第13話 父の未来
その夜から、父のことが頭から離れなかった。
二年後。父は死ぬ。それだけは、確かに覚えている。
けれど――。
「……何でだ」
机に向かいながら、俺は何度も記憶を掘り返していた。父が死んだこと。家族がひどく悲しんでいたこと。事故だったこと。そこまでは覚えている。
なのに、事故が起きた場所は。何時だった。何が原因だった。誰が関わっていた。
「……覚えてない」
初美の記憶が少しずつ薄れていることを、俺は知っている。けれど、自分も同じだった。未来を知っているつもりでいた。実際には、未来のすべてを知っているわけじゃない。むしろ、肝心なところほど曖昧だった。
———
翌朝、父はいつもと変わらなかった。
「行ってくるぞ」
「ああ」
「今日は帰り、少し遅くなるからな」
「……仕事?」
「そうだ」
何でもない会話。いつもの朝。それなのに、俺にはその背中が妙に遠く見えた。
「父さん」
「ん?」
「最近、仕事忙しいの?」
「まあな。ちょっと仕事が増えたんだよ」
「そう……なんだ」
「どうした? 急に」
「いや、何となく」
父は不思議そうな顔をしたあと、笑った。
「心配しすぎだ」
そう言って、家を出ていった。
———
その日の夜、俺は初美に連絡した。
「少し話せるか?」
「はい。どうしたんですか?」
いつもの場所で会う。しばらく迷ったあと、父のことを話した。
「父さんが……二年後に死ぬ」
初美の表情が変わった。
「……お父さんが?」
「ああ」
「事故、ですか?」
「そこまでは覚えてる。でも、それ以上が分からない」
初美は黙って俺の話を聞いていた。
「じゃあ……」
しばらくして、初美が言った。
「今から気をつければいいんじゃないですか?」
「それができれば苦労しないよ」
「でも、分からないんですよね?」
「ああ」
「だったら、分かるところから調べればいいじゃないですか」
「分かるところから?」
「はい」
初美は指を折りながら話し始めた。
「お父さんの仕事とか。普段どこに行くのかとか。車を使うのかとか。事故が起きた時期に、何をしていたのかとか」
「……なるほど」
「全部は分からなくても、何か見つかるかもしれません」
俺は少し考えた。今までの俺は、未来を変えようとしていた。でも、何を変えればいいのかすら分かっていなかった。
「調べてみるか」
「はい」
———
それから俺たちは、覚えていることを一つずつ書き出した。父の仕事。通勤経路。車。よく行く場所。俺が覚えている、二年後までの断片的な記憶。
けれど、話をしているうちに、妙なことに気づいた。
「……あれ?」
「どうしました?」
「父さん、この時期にはこの仕事をしてなかったはずなんだ」
「でも、今はしてるんですよね?」
「ああ」
初美も黙り込む。俺たちは顔を見合わせた。
もしかしたら。俺たちが過去を変えたことで、すでに父の未来も変わり始めているのかもしれない。
そう考えると、怖くなった。だが同時に、微かな希望でもあった。
未来は決まっているわけじゃない。なら――父が死ぬ未来だって、決まっているとは限らない。
———
その夜、家に帰った俺は、眠っている父の姿を見た。
何も知らずに眠っている。二年後、俺の知っている未来では、この人はいなくなる。
でも、もう、知っているだけでは嫌だった。
「……待つわけないだろ」
小さく呟く。
初美は、自分の未来を自分で選び始めた。だったら俺も。
「今度は、父さんの未来を変える」
そう決めた。二年後に待っているはずの未来へ向かって、俺は初めて、自分から手を伸ばした。




