第十席
第一決闘場の休憩室。私とエリスはそれぞれ武器の点検をしていた。壁越しに響く歓声は、ロードに挑戦した時とは比べ物にならない。
ひときわ大きな歓声が響く。エリスの剣を磨く手が、ぴたりと止まった。
「緊張してる?」
「どう……なんでしょう。自分でも、よく分からなくなっちゃいました。楽しみな気持ちもありますし、勝てるのかなって不安もあります。少し前まで、第十席なんてありえない場所だったのに……そこに立つのかもしれないって、まだ実感がないです」
私は何も言わなかった。何も言う必要はないって感じたから。きっとそれはエリスも分かってる。今はただ、第十席との戦いに気持ちを追いつかせるだけ。
そっとマスケット銃を撫でる。エリスと出会ってからよく頑張ってくれたわ。私の効率の悪い魔力を支えてくれてありがとう。
アンナ、私が何かのために頑張っているの。不思議でしょう? 世間知らずの口の悪い魔族が、今は人の隣で、人のために戦っているの。どこかで……見てくれてる? なんてね。
「もし見ているのなら、少し恥ずかしいわね。私はエリスと……体まで重ねているのだから」
エリスには届かないくらいの、小さな声。口にした途端、胸の奥がきゅっと狭くなる。アンナなら嫉妬するかしら。褒めてくれるかしら。それとも、生きていたかったって言う? 頑張れって、もう少しねって言ってくれる?
私はマスケット銃を影にしまった。少し離れたところで、エリスが剣を鞘に収める音がする。振り向くと、彼女が手を差し出していた。私はその手を握る。
「行きましょうイルナさん。とても大事な……一戦です。私に付き合ってください」
「喜んで、主人様」
――会場に足を踏み入れた瞬間、ドッ! と歓声が爆ぜた。肌がピリつくほどの熱気。それでも、隣のエリスの足は止まらない。私も同じ歩幅で決闘場を踏みしめる。
視線を動かすと、クローネやフラン、ベール達。少し離れた席にはアルバート。あら、セリウスも来てるじゃない。リゼットは相変わらず棺ね。
その熱気の中で、一本だけ冷たい視線が刺さる。レギウスだ。貴賓席から私たちを見下ろしている。
待っていなさい。次は、エリスの剣があなたの喉元を捉え、私のマスケット銃が額を狙うわ。
――さらにヒートアップする会場。短剣を二本握った上半身裸のネイルが姿を表す。
「……なんで上裸なのかしら」
「……わかりません」
一瞬、気が緩みそうになったけれど、すぐに気を引き締める。さすがに相手もそれが目的で脱いでいるわけではないでしょうから。
一切の傷跡はなく、全身には魔法術式のような紋様が張り巡らされている。けれど、私の知る術式とは方式が違う。タトゥーと言ったほうが近いかしら。生まれつきか、書き込んだのかは分からない。でも、何かを発動させるための術式というより、体の一部として馴染んでいるように見えた。
その奥の入口からネイルのペアであるオスカーが姿を表す。片手に大きな杖を持ち、もう片方の手でメガネの位置を直している。
「――ネイル。上裸はなんとかならないのか」
「こっちの方が魔力の流れを感知しやすいんだよね」
「……はぁ。戦うたびに半裸の男とペアというのは、恥ずかしい」
「まぁまぁ」
ネイルはそう言うと、私たちの方へと向き直った。
「それじゃあ始めようか。手加減はしないよ」
エリスが剣をゆっくりと抜いた。
「はい。私も――本気で行きます」
言い終えた瞬間、ネイルの姿が視界から消えた。気づいた時には、虚ろな目がエリスの目前にある。一拍遅れて空気が弾け、耳をつんざく金属音が会場に響いた。
ネイルの初撃を、エリスの剣が真正面から受け止めていた。
「やるね」
「はいっ」
一瞬の静寂の後、二人の剣が再び交錯する。火花だけが、目で追えない剣戟の激しさを浮かび上がらせる。剣筋がよく似ている。二人とも十二の貴族として剣を叩き込まれてきたからでしょうね。
純粋な剣技なら、ほぼ互角。
――でも、エリスは剣だけじゃないわよ。
交錯の合間、二人の間に炎の球体が生まれる。ネイルの目の色が変わった。カッ! と球体が強い光を放つ。その足元には、すでに雷撃の予兆が走っている。ほんの一瞬、ネイルの動きが完全に止まった。
――エリスの剣がネイルの腹部へ食い込んだ、その瞬間。地面が激しく揺れ、空間ごと押し潰すような無属性魔法が襲いかかった。
オスカーは杖を向けたまま、顔色ひとつ変えない。相方の体までぐしゃりと曲げる威力を叩き込んでおいて、この反応……ネイルに対して、相当な信頼を置いているのね。私たちごと押しつぶそうってことかしら。
「――させないわよ」
私はすぐに小さな氷柱を立ち上げ、続けてエリスを囲うように大量の氷山を爆発させるかのように生み出す。無属性魔法に押し潰されないよう、その身を氷で守った。氷がぐしゃりと軋み、欠片が弾ける。
一方、ネイルは腹を斬られ、体を折るような圧力を受けているのに、戦意は微塵も揺らいでいない。さらには私に自分の相棒を自慢する余裕まで見せていた。
「僕の相棒は容赦ないよ」
「見ればわかるわよ」
オスカーの二発目。私はさらに影を展開し、エリスの周囲を影と氷で守り切る。その内側では、剣と剣が休む間もなく交差していた。エリスの剣が何度ネイルを貫いても、傷は一瞬で塞がっていく。




