第十席の訪問
それから数日後。私たちがアッシュクラスで談笑していた時のこと。ノック代わりに、開いた教室のドア横の壁を叩く音がした。そこに立っていたのは、一人の小柄な青年だった。
「こんにちは。エリスさんとイルナさんはいる?」
その後ろには、メガネをかけた知的そうな青年が立っている。表情はあまり読めない。長い髪の隙間から覗く目だけが、少し鋭かった。
エリスが立ち上がり、彼らの前へと歩み出た。
「お久しぶりですネイルさん」
ネイルと呼ばれた小柄な青年は爽やかな笑顔を見せる。
「そんなに久しぶりでもないよ。王族の夜会で一言だけ挨拶しただろ?」
「そうですね。一言程度でしたが……」
「あの時は、それだけで悪かったね。あまり気分のいい扱いじゃなかっただろうし」
「いえ……」
私の横でクローネが情報を付け加えてくれた。
「まだエリスは落ちこぼれ扱いなのよ。だから、長く挨拶するだけでも良く思わない連中がいるの。次期当主のネイルでも、今はまだ当主じゃない。周りの都合を無視できる立場じゃないってこと」
「そういうことだったのね。解説ありがと」
エリスもネイルもどこか申し訳なさそうにしていた。エリスが先に頭を下げる。
「直接決闘申請書をお渡しできず、申し訳ありませんでした……」
「いいよ。事情は分かってるから。渡された時も、ハレー先生に『なかったことにしてやろうか?』って言われたくらいだからね。エリスさんが人づてで済ませるなんて思えなかった」
「ご理解いただき、感謝します」
「そんなにかしこまらなくていいよ。ここは社交場じゃないんだから。それに、同じ十二の貴族の家系だし」
ふーん。彼はあまり立場における迫害や権力の誇示などはしないのね。とてもいい子そう。それに性格にもトゲがない。この世界での貴族って、だいぶギスギスしていることが多いのだけど……
穏やかすぎて、逆に警戒してしまうわ。第十席という事実は覆らないのだから。
彼は隣にいる青年を紹介した。
「僕のペアのオスカー・レイン・クロヴィス。こう見えて、かなり不器用なんだ」
「おい。紹介の仕方に悪意を感じる」
「君のキャラとしては正しいだろ? 見た目はすごーく秀才っぽいのに、妙に不器用なんだから」
「……わざわざ欠点なんて言わなくてもいいだろ」
「君のいいところだよ。それじゃあエリス嬢、僕たちは君の決闘を受ける。詳細は追って連絡する。このネイル・アーヴ・レメリア、全力で君たちを倒して、この地位を死守するよ」
その瞬間だけ、ネイルの雰囲気が変わった。爽やかな表情はそのままなのに、目からすっと光が消える。ほんの一瞬、さっきまでの青年とは別人に見えた。けれど彼はすぐにお辞儀をし、背を向ける。
――リゼットの言っていた通りね。普段は爽やかでも、戦闘になると頭のネジが外れる。今の一瞬だけで、その意味は十分に分かったわ。
エリスと第十席戦の作戦は、決闘を申し込む前にすでに擦り合わせてある。あとは体を休ませ、当日に向けて集中を研ぎ澄ませるだけ。ああやって一瞬で空気を張り詰めさせてくれる相手なのは、むしろ助かるわ。
エリスが戻ってくる。
「少し緊張しました……」
そう言いながら、エリスは胸を撫で下ろす。フランも見ているだけで分かるくらい落ち着かない様子で、「頑張って」という気持ちがその眼差しから伝わってくる。けれど、クローネはいつも通り。
「クローネ、あなたはそこまで気にしてないみたいね」
「気にしてない? あー、十席戦についてどう思うかってこと? なーんも? あんた達なら第零席に座ると思ってるし。さすがに第零席戦だったら緊張するけどさ。正直、あんたが落ち着いている内はなーんか緊張感ないのよ」
「私も多少は緊張してるわよ?」
「感じ取れないっての。他のことで頭いっぱいって顔だけど」
「……鋭いわね」
――龍と吸血鬼のこと。もう一つはエリスへの疑惑。特にエリスに関してはいろいろと試したいいことがある。それが楽しみというのが先行しているのは事実だわ。
「正解と言えば正解よ。でも、クローネにも頑張ってと言ってもらいたいわ?」
「へーへー。頑張って頑張って」
「むっ……」
私はクローネの腰に手を回して抱き寄せる。
「もっと言ってもらえる?」
「はっ? ちょっ……」
視線が絡み合う。とろん……とクローネの目が変化する。
「頑張ってイルナ……こっ、これでいいでしょ? もう離してよ、ここ教室……」
クローネが少しだけ体をねじるけれど、私はさらに抱き寄せた。
「もっと」
「ん……が、頑張れ」
「もーっと」
「もう! これ以上なんてないわよっ! 恥ずかしいから離れてっ!」
クローネが太ももをこすり合わせたので、離れてあげる。上目遣いで睨まれると、胸がいっぱいになる。もっといじめたい。そんな気分になってしまう。
フランがバッと私に抱きついた。
「がんばってねイルナちゃん!」
「んっ」
物量に包まれながら、私は頑張るわと返事をした。背中をトントンと叩いてあげる。この子はいつもどおりで安心するわ。そんなつもりはないのでしょうけど、強く抱きしめられると、かなりそそられてしまう。
彼女は私から離れると、今度はエリスへと向かっていった。あぁ、エリスがフランの大きな胸の下に埋まって見えなくなっていくわ。見る側も案外悪くないわね。
さっきまで張り詰めていた緊張感は、いつの間にかどこかへ消えていた。
――そして一週間後の昼休み。第一決闘場で、私たちと第十席の決闘が組まれた。




