静かな決意
龍と吸血鬼という単語が私からこぼれた。その時、握った手の強張りを感じたのか、フランが私の手を握り直す。
「イルナちゃん、王城以外にあの本が現存する場所ってどこかあるかな……」
「見当はつかないわね。マーカスですら上巻しか持っていなかった。マーカスは至高評議会に入ってる。それだけの権力者でも、持っているのは上巻だけ。もしかしたら、全巻が揃っているのはエルワースの王城だけかもしれないわ。十二の貴族の家をまわって見つかるとも限らない。少なくとも、クローネとエリスの家にはなかったから」
あとはセリウスや、ネイル達にも協力してもらえばあるいは……
「んー……そう、だよね。やっぱり王城が一番確実。でも今、お姉ちゃんは至高評議会の仕事でエルワース王国にいないんだよね。それに今の関係じゃ、お願いするのも難しいし、誰かに見られたらまずい。かといって、勝手に持ち出すのもできないし……」
沈みかけている月を眺めて、フランはつぶやいた。
「盗んじゃう?」
「……大胆ね。悪くはないけれど」
フランがそんなことを言うなんて思わず、私が驚いていると、彼女はグッ! と上半身を起こしてこちらを見た。
「イルナちゃんが影に潜って盗む方法もあるけど、多分、王城の人とか管理者の人にバレちゃうし危険だと思うんだ。だから私が中に入って、全部読み切る。それを私の召喚魔法で複製して、解読するっ!」
「最善でしょうね。でも、バレたらどうするの? あなたが王族だと知られて、あんな仕打ちを受けたのに」
「なんで? イルナちゃんのためなら私はなんだってするよっ! ぜーんぜん、怖くないっ」
一点の曇りもなく、清々しいほどに言い切る彼女に、私は言葉を失った。自分がどんな目に遭うかより、私のために行動することを選んだ。そこに戸惑いもためらいもない。
「ふふっ、フランらしいわね」
私は胸を強く押さえながら、その好意に甘えた。
「フラン、手伝ってくれるかしら?」
「うんっ! それに私だって知りたいもん。イルナちゃんのことも、世界のことも」
私も体を起こし、額を彼女にあてる。目を閉じて、小さくありがとうと呟いた。エリスの言っていた、幸せが壊れそうという気持ち。本当はよく分かる。私は吸血鬼だから、幸せが終わる痛みを何度も味わってきた。でも、この子達が生きている間は……その幸せを壊さないように頑張ろう。
失いたくないほどに愛おしい今の時間。いつか終わってしまうとしても、あなた達には同じ思いを絶対にさせないわ。口にしたらきっと心配するでしょうね。でも、私は大丈夫よ。あなた達よりも長く生きてるんだから。
その想いを胸にしまって、私はフランと王城に忍び込む約束を交わし、作戦を相談し始めた。フランはずっと王城にいたのだから、必要な情報は揃っている。
空が白み始めるまで、作戦会議は続いた。太陽が私たちの影を作り始めた頃、私はフランにそろそろ戻りましょうかと提案する。いいよー、とフランは頷き、一緒に裏庭の方へ影を伝って降りていく。
ピクッ……と私の耳が何かの音を捉える。私が部屋の窓の近くで足を止めると、フランも不思議そうに、とりあえず私を真似て足を止めた。
息を殺して耳を澄ませる。部屋の奥から布のこすれる音と、キスから漏れる音が部屋の中で混じり合いながら聞こえてくる。
「んっ……くちゅ」
……タイミングを間違えたわね。この場から動けないわ。少しだけ窓から覗き込む。クローネがエリスの腕を抑えてキスをしてる。珍しい。
「クローネさんっ……まっ」
「誘ったのはそっちでしょ」
混じり合うキスの音は小さな部屋でより速度を上げていく。
「ちがっ……少しキスをしただけでっ」
「誘ってるじゃん」
「えっ、あれっ……んっんんっ!!」
エリスの両手首を抑えて、クローネはキスを続ける。何度か離れるたびに、伸びていく銀色の糸が、艷やかな二人をより大人っぽく演出してる。息を荒くして、見つめて。でもエリスは目を閉じていて。
エリスが両足をベッドに押し付け始めた。クローネはエリスのお腹の上に乗って全身を使って押さえつける。
「んっ、んんっ、んんんん!!」
それを合図に、クローネは容赦なく舌を入れ込んだ。そして……クローネの体が押し上げられるほどエリスの腰が跳ねると、やっと二人は離れた。
「はっ、はぁっ……はっ、あぁ……っ」
「はぁ……はぁ。エリスとこういうのするの。初めてだったけど、あいつがハマるの分かるわ。だってあんた……すごく心も顔も、体も」
「言わないで……ください」
「……ん」
クローネは顔を逸らして、言われた通り口を閉じた。
フランはその様子を顔を両手で隠しつつも、指の隙間から見ていた。小さな声でわーっと言っている。私も感化されそうになって、深呼吸。この艷やかな時間を朝から見るのは、だいぶ重い。
見ているだけで、ふとともに伝わる雫に気づき、ため息をつく。
「あなたたち、朝から元気ね」
私はそう呟いた。
「「キャァァアアアアア!!」」
二人揃って悲鳴。
「はぁ……そんなに恥ずかしがるような仲でもないでしょうに」
エリスはいつも通り、シーツにくるまって封印されてしまった。クローネも潜ろうとしたが、すでに鉄壁の球体が出来上がってしまっていた。
「クッ……はっ、恥ずかしいに決まってんでしょ! あんたみたいな色欲魔と一緒にしないでっ!」
「ふーん。私のペアの手首を押さえつけて、キスを楽しんでいた癖に?」
「うっあっ……あぁ、エリスッ!! 私もその中に入れてっ!!」
「無理ですッ!」




