灰色に芽生えた恋
今朝のクローネとエリスのイチャイチャタイムから数時間後。のんびりしていた私たちは身だしなみを整える。エリスは鏡を見ながらリボンや制服の皺を確認し、赤く染まった頬をペチペチと叩いて冷静を装っていた。第十席にふさわしい自分であろうとしているみたい。
私もクローネに何度もチェックされた。気を抜くとだらしなくなるからですって。失礼ね。かわいいんだから多少は許されるのよ、と言いたいけれど……私はクローネに甘えたいから、なーんにも言わなかった。
「ありがと、クローネ」
「私の気が済まないだけ。大事な初日だし。第十席よ? クラウンの十番目にあんた達が座ってるのに、リボンが曲がってました、なんて嫌だから」
クローネは私のアッシュのブローチまで丁寧に整える。
「よしっ!」
カツンッ……と靴音を立て、私たちは部屋を出た。早朝の騒がしさに満ちていた廊下が、私たちの姿を見た途端に静まる。ロードの時に向けられていた、異端を見るような静けさとは違う。
――第十席という存在への畏れ。地位を手にした瞬間、周囲の反応まで変わってしまった。寮を出ても、食堂を通っても、校舎へ入っても、向けられる視線はどれも第十席という強者に対するものだった。
そして、いつものアッシュクラスへ足を踏み入れる。ここでも静けさが広がる――はずだったのだけど、待っていたのは大歓声だった。
「エリスちゃん!! すごいよ! 見てた見てた!!」
「イルナさまぁ!!」
「あれ何したの?! 炎かっこよかったぁ!!」
私もエリスも大歓声に気圧され、顔を見合わせたあと、結局噴き出してしまった。このクラスにいる間は……いつも通りでいっか。そんなふうに思う。にしても、さっきから「イルナさまぁ!」と叫び続けているのはベールね。両手を胸の前で組み、目を輝かせていた。
そのベールが次第に距離を詰めてくる。気がつけば、私の背中は壁についていた。
「おめでとうございますイルナさまっ! すごく、すごくかっこよくてっ」
私は体を少し引いて、視線を泳がせた。
この子、少し危険だわ。もう崇拝の域にまで来てるんじゃ……
「イルナ様……ご迷惑でしたか?」
「え?」
予想していなかった反応に、私は戸惑った。だって、私は彼女にしてあげられたことなんてほとんどない。こんなに私を見てくれているのに、何も返していない。だから……見返りを求めない一方的な好意を向けられると、どうしていいのか分からない。
「もし……ご迷惑でしたら」
「……私の勝手な勘違いよ。気にしないで。でも私は、あなたにそんなふうに思われるような人じゃないわ」
幻想よ。私はただ、たくさん傷ついて、人と関わることも諦めて、エリス達と出会ってようやく変われただけの化物。
「私はイルナ様をかっこいいって思ってます! 憧れてて、すごいって、この気持ちに、うそをつくなんて……イルナ様に言われてもできませんっ!」
潤んだベールの目が、まっすぐ私を見据えている。もうこれ以上は下がれない。最近、押されることが増えてしまったわ。
「貴族って、みんなが憧れるようなものじゃないんです。自分の意思なんて関係なくて、家にとって都合のいい道具でいることが最善で、それを幸せだと思わなくちゃいけなくて。自分の感情を捨てて、言われた通りに動くだけの灰色の毎日でした」
ベールの方が少しだけ背が高い。その体が、私を壁へ押しつけるほど近づいてくる。
「クローネの横にいて、十二の貴族に取り入って、価値がないと判断されたら離れる。ただそれだけ。灰色、灰色、灰色っ! でも……イルナ様と戦った時、怖いって思った。死んじゃう、このまま死ぬ? って。その感覚が、私に教えてくれたんです。私って生きてるんだって。そしてイルナ様に詰め寄られた時……また心臓が動いたんです。ドクンッて、強く脈打って」
この子……私を崇拝してるんじゃない。
「私に生きてるって教えてくれた人に、恋焦がれちゃダメですか?」
「……っ」
痛いわ。胸が……強く締め付けられる。吸血鬼だけなら心臓なんて動かないのに、私の心臓は……いえ、そんな回りくどい言い方はいらないわ。
――口説かれてしまったのね。
「イルナ様?」
首を傾げる彼女の前で、私は視線を落として短く息を吐いた。
「……あなたの好意を否定はしないわ。好きにしなさい。私が思っていたよりも、私はあなたに影響を与えていたのね」
「はいっ!」
私は視線を上げることなく、自然と彼女にキスをした。いとも簡単に、けれどとても大切に。キスの時間は短かったけれど、離れた時にみた彼女の顔は……恋焦がれた乙女そのものだった。十分すぎるほどに頬を赤らめていた彼女は……一歩、二歩と下がり、口元を押さえて視線を泳がせる。
ぺたんっとその場に座り込み、胸を押さえるベール。けれど次の瞬間には立ち上がり――逃げ出した。
「えっ」
まさか逃げ出すとは思わなかった。「頭を冷やしてきます!」と叫びながら教室を飛び出していく。私は呆気にとられたまま、遠ざかっていく声を聞いていた。
うっ、視線が痛いわ。エリスの細められた目が、ひどく訴えている。分かりやすすぎる嫉妬に私は視線を逸らした。仕方ないじゃない。目の前であんな純情を見せられたら……キスしたくなっちゃうわよ。
エリスのほっぺが……いつもは片方なのに、今日は両頬膨らんでる。




