第27話 招待状
六月の終わり、俺は小田さんに電話をかけた。
「小田です」
「あ、耕一です。お久しぶりです」
「おー、珍しいな。どうした」
「実は、結婚することになりまして」
「……は?」
しばらく、電話の向こうで沈黙が続いた。
「マジか。おめでとう!……いや、待て、相手は」
「初美です。佐藤さんのところの」
「へえ……そうか。いや、めでたい。本当にめでたいわ」
電話越しでも、小田さんが本当に喜んでいるのが伝わってきた。
「十月に式を挙げるので、良ければ来ていただけたらと」
「もちろん行くよ。親父さんも、喜んでるだろうな」
その一言に、少し胸が詰まった。
「幸子にも、伝えておくよ」
「あ、それなんですけど、俺から直接伝えに行こうかと」
「そうか。そりゃいいな、喜ぶよ、あいつも」
———
数日後、幸子の店を訪ねた。
「あら、珍しい」
レジに立っていた幸子は、俺の顔を見て少し驚いたような顔をした。
「結婚することになりまして。招待状、持ってきました」
「……は?」
小田さんと同じ反応だった。
「相手、佐藤さんとこの、初美ちゃん?」
「知ってたんですか」
「そりゃ、知ってるわよ。この辺じゃ、結構前から噂になってたし」
あの一件を思い出して、少し苦い顔になった。
「あの時は、すみませんでした。誤解させて」
「ああ、佐藤さちこさんとの一件ね。二人とも『幸子』だから、余計にややこしくなったのよね」
幸子は、思い出し笑いをした。
「まあ、いいじゃない。今となっては、いい笑い話よ」
———
「あの頃――十年前、大学の夏休みでバイトに来てた時のこと、覚えてる?」
「……夏休みの、バイトですか」
「あんた、あの頃、誰とも目を合わせないような顔してたもの。正直、心配してたのよ」
初めて聞く話だった。あの頃の自分が周りにどう見えていたのか、考えたこともなかった。あの夏は、十年前に戻ったばかりで、何もかもに戸惑っていた時期だった。
「今は、ちゃんといい顔してる」
幸子はそう言って、招待状を受け取った。
「行くわよ、もちろん。楽しみにしてる」
「ありがとうございます」
———
その夜、初美から聞いた話では、幸子にも全部を話し終えたらしい。
「なんて言ってた?」
「しばらく黙って聞いたあと、『よく、一人で頑張ったね』って」
「そうか」
「それだけで、なんか、涙腺やられちゃいました」
初美は、少し照れくさそうに笑った。
「これで、隠してることは、もう何もないです」
———
七年前、目が覚めたら、十年前のこの家にいた。何が起きたのかも分からないまま、誰とも自然に目を合わせられず、ただ言われるままに日々をやり過ごしていた、あの春。
今は、招待状を渡しに行く相手がいる。喜んで祝ってくれる人がいる。隠さなくていい相手が、こんなにも増えていた。
結婚式まで、あと三か月。
積み重ねてきたものの重みを、今更ながら実感していた。




