最終調整
――龍と吸血鬼。
フランの放った一言が、頭から離れない。けれど私は、創世を知るほど長く生きてはいない。数百年前ですらなく、数千年前という気の遠くなる昔の話。そんなものが、私の出生に関わるわけが……
フランは、あまりの偶然に話すことをためらったと言った。確証はない。ただの偶然かもしれない。でも私が出生を気にしていたことを知っていた。本当は全部読んでから話したかったみたい。
けれど……その前に王城を締め出されてしまった。
「ごめんね。イルナちゃん……今は本も複製、召喚までできるけど……読んだところまでしか……」
「謝らなくていいのよ。むしろ、私一人じゃ何も分からなかったんだから。教えてくれてありがとう。この件はまだ分からないことも多いし、今は私たちだけの秘密にしましょう。全部分かったら、エリスとクローネにも話すわ」
すべて読んでしまいたい。どうにかそれを揃えたいけれど……その物語は魔法術式を読み解くことで正確に展開できるストーリーだとフランは言った。つまり、私が一人で忍び込んでも意味がない。持ち出そうにも図書の管理者がいるらしい。
仕方ないわ。本が逃げるわけじゃない。今は後回し。第十席になることだけを今は考えましょう。
でも……エリスにも関係あるのかしら。だって彼女は――
「イルナちゃん?」
フランの声に、私は我に返った。
「んっ、大丈夫よ。少し考え事をしていただけ。第十席との戦いが終わったら、改めて話しましょう。私もちゃんと知りたいわ」
フランの顎を猫のように指先でくすぐる。心地よさそうな顔でご満悦の王女様を眺める。
「えへへっ、これくすぐったいけどきもちー」
フィアナが見たらどんな顔をするのかしら。むしろフィアナに同じことをしてみたいわ。あの冷たい顔が緩んだらさぞかし楽しそうだもの。
「んっ」
フランが勢い余って頭を擦り付けてくる。ごきげんな顔で甘えてくる姿を微笑ましく見ていると、嫉妬した二人の視線が刺さる。フランは気づいていないし、計算された動きではなく、素でこういうことをしているから責めようがないのよね。
つまり矛先は私へと向く。
「少し王女様を手なづけているだけよ?」
そう言いながら話を流し、喉を鳴らすフランを撫でつつ、さっさと部屋に戻りましょうと提案する。これ以上ここにいたら、二人のご機嫌まで取ることになりそうだもの。
――数時間後。すっかり日も落ちた頃、裏庭の奥にある林で私は氷の剣を握っていた。いつものエリスとの訓練。私が想定外をぶつけるたびに修正を重ね、その剣技はさらに研ぎ澄まされていた。
エリスは剣を構え、こちらの出方を待つ。私が踏み込んだ瞬間、足元の草が高く舞い上がった。胸元を狙った剣先はエリスの剣に遮られ、金属音と共に軌道を逸らされる。
私は引かず、そのまま懐へ潜り込んでエリスの脇腹を蹴り上げた。けれど、足に返ってきたのは肉の感触じゃない。私より早く、剣が間へ差し込まれていた。
――カチッ。
死角で鳴らしたマスケット銃の音が鳴るより早く、エリスは飛び退いた。直後、彼女がいた場所に氷塊がせり上がる。けれど、その氷は何も捉えられなかった。
「イルナさん……! 魔法まで使うなんて」
エリスを取り囲む魔法陣と影。
「剣技だけではあなたには勝てないもの」
――数分後。訓練を終え、私はエリスを背負って林を歩いていた。背中で「ずるい」と愚痴る彼女を、ずり落ちないように持ち上げる。
「うぅ……ずるいですよイルナさん……魔法まで使われたら勝ち目ないです」
「剣士に剣だけで挑んだって仕方ないでしょう。私は元々、後衛タイプなのよ」
初めて稽古をした時から、エリスは太刀筋も戦闘センスも良かった。けれど、こんなにも早く私の剣を越えられるとは思っていなかったわ。もしユーリに稽古をつけてもらったら……どこまで伸びるのかしら。私は剣士ではない。だから、もう私が剣で教えられることは少ない。
まぁ、それは妄想でしかないわね。彼は魔族大陸にいるし、会えたとしても来年の学院祭でしょうから。
「イルナさんは後衛って言いますけど……前衛としても強すぎませんか?」
「簡単な話よ。私の隣には、今まで誰もいなかっただけ。一緒に戦う相手なんていなかったから。私が後衛にいられるのは……結局、あなたが隣にいるからなのかもしれないわね」
「……頑張ります」
「えぇ。期待しているわ」
私たちは寮の部屋に戻った。姿を見たクローネ達は、また訓練してきたのだとすぐに察してくれた。エリスの手当や、着替え、お風呂の準備まで手伝ってくれる。
湯船に浸かると、疲れた体から自然と安堵の息が漏れた。明日、第十席へ決闘を申し込むと告げる。エリスは迷わず頷いた。
「覚悟は、できてます」
第十席に座るということは、それだけ特別な立場になるということ。セリウスが第七席の権限で学院の指定図書を読み漁っていたように、クラウンには順位だけではない力がある。この学院において、十席という位置は本当に『王冠』なのだ。
ロードでさえ「夢物語」だった灰色が、その王冠を被る。でも、そこで終わりじゃない。その先にあるスローネという玉座に、灰色が座る。そんな絵を想像するだけで背筋がぞくりとして、口角が上がってしまう。




