龍の魔力
「待ってくださいイルナさんっ! 私の魔力じゃ……到底たりな」
「信じなさい」
それだけを伝え、私は降り注ぐ広範囲の無属性魔法を防ぎながら、同時に二本の短剣で襲いかかってくるネイルを氷魔法で牽制する。戸惑いながらも、エリスがその間へ飛び込んだ。
「……ッ!」
エリスの剣と、ネイルの短剣がぶつかり合う。私の魔力を使えないせいか、エリスの剣は引き気味だった。
「エリスッ!! いつだってあなたは私の言葉を信じてきたでしょ? 私の言葉を信じて、あなたはあなた自身を信じなさいッ!」
あなたはずっと私の魔力を使ってきた。主人と従者。その関係を利用して、私はあなたへ魔力を渡してきた。それはあなたを強くした。でも同時に、私の魔力さえあればいいと、あなた自身の可能性に蓋をしてしまった。
――私の魔力が使えればいい。そう思わせてしまったから。
――私は考えた。どうしてエリスが龍の魔力をこじ開けたのか。教えてもいないのに引っ張り出せたのか。どうして吸血鬼の魔力ではなく、龍の魔力だけを引っ張り出せたのか。
答えは、とても簡単だった。
私はマスケット銃を地面へ下ろし、目を伏せる。
――あぁ、聞こえる。ずっとそこにあった龍の炎が、吹き荒れている。
「あなたは……生まれつき龍の魔力を持っている」
エリスの剣から吹き荒れる白銀の炎。龍の加護を受けた肉体は常軌を逸する。ネイルが反応するよりも早く、エリスの剣先が彼の首元を捉えていた。
「……ッ」
ネイルは超人的な反射速度でそれを――避けた。きっと勘で理解したのね。さすがは第十席。彼の頬をエリスの切っ先が掠める。
その頬からは血が一滴流れ落ちた。急速に修復するはずの傷は、まだ塞がっていない。
私の仮説は正しかった。エリスは、龍の魔力の適合者。初めから龍の魔力を持っていた。炎の適合者じゃなかった。でもそれを本人も、他の誰も知らなかった。私を通じて、もっとも自分に適合した龍の魔力をこじ開けた。それが私にきっかけをくれた。
どうして龍をエリスが持っているのか、それは分からない。でも今はそれでもいい。
「かっこいいわよ。エリス」
もう私という媒体を通す必要はない。自分自身の龍の魔力なら、受け渡しによる誤差もない。それだけで、今までのエリスを過去のものにしてしまうほどの変化だった。
――第一決闘場全体を押しつぶすような超広範囲無属性魔法。屋根を吹き飛ばし、地面も会場も崩壊させるほどの衝撃が落ちてくる。
エリスの白銀の炎が一瞬だけ消えた。次の瞬間、凄まじい速度の剣閃が天を切り裂く。無属性魔法そのものに亀裂が走り、その切断面から爆発するように白銀の炎が噴き出した。
オスカーが杖を下ろし、その光景を見上げる。圧巻の技に心を奪われたように。
「無属性魔法を――斬るのか」
カランッ……と崩れた石が転がる。その音で我に返ったオスカーの目前には、もうエリスの切っ先が迫っていた。寸前でネイルが割り込み、その軌道を逸らす。
「オスカー!!」
「ッ!」
ネイルの声に、オスカーが歯を食いしばる。同時にネイルは迷いなく、オスカーの腹部へ短剣を突き刺した。
「第七階梯魔法――ルイン・リカージョン!!」
段階ごとに威力を増していく超威力の無属性魔法。それをゼロ距離で受けながら、エリスは一言だけつぶやいた。
「イルナさん」
――灼熱の地は、絶対零度の空間に支配された。エリスは凍ったまつげを伏せる。白い息を吐きながら、凍りついたルイン・リカージョンへ優しく切っ先を当て、そのまま静かに振り下ろした。
絶対零度と龍の炎が衝突した瞬間、視界が真っ白に弾けた。遅れて全身を叩く爆風。何が起きたのか、私にも分からない。
やがて耳鳴りの奥から音が戻り、白い蒸気がゆっくり晴れていく。立っていたのは、私とエリスだけだった。
オスカーは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられている。背後の壁は粉々だった。一方のネイルは地面に倒れ、その首にはエリスの剣先がそっと触れていた。
「……負けたよ。すごいな君たち。最後のは本当に驚いた。氷の第七階梯で動きを奪って、その中で燃え続ける白銀の剣でオスカーの魔法を斬るなんて。相反する魔法がぶつかって、あの爆発か……はぁ。またロードからかぁ」
まだ会場は白く霞み、観客も状況を飲み込めていない。ネイルは体を起こすと、エリスの剣を指さした。
「それ、どうなってるの? 僕の治癒がありえないくらい遅くなったんだけど……」
「えっと……ユーリさんの真似をしました」
「剣聖の? 君、本気で言ってる?」
厳密には同じではない。ユーリは空中の魔力の流れを見極め、無属性魔法そのものを斬る。でもエリスは剣先に、龍とギガスしか使えないはずの反魔法をまとわせて擬似的に再現した。
ここまでできるとは思わなかった。才能を開花させ、それを使いこなし、すぐに応用までしてみせる。さすが、努力を怠らない学年一位の座学の持ち主。恐れ入ったわ。
私はエリスの隣に立ってつぶやいた。
「おめでとうエリス。私たちは――第十席よ」




