第2話 きまずい秋
夏が終わって、二ヶ月が経った。
朝夕はめっきり涼しくなり、ホームセンターの店先に並ぶ商品も、レジャー用品から灯油ポリタンクや落ち葉掃除の道具に切り替わっている。俺は相変わらず肥料と土の売り場担当で、パートの延長のような立ち位置のまま秋を迎えていた。
「耕一、暇そうだな」
丸山さんが台車を押しながら声をかけてくる。
「暇じゃないですよ。品出し中です」
「暇な顔してるって意味だよ」
言われて初めて、自分がぼんやりしていたことに気づく。考えていたのは、正直に言えば仕事のことではなかった。
初美のことだ。
夏休みが終わってから、初美は学校が始まって忙しくなり、以前ほど頻繁には顔を合わせなくなっていた。それ自体は自然なことだと思う。だが数日前に届いたショートメールの一件が、ずっと頭の隅に引っかかっている。
『大輔くんに聞かれた。休みの日、耕一さんと会ってるのかって』
それだけの文面だった。返信に迷って、結局「気にしなくていい」とだけ送った。我ながら、あまり気の利いた返事ではなかったと思う。
———
その大輔本人が店に現れたのは、翌週の土曜日だった。
レジ前の通路を歩いていると、園芸コーナーのあたりで友人らしい男と二人、談笑している若い男の姿が目に入った。制服姿ではないが、雰囲気で高校生だとすぐに分かる。目立つ茶色い髪と、着崩したパーカー。初美から聞いていた特徴とほぼ一致していた。
まさか、とは思ったが、間違いなさそうだ。
向こうも、こちらに気づいたらしい。一瞬、目が合った。相手はすぐに視線を逸らし、友人に何か耳打ちしている。
俺はそのまま何食わぬ顔で通路を通り過ぎようとした。だが背後から声がかかる。
「あの、すみません」
振り返ると、大輔がこちらに歩み寄ってくるところだった。友人は少し離れた場所で気まずそうに立っている。
「肥料の売り場、こっちで合ってますか」
実用的な質問だった。拍子抜けする。
「ああ、あっちの棚だよ。窒素とか書いてあるやつな」
「ありがとうございます」
礼儀正しく頭を下げて、大輔は棚の方へ向かった。それだけのやり取りだった。
だが去り際、ほんの一瞬、大輔がこちらを振り返った。何か言いたそうな顔をしていたが、結局何も言わずに友人のもとへ戻っていった。
その視線の意味を、俺は正確に読み取れなかった。ただ、居心地の悪さだけが残った。
———
仕事が終わって、自転車で帰る途中、コンビニの前で初美とばったり会った。学校帰りらしく、鞄を肩にかけている。
「あ、耕一さん」
「よう。ちょうどよかった」
自転車を押しながら並んで歩く。しばらく他愛のない話をしたあと、俺は今日あったことを伝えた。
「大輔くん、うちの店に来たよ。友達と一緒に」
「え……」
初美の足が、一瞬止まった。
「何か、言われました?」
「肥料の場所聞かれただけ。それ以外は特に」
初美はほっとしたような、それでいてどこか納得のいかないような表情を浮かべた。
「実は、今日学校でも聞かれたんです。耕一さんのこと」
「何て」
「『松井さんって、彼氏なの』って」
言葉に詰まる。
「で、何て答えたんだ」
「『違う』って言いました。でも……」
初美は少し俯いて、言葉を選ぶように続けた。
「大輔くん、なんか納得してない顔してて」
俺は何と返せばいいか分からず、しばらく黙っていた。
———
二人で、いつもの公園に寄ることにした。ベンチに座ると、街灯の明かりが少しずつ強くなっていく時間帯だった。
「大輔って、どんな奴なんだ」
「普通の子ですよ。優しいし、悪い人じゃない。ただ……」
初美は言葉を切って、膝の上で指を組んだ。
「あっちの世界だと、あたし、大輔くんと付き合うことになってたんですよね」
「そうらしいな」
「今もし付き合ってたら、どうなってたんだろうって、たまに考えます」
言った後、初美は自分の膝の上に視線を落とした。指先が、スカートの布地を少しだけ強く握っている。
その一瞬だけ、初美の表情から温度が消えた気がした。
俺は何と答えていいか分からなかった。令和での大輔とのその後を、俺は知らない。初美の記憶にも、その先のことはほとんど残っていないと聞いていた。だが今の間だけは、何かを思い出しているように見えた。
「別に、今すぐ答えを出す必要はないだろ」
「……そうですね」
初美は少し遅れて、いつもの笑顔を作った。
「変なこと言って、ごめんなさい」
「いや、いい。気にすんな」
沈黙が、それほど気まずくない形で流れた。夕方の風が、少しだけ冷たくなっている。
「そろそろ帰るか」
「はい」
立ち上がって、二人並んで公園を出る。
———
公園の出口を出たところで、俺はふと視線を感じて振り返った。
少し離れた道の向こう、街路樹の陰に、女性が一人立っていた。
距離があってよく見えなかったが、初美と似た輪郭をしている気がした。
瞬きをした次の瞬間には、その姿はもう見えなくなっていた。
気のせいだろうか。
俺は、それ以上深く考えないことにした。




