無限の治癒
エリスは後方へと距離を取った。
「第五階梯魔法――イグニス・フレイム・ノヴァ」
二人の間に炎の球体が生まれ、超広範囲を巻き込みながら渦を生む。視界が赤く染まっていく。エリスはさらに風魔法を重ね、炎の勢いと威力を引き上げていく。
私はつぶやいた。
「冗談でしょう?」
まっ黒焦げになったネイルが、炎の渦を突き破って飛び出してくる。痛覚がないの? うめき声ひとつなく、動きにも一切の鈍りがない。
その異様さに、エリスの剣が一瞬遅れた。私は即座にマスケット銃を向ける――その瞬間、地面が大きく隆起し、足場そのものが崩された。
――オスカーの無属性魔法。属性を持たないぶん、高威力かつ広範囲に叩き込める。自分が巻き込まれようと最善最速で斬り込むネイルと、その前提で躊躇なく撃つオスカー。リゼットの言う通り、面倒なことこの上ないわ。
それに、リゼットの言葉が本当なら――ネイルの回復に上限はない。
「っ! 視界が完全に塞がれたわ」
私は影を伝って上へ抜けようとした。けれど、足元の地表そのものが弾き飛ばされ、影の連なりが途切れる。崩れた地面の上空には、巨大な無属性の天板が幾重にも重なっていた。
「そう……対策済みというわけね」
私は天へとマスケット銃を向ける。
「邪魔よ。第六階梯魔法術式――グレイシャル・ルイン」
無属性魔法の天板を氷塊が物理的に崩壊させる。一枚破壊されるたびにその風圧が会場を揺らす。二枚、三枚。私を閉じ込めていたものはこれで消え去った。
私は氷の足場に立ってオスカーを見下ろした。彼はメガネの位置を修正した。
「化物め」
「お互い様」
互いの超広範囲攻撃がぶつかり合う。その最中、崩れた足場に慣れているネイルが高低差を使ってエリスを追い詰めていく。斬られても怯まず、傷が塞がるそばから次の一撃を繰り出してくる。
エリスも魔法を重ねて押し返そうとする。けれど、ネイルは止まらない。
龍の魔力で広範囲を焼き払っても、おそらく二人には決め手にならない。ネイルは治癒で立ち続け、オスカーは大規模な無属性魔法でこちらの攻撃ごと潰してくる。
かと言って、私が龍の姿になるわけにもいかない。
「さすがは第十席。簡単には勝たせてくれないのね」
ならどうする。龍の姿にならず、禁忌階梯魔法を使う? 失敗すれば魔力を一気に失って、その時点で負ける。そもそも今の私に使える確証すらない。ここはまだ……未完成だもの。
迷っている間に、エリスが一か八かで剣を掲げた。
「イグニス・ドラグーン」
地面を焼き焦がすほどの炎をまとった隕石が、頭上から落下を始める。ネイルが後方へ退き、オスカーが杖を掲げた。
「第七階梯魔法――ルイン・リカージョン」
発動と同時に、ネイルがオスカーの腹部へ短剣を突き刺した。
その意図が分からないまま、衝撃が一点に集中し、頭上から迫るイグニス・ドラグーンへ一直線に放たれる。地面がクモの巣状にひび割れ、隕石の中心を一本の衝撃が貫いた。
遅れて、巨大な衝撃波が隕石へ亀裂を走らせる。
「次だ」
立っていられないほどの揺れ。二発目の衝撃波が叩き込まれ、オスカーがさらに告げる。
「次」
段階を重ねるごとに威力が跳ね上がっていく。ついに、エリスの炎の隕石は粉々に消し飛んだ。
原理自体は単純。オスカーの超広範囲無属性魔法を極限まで集約し、一点へ解き放つ。ただし、段階を踏むごとに威力が上乗せされる。さらに厄介なのは、その負荷で崩壊する魔力回路をネイルが治癒していること。
治癒の貴族は、自分だけじゃなく他者の魔力回路まで同じように治せる。笑えない冗談だわ。ネイル本人は倒れず、オスカーは限界を超えて魔法を撃ち続けられる。こと治癒において、上限がないというのはこういうことなのね。
セリウス達は、これを禁忌階梯魔法で突破したのでしょう。もし彼らまで禁忌階梯魔法を切ってきたら……正直、かなりしんどいわ。
第十席。簡単だとは思っていなかった。でも、少し舐めていた。私はずっと、その先の第零席ばかり見ていたから。
それでも、エリスは剣を下ろしていない。焦っている様子もない。視線だけを忙しく動かし、どうすれば二人を戦闘不能にできるのか、必死に答えを探している。
私はマスケット銃を二人へ向けた。
「グレイシャル・ドミニオン」
巨大な氷河が二人を閉じ込める。長くは持たない。でも、ほんの少しでいい。私はすぐにエリスの隣へ駆け寄った。
「イルナさんっ!」
「エリス。分かっていると思うけれど、状況はよくないわ」
「はい……どう終わらせるか……」
「エリス」
ずっと抱えていた仮説を確かめるなら、今しかない。私は迷いを切って、彼女に告げた。
「私の魔力を使わないで」
「――え?」
パキンッ……! 返事を待つ猶予もなく、氷河全体に亀裂が走る。次の瞬間には砕け散り、中からネイルとオスカーがゆっくり歩み出てきた。




