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夏と、十年前の春  作者: 山田村


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第28話 芽生え




 七月に入ってすぐ、仕事から帰ってきた初美が、夕食の支度をしながら言った。


「今日、保育園で、後輩の先生が妊娠したって発表したんです」


「そうか」


「みんなでちょっとしたお祝いをして。産休に入るのは、九月からだって」


 何気ない調子だった。しばらく黙って聞いていたが、ふと気になって聞いてみた。


「大丈夫だったか」


「……何がですか」


「いや、そういう話、聞くの」


 初美は、少し考えるような間を置いた。


———


「正直、一瞬、変な感じはしました。でも、前みたいに固まったりは、しなかったです」


「そうか」


「お祝いの言葉も、ちゃんと自分の言葉で言えました。『おめでとう』って」


 初美は、少し誇らしげな顔をした。


「終わってから、少しだけ、変な感じが残ったのは、正直なところですけど」


「それは、当然じゃないか」


「そうですかね」


「ああ。完全に消えるものでもないだろ、そういうのは」


 初美は、少し驚いたような顔をしてから、小さく笑った。


「耕一さんに、そう言われると、なんか、安心します」


———


 食事のあと、縁側で並んで座った。肩が触れるくらいの距離だった。


「子供のことさ、最近どう」


「……前よりは、ちょっとマシです」


 初美は膝を抱えて、夜空を見上げた。


「怖くないって言ったら嘘になりますけど。前は、考えるのすら怖かったから。今は、『まだ怖いけど、考えてもいいかな』くらいには、なってきた気がします」


「上出来だろ、それ」


「そうですかね」


「十分だよ。急かす気もないし」


「それが、本当に助かるんです」


 初美は、何も言わずに、しばらく俺の横顔を見ていた。


「……なんだよ」


「別に。ちょっと、確かめてただけです」


 そう言うと、視線を夜空に戻した。そのまま、しばらく黙って夜風にあたっていた。虫の声が、やけに大きく聞こえた。


———


 結婚式まで、あと三か月足らず。


 子供のことは、まだ何も決まっていない。それでいいと思っている。


 初美の変化は、劇的なものじゃない。それでも、確かに、少しずつ前に進んでる。


 だったら、俺もその歩幅に合わせていけばいいだけの話だ。


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