成長
授業が始まっても、私の隣ではエリスがプンスカとご立腹。
「エリス? いつまで両頬膨らませてるのよ」
「あの空間はずるいですっ。嫉妬くらいしますっ!」
フランがエリスの頬をつつく。楽しそう。クローネがやめなさいと引き剥がしているのが、どうにも緊張感を削いでくる。けれどエリスが未だに機嫌を直さないのにも理由はあるのよね。
「……近いわ」
戻ってきたベールが、私の真横でぴったりとくっついている。今日だけはここにいたいとのこと。エリスとベールに挟まれて、サンドイッチになった気分よ。
教師がちらりと私たちを見る。その視線はどうにも鋭い。ベールが私に耳打ちをする。
「教師の中には、どうやら認めていない人もいるみたいです。生徒達は戦いを見た人も多いですし、実際に戦った人もいますから、疑ってはいないようですが……」
自分たちの失態を認めることって、そんなに嫌なのかしら。アッシュ、ノワールなんて自分たちで色付けをしておいて、都合が悪くなれば陰口。それでもこの学院の権力は大陸でトップなのだから……恥ずかしいことこの上ないわね。
どうやら教師たちは、あの戦いを見ていなかったらしい。アッシュが勝てるわけがない。見る価値がない。時間の無駄。席の確保ができない。理由は様々だった。
一時間目の授業が終わった頃、私たちはハレー先生に呼び出された。場所は再び、教師たちの待機室。偉そうにふんぞり返りながらも、指が震えている彼が放ったのはくだらない言葉だった。
「脅したのか。あるいは金で譲ってもらったか」
私もエリスも言葉を失った。そんなことを言うために?
「ネイル達が貴様らのようなアッシュに敗北するわけがない。無限の治癒、強力な無属性範囲魔法。少し前まで下から二番目、しかも炎の貴族の落ちこぼれ。それが突然第十席だと? バカにしているのか」
エリスが少し震えるような息を小さく吐いた。私は、そのエリスの様子を見た時、前回のことを思い出してしまった。胸がざわざわする。
「ハレー先生。それは十二の貴族の侮辱と受け取ってよろしいですか」
「……か、構うものか。落ちこぼれであるお前に十二の貴族の後ろ盾なんぞあるか。事実、お前は未だに落ちこぼれという評価を当主から受けているのだろう?」
エリスの手が、強く握られた瞬間、部屋に凍てつく冷気が漂った。肌を刺すほどの冷気に、私の息が白く震える。マスケット銃を通さず、吸血鬼の魔法が漏れ出してしまった。
けれどそれ以上に――私の龍の目は、殺意を宿してハレー先生を睨みつけていた。
「――それ以上言ったら殺すわよ」
この場にいる全員が、初めて思い知ったでしょう。龍の逆鱗がどれほど恐ろしいものか。自分たちがどれだけちっぽけな存在か。
感情の制御ができない。エリスをまた泣かせるの? そんなこと、私が許さない。
言葉一つ発せない愚かな人間ども。そう思った瞬間、トンッ……と胸にエリスの手が触れた。
「イルナさん。落ち着いてください。主人からの命令です」
契約による命令ではない。ただの言葉。それでも、私は深く息を吐いて呼吸を落ち着かせた。
「ごめんなさい。でしゃばったわ」
「いえ、構いません」
エリスはハレー先生に向き直った。
「私が当主から落ちこぼれの烙印を押されているのは事実です。しかし、あなた達の前にいるのは、本気のネイル・アーヴ・レメリアとオスカー・レイン・クロヴィスに勝利し、正当に第十席へ座ったアッシュクラウンです。私には、彼らが金や地位になびく愚か者だとは思えません。それとも、ハレー先生はそうお思いですか? その烙印を、十二の貴族の一つである治癒の貴族にも押すおつもりですか」
背を向けたエリスは、凍った床の薄氷にヒビを入れながら歩き出す。私はその後ろについていった。私という得体の知れない存在をたった一言で制止し、教師たちを言葉で黙らせた第十席の少女。彼らは一言も返せなかった。どんな言葉も陳腐になってしまうでしょうから。
あるいは――ただ怯えていた。
以前と違って、足取りは落ち着いている。廊下では、漏れ出した冷気や私の龍の力で多少の騒ぎになっているものの、エリスは気にする様子を見せない。
少し歩いて、エリスに声をかける。
「エリス……大丈夫?」
「大丈夫ですよ。だって――イルナさんが怒ってくれたじゃないですか。だから大丈夫でした」
嬉しかった。だから手を握りたかった。私は手を伸ばしたけれど、その手を下げる。折角胸を張って振る舞っているんですもの。そんなの……
下がり切る前に、エリスは私の手を握った。
「えっ……?」
顔を上げると、エリスが私に微笑んでいた。
「握りたかったんですよね?」
「……見てたの?」
私は恥ずかしくなって、少しだけほっぺを膨らませた。
「顔、赤いですね」
エリスのその言葉に、私はもっと大きくほっぺを膨らませた。第十席の威厳なんてあったものじゃないわっ。




