創世
次の日、フランとクローネが防衛戦に行っている頃。エリスはベッドの上で学生証を眺めながら、両足を忙しなくバタバタさせていた。今更になって実感が湧いたようで、鼻歌までこぼしている。順位を見ては、何度も嬉しそうに頬を緩めていた。
「えへっ、ロード……えへへっ」
私はマスケット銃を磨きながら、彼女に次の予定を話した。
「エリス、クラウンの第十席に戦いを挑むわよ。以前にも話したでしょう? リゼットから情報は得ているし、体力はほとんど消耗してない。けれど覚悟はするのよ。今回のように簡単にはいかないでしょうから」
浮かれていたエリスの顔が、曇る。
「本当に、一気にクラウンに挑戦するんですね。つい最近ロードになったばかりなのに。なんだか、少し怖いんです。九百九十九位をずっと見慣れていたのに、イルナさんと出会ってからいろんなことがあって、順位がどんどん上がっていって……壊れてしまいそうで」
私は磨いていた銃身から、エリスへ視線を戻した。
「壊れないわよ。幸福が続いたっていいでしょう? それに、わざわざ鈍足で進む必要なんてないわ。第十席に座ってやりましょう」
学生証を天井へ掲げていた手を、そっと自分の胸元へ落としていくエリス。彼女は天井を見上げながら、震える声で囁く。
「私は……本当にそれだけの器なんでしょうか。時折聞こえるんです。イルナさんのおかげという噂。私も……そうなんじゃないかって。もちろん、イルナさんのおかげなのは確かです。でも……私の強さは……本当にイルナさんの隣にふさわしいんでしょうか」
エリスに覆いかぶさり、短いキスをする。
「次で教えてあげる。あなたが第零席にふさわしい存在だってことを。学院が与えたアッシュなんて評価も、家が押した落ちこぼれという烙印も、全部間違いだったって。あなたを認めなかった人たちが、どれだけ見る目がなかったのかってことを」
「イルナさん……期待してもいいですか? 私が……ふさわしいって」
私はエリスの指に自分の指をそっと絡めた。影の中の私を見つけ、手放さなかったのはこの子だ。あの時も言ったでしょう――運命を掴み取ったのはあなたよ、と。それだって立派な強さなのに……私がペアとして隣にいる限り、それだけじゃ足りないのでしょうね。
一時間ほど経過した後、私たちは防衛戦をしていたフランとクローネを迎えに行くために外を歩いていた。当然この学院は人が多い。決闘が繰り返されるこの時間帯は歩きづらいのだけど……
人が次から次へと避けていく。明らかに私たちに目を合わせないようにしているのも分かる。まぁ一番戸惑っているのはエリスなのだけどね……
注目の中心にいる本人だというのに、歩幅は小さく、どこかおっかなびっくり。慣れていないその様子はかわいらしくもあるけれど、それでは困るわ。
「堂々となさい。フィアナ・エルワース・ファニスと同じ場所に立つのでしょう?」
その言葉を聞いた瞬間、エリスの背筋がぴんと伸びた。腰元の剣へ手を添え、顔を上げる。さっきまでの小さな足取りは消え、静かだけれど迷いのない足音が地面を叩いた。
私は口角を上げ、その少し後ろを歩く。優雅に、滑らかに。そして妖艶に。私たちが進むたび、周囲のざわめきが一つ、また一つと消えていく。やがて、口を開くことさえ憚られるほどの静けさが残った。
第二決闘場の休憩室。そこに足を踏み入れた途端、エリスがしゃがみ込んでしまった。
「うぅ……あんな感じで良かったんでしょうか……?」
「いいんじゃない? 様になっていたわよ。フィアナとは違うけれど、あなたらしい第零席っぽさがあったわ」
「緊張しました……」
「とても格好良かったわ。今後もらしくなってもらわないと」
入口でそんな会話をしていると、鋭い視線が私たちを捉えていた。
「なんの話してんのよ。少しは私とフランをねぎらったらどう? ていうか迎えにきたんじゃないの?」
「忘れてたわ」
「あんたね……」
「冗談よ。労いが必要かしら? あなた達が下の順位に遅れを取るなんて、あるわけないもの」
「だとしても気遣いくらい見せなさい」
私の手が、クローネの頬を優しく撫でる。
「お疲れ様」
猫を撫でるように顎の下を指先でくすぐる。少し気持ちよさそうにするクローネにフランが「ふふっ」と笑ってしまう。ハッとしたクローネは即座に一歩身を引いた。
「猫かっ!!」
おそーいツッコミのあと、クローネは唇を尖らせた。エリスが近づいて労いの言葉をかけ、そのまま、私と何を話していたのかを伝える。「それ相応の振る舞いをする」という話は、貴族であるクローネにも思うところがあったらしい。
実際、そういう場ではクローネに限らず、フランも相応の顔を作っている。
私がフランに目を向けると、彼女は手で小さくこっちへ来てと合図してきた。私は不思議に思いながらも数歩進んだ。
「イルナちゃん、少しいい?」
「もちろんよ。どうかしたの? 疲れているでしょうに」
「ちょっとね。気になることがあって」
フランの次の言葉を聞いた瞬間、ほんの少しの間――頭が真っ白になった。そんなはずはない。そう思いたいのに、ただの偶然と片づけるには、あまりにも出来すぎている。
「あのね。私がマーカスさんからもらった『世界の本』のこと憶えてる? 上中下の三巻があるって聞いてたやつ。そのすべてが王城の地下にある図書保管庫に……あったの。私がいつも魔法術式を勉強していた場所。だから見覚えがあったんだ。中を少し読んで、気づいたことがあるの」
――その物語の中心にいたのが、龍と吸血鬼だってこと。




