アッシュクラウン
「……エリス?」
急に膝から崩れ落ちるエリス。私は咄嗟に下へ入り込み、その体を抱きかかえる。呼びかけても反応はない。でも、耳を口元へ近づけると、穏やかな寝息が聞こえてきた。
「良かった……自分の龍の魔力を、一気に引き出したから疲れちゃったのね。自分の魔力の大半が消える感覚なんて、初めてでしょうから」
優しく抱きしめながら頭を撫でる。
「お疲れ様」
私がそう呟くと、ネイルが起き上がる。
「君、すごいね。貴族ではないって本当? 強さには、少なからず血筋も影響するはずだけど……君は」
「少し事情が特殊なのよ。あなた達こそ、すごいわ。あなたなんて、どれだけ体がねじれても顔色一つ変えないんだもの。何と戦っているのか分からなくなったわよ」
彼は照れくさそうに、自分の頭の後ろを掻いた。
「あはは……治癒の貴族だからね。治すだけじゃ存在感がないから、いろいろ訓練するんだ。痛覚を無視できる程度にはね」
「彼も彼で躊躇がなかったわ。オスカーと言ったかしら? 平気であれだけの魔法を叩き込めるなんて、ずいぶん信頼されているのね」
「まぁね。出会った時に言ったんだ。僕ごと殺せって。彼は威力こそ強いけど、とても不器用でさ。ずっとペアが見つからなかった。だから僕が誘ったんだ。僕は死なないし、何があっても責めないって」
「確かに、そういう意味なら相性がいいものね」
ネイルは背中を向ける。
「君たち、対策してたろ? オスカーが魔法を使う前から最善手を出してきたし、僕が攻撃を受けながら突っ込んでも怯まなかった。誰かから聞いた?」
「第七席に聞いたのよ。あなたたちと戦ったことがあるって。あなた達だって、私の影を対策していたでしょう?」
「あぁ、彼か。それともリゼットさんかな。彼らと戦った時は……僕たちは禁忌階梯魔法で身動きを封じられて負けたよ。あははっ。それとね、君たちのことを調べたのも当然さ。アッシュだからって手加減はしない。ここまで駆け上がってきた相手に無策で挑むほど、クラウンの座にあぐらをかいてはいないよ」
彼はそのまま歩き始め、倒れたオスカーへ治癒を施しながら寄り添う。私もエリスを抱えて会場を後にした。その背中へ、状況を理解した観客たちの歓声が遅れて押し寄せてくる。
――アッシュクラウン。
その言葉が何度も飛び交う。冷たい目を向ける者。感動する者。声を張り上げる者。その姿に何かを感じたように黙り込む者。いろんな反応が混ざり合う中、貴賓席にはもうレギウスの姿はなかった。
待機室。私は膝枕をしながら、眠るエリスの頭を優しく撫で続ける。第十席ね。元々は下から二番目だったのに……ずいぶん遠くまで来たわ。あのシャワー室で、自分には何もないと泣いていた子が。
「……イルナ、さん?」
「おはよう。まだ眠いでしょう?」
「……はい。でも、起きていたいです」
「そう」
「アッシュクラウン……第十席。本当になったんですね。私たち」
「ええ。私たちはその席に座った。でも、まだ満足しちゃだめよ。最初に言ったでしょう? 第零席、スローネの席に座りましょうって」
「えへへっ、欲張りな気がしちゃいます。クラウンですよ? クラウン。落ちこぼれだった私が……」
「そうね。でも、落ちこぼれなんて決めたのは周りだっただけよ」
私を見つめながら、エリスは私の手をゆっくりと握りしめた。
「イルナさん……たまには、私からねだってもいいですか? ご褒美が欲しいです」
「主人なのだから、命令すればいいのに」
「それじゃきっと物足りないので」
私が顔を寄せると、髪がエリスの頬へさらりとかかる。彼女は静かに目を閉じ、握った指をさらに絡めてきた。私はその答えに応えるように、優しく唇を重ねた。逆さのキスというのは、あまり経験がなかった。
「もう一回……お願いしていいですか?」
少し離れた私に、彼女はそうつぶやいた。うっすらと開けられた瞼の奥に見える潤んだ瞳。少し突き出された彼女の唇に、私は近づいた。
「仰せのままに、主人様」
「んっ……」
二回目のキスは少し長い。唇に押し当てらた小さな舌、それを合図に私は少し空間を開けた。エリスの舌が入ってくる。一生懸命探しているのがかわいい。
「んー……」
私は迎え入れながら唇を押し当てた。エリスから漏れる甘く余裕のない声で、私は思わず強くエリスの手を握る。エリスはさらに強くそれを握り返した。
「んっ!!」
私の首にエリスの手がまわる。そのままもっと強くとでも言わんばかりに押し付けられた。おどろく私を楽しむように、エリスの舌が暴れる。
「ちょっ……エリスっ」
「余裕ないの、かわいいですね」
イジワルな主人様。あぁ……まずいわ。体が……熱が。エリスの手を握る手が強く、そして忙しなく動いてしまう。
エリス、エリスエリスっ……! すきっ、どうしようもないくらいあなたが……愛おしいの。
互いの唇が離れる。痛いくらいに強く、エリスの手を握っているのに、彼女は優しい目で私を見上げていた。汗と、唾液が彼女の顔に落ちていく。震える私の体を落ち着かせるように、主人様は私の頬を優しく撫でた。
私は静かに、胸の奥に溢れていた言葉を一つだけ口にした。
「好きよ、エリス」
それを聞いた彼女の目が、私の胸をいっぱいにした。




