第6話 初詣
年が明ける前日、大晦日の夜に、初美からショートメールが届いた。
『初詣、一緒に行きませんか?』
その一文を、何度か読み返した。
誘われたこと自体より、誘い方に驚いていた。令和では、こんなふうに誘われた記憶がない。少なくとも、俺の知っている初美は、もっと遠慮がちで、自分から誘うようなタイプではなかったはずだ。
『行こう』
短く返信して、待ち合わせの時間だけを決めた。
———
二〇一七年の元日は、朝から冷たい快晴だった。約束の場所に着くと、初美は少し早く来ていた。二人並んで、近所の神社まで歩く。境内はそれなりに人が出ていて、白い息がそこかしこで立ち上っている。
「今年もよろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
どちらからともなく頭を下げ合って、それから列に並んだ。
賽銭を投げ、手を合わせる。何を願うべきか、少し迷った。令和に戻らないように、とはさすがに言葉にできない。結局、当たり障りのないことだけを願って、目を開けた。
隣で、初美も長く目を閉じていた。
「何、願ったんだ」
「秘密です」
いつもの笑い方だった。だが、それだけで少し安心した。
———
参道を歩いていると、向こうから見覚えのある二人組が歩いてきた。
大輔と、噂で聞いていた女子だった。手を繋いではいないが、並んで歩く距離が近い。
目が合った。大輔は一瞬だけ足を止めて、俺たちを見た。それから、初美と俺が並んで歩いている様子に、何かを察したような顔をした。
「あけましておめでとうございます」
挨拶のあと、大輔は小さく笑った。
「ああ——二人って、そういう感じなんだ」
含みも皮肉もない、あっさりとした言い方だった。それだけ言うと、大輔は隣の彼女と一緒に、参道の向こうへ歩いていった。
その背中を見送りながら、俺は妙な感慨に包まれていた。
――本当に、未来が変わってるんだな。
令和で、大輔と顔を合わせたことは一度もない。地元を離れていた俺には、彼の存在すら知る術がなかった。だが少なくとも、今この瞬間の大輔は、あっさりと納得して去っていった。それだけで、何かが確かに変わったのだと分かった。
隣で、初美もその背中を見送っていた。
「……よかったですね」
今度は、声の温度と言葉が、ちゃんと噛み合っていた。
「そうだな」
「あたし、ちゃんと嬉しいって思えてます」
自分に言い聞かせるような口調だったが、以前のちぐはぐさはもうなかった。
———
甘酒の屋台の前で、また別の見知った顔に出くわした。
「あら、二人揃って」
幸子だった。一人で来ていたらしく、紙コップを片手に立っている。
「あけましておめでとうございます」
初美が先に頭を下げた。幸子は少し驚いた顔をしたあと、ふっと表情を緩めた。
「おめでとう。二人とも、風邪ひかないようにね」
三人で少しの間、屋台の並びを眺めながら立ち話をした。幸子と初美の会話は、これまで見た中で一番自然な調子だった。姉妹らしい軽口が、ぽつぽつと交わされる。
「お姉ちゃん、また耕一さんの店行ったの」
「行ったわよ、悪い?」
「べつに、悪くはないですけど」
その「べつに」には、以前あったような硬さがなかった。
人混みの向こうへ歩いていく幸子の背中を見送りながら、初美がぽつりと言った。
「お姉ちゃん、前よりちょっと、丸くなった気がします」
「そうか?」
「はい。……たぶん、耕一さんのおかげかも」
照れ隠しなのか、初美はそれだけ言うと、足早に屋台の列へ向かっていった。
———
帰り道、昼下がりの道を並んで歩きながら、俺はこの一年のことを振り返っていた。
事故に遭って、十年前に戻って、右も左も分からないまま夏を越え、秋を越え、冬を越えた。大輔とのぎこちない距離感も、幸子との緊張した接し方も、気づけばずいぶん様変わりしていた。
初美の抱えている「何か」には、まだ触れられていない。それでも、去年の今ごろに比べれば、随分と穏やかな正月だと思った。
「今年もよろしくな」
「はい。よろしくお願いします」
初美が笑う。今度は、遅れることのない、まっすぐな笑顔だった。
白い息を吐きながら、俺たちは来た道を戻っていった。




