ペアにだけ見せる弱さ
――翌朝。エリスと共に第三学年の校舎まで、第十席を探しに来たというのに。
「いないのだけど」
思わず愚痴が漏れる。肩を落として廊下を見渡し、何人かに尋ねてみても、第十席はどこにもいない。
よく考えてみれば、クラウンと偶然出会ったのはセリウスたちくらい。他のクラウンとはまともに顔を合わせたことすらない。王族の夜会にはいたのかもしれないけれど、あそこは学生以外の強者も多く、誰が席次持ちなのかまでは分からなかった。
私はぷくーっとほっぺをふくらませる。エリスは悠然と佇んだまま、落ち着いた声でつぶやいた。
「仕方ありませんよイルナさん。第十席以上になると、至高評議会やギルド、王族、他国などから依頼が殺到するらしいので。特別なことでもない限り、学院に全員が揃うことすらないそうです」
「見つけられないんじゃ挑戦のしようがないじゃないっ!」
「……そうですね」
私たちはその場で頭を悩ませた。周囲からの視線など気にすることもなく。エリスが「あっ」と口を開いた。
「イルナさん。教師に聞いてみましょう。教師であればそれぞれの次席の動向を理解しているかもしれません!」
「それよっ! 行くわよエリス!」
教師たちの待機室。エリスは、第十席が所属するノワールクラスで魔法学を担当するハレー先生に声をかけた。
「こんにちは。ハレー先生。第十席を探しているのですけど、どちらにいますか?」
ハレー先生は気だるそうにイスを回し、こちらへ体を向ける。顔を上げることもなく、聞き逃しそうなほど小さな声で言った。
「一体どんな用で?」
「第十席へと決闘を申し込むためです」
「……」
彼は何も言わず、仕事へ視線を戻した。エリスが一瞬だけ言葉を失い、それでも静かに問いかけ直す。
「ハレー先生?」
「知らんね。誰に聞いてもこう答えるだろうさ」
耳を傾けていた教師たちが鼻で笑う。実力は十分なはずなのに。見ていないのか。それとも――見ようとすらしていないのか。
「それはどうしてですか?」
「アッシュだからだよ。偶然ロードに入っただけだろうに。アッシュがクラウンへ? そもそもそんなことは許されない」
私は口を挟んだ。
「許されないってどういう意味かしら。この学院にそんなルールはないわ。ロードに入ること、それは偶然で達成してしまうほど、緩いものなのかしら?」
「口答えをするな。我々は教師だ。子どもは黙って言うことを聞けばいい。乱すな。君たちが勝てるはずがないだろ。アッシュだぞ。アッシュがクラウン? ありえない。そんなものに手を貸すつもりはな――」
一瞬の反応すら許さず、エリスの剣先が彼の首元すれすれで止まった。遅れて、切り払われた髪が一筋だけはらりと落ちる。
「君……!! 何を、教師に、けん、けんをっ」
彼の顔は明らかに青ざめていた。そのしどろもどろな返答に対し、エリスは悠然と告げた。
「私はエリス・エンバー・ヴォルド。十二の貴族の内、炎に属する家系。礼儀を弁えなさい、無礼者。落ちこぼれと評価したことを咎めるつもりはありません。けれど、令嬢である私を前に無礼を働く行為は、十二の貴族への侮辱と捉えます」
剣先で彼の顎をゆっくりと持ち上げる。先ほどまでの気だるさは、その顔から完全に消えていた。
「そんなつもりはないのでしょう。それでも私はルールに則り、正当な理由で申請をしています。学院の落ち度の件、口を閉じている私たちの善意をお忘れなく」
エリスは剣をしまった。書き上げた決闘申請書を静かに渡し、背を向ける。静寂の中、その足音をかき消す者は一人もいなかった。
私はその後をついていく。エリスは少し早足だった。廊下を抜け、校舎の裏へ回った瞬間、壁に背中を預けて目元を手で覆う。
「エリス?」
返事はない。代わりに、押し殺した呼吸が小さく震えた。指の隙間から涙が伝うのを見た瞬間、私の胸がキュッと締め付けられる。何かに打ちのめされて泣いている彼女を見るのは久しぶりだった。
「どうして泣いているの? かっこよかったわよ?」
分からない。分からないけれど、私は正面に立った。顔を覗き込もうとして、やめる。理由も分からないまま抱きしめた。それ以外にどうすればいいのか、私はまだ知らないから。
「ごめん……なさいっ。悔しくて。ロードになっても、あんな態度を取らないと、押し付けないと認めてもらえないんだって。理不尽だって。ロードですよっ、百位以内なのに……どうしてっ。席順位がすべてじゃないんですか……!」
「エリス……」
ロードになっても、まだ足りないのね。分かってはいた。アッシュが上がることに学院側が良い顔をしないことも、レギウスのように冷たい目を向ける者がいることも。
ロードじゃ足りない。もしかしたらクラウンでも。第零席に立つことでしか、全部を覆せないのかもしれない。
「エリス。よく頑張ったわ。悠然とした態度は大事よ。人は相手が弱々しければ言葉を選ばず、脅威を感じれば言葉を選ぶものだから」
抱きしめる腕に、少しだけ力を込める。
「それでも悔しいわよね。ここまで頑張ったのに、九百九十九位の時と変わらないなんて」
「ごめんなさいっ……すぐ、泣き止みますからっ」
「いいわよ。ここには私たちだけしかいないんだから」
――やっぱり、エリスの泣く声は聞きたくない。その気持ちは、昔よりずっと強くなっている。どうしてかしら。頬を伝うものに気づいた時には、私まで泣いていた。




