんだ。聡明な君なら正しい判断をしてくれると信じていたよ」
王子は彼女に近づくと、優しく胸の中へ閉じ込めた。
「ごめんね、苦しい思いをさせてしまって・・・、でも君との婚約が進む度に、君との約束を破ってしまう自分が許せなかった。どうすれば君と外の世界に旅へ出れるのかずっと・・・考えていたんだ。そして思いついた・・・妹を利用し婚約破棄をしよう。そうすれば、愚かな行いをした僕も罰せられ自由になれるかなって」
彼女は王子の胸の中で、バカね・・・と呟きました。
「君なら僕の真意に気が付き、必ずこの塔へ来てくれると信じていた。」
彼女は何も言わず愛しい王子を見上げると、ニッコリ微笑みを浮かべました。
「ねぇ、一緒に旅をしましょう」
そうして彼女たちは塔を抜け出し、一緒に外の世界を旅することになったのでした。