通過点
数日後の昼休み。アッシュの教室から食堂へと向かう道中でのこと。外廊下の先でこんな会話を私は聞き取った。
「おい聞いたか。ついにアッシュがロードに挑戦だってよ。やっぱあのエリスイルナペアだってよ」
「あぁ、あの有名な。アッシュのくせにナイト上位にいるやつだろ?」
「炎の貴族の落ちこぼれだったのにさ。イルナってのと組んでから順位を駆け上がってきてる」
「なにもんだよ。そのイルナってやつ。貴族ではないらしいけど」
私達がどこを歩いてもそんな噂が耳に入ってくる。クローネの話によれば、私たちがロードに挑戦する第二決闘場では、すでに座席争奪戦まで起きているらしい。
隣を歩くエリスは小さくずっとつぶやいてる。
「ロード……私が、ロードに挑戦……ロード」
ロードは席順位百位以内。そして、アッシュがその階級まで辿り着いたことはこれまでに一度もない。当然、騒ぎになるのも分かるわ。史上初。その重さがエリスに緊張感を与えているのでしょうね。
けれど、その心配は一切必要ないのよ。
――そして一週間後。その確信が証明される時が来た。昼休みの第二決闘場は人でごった返している。私はただ、俯くエリスの少し後ろに立っていた。言葉をかける必要すらない。こんなのはただの通過点。
あの子なら、一瞬にして蹴散らすでしょうから。
相手は席順位九十三位。魔法使い二人でクラスの色は共にミスリルで三年生。表情からして私たちを見下しているのがよく分かる。エリスと違って緊張なんてまるでしてない。談笑しながら脚光を浴びている。
「おいアッシュ。やめとけよ。結果なんて分かりきってるだろ。歴史は覆せねぇんだからさ」
隣のペアが「やめとけよ」と言いながら肘でつついている。エリスにはあまり聞こえていないみたいね。私は小さく笑うと見下すように返した。
「私に少しでも力を使わせたらあなた達の勝ちでいいわよ」
その言葉を聞いた瞬間、ロードの二人は大爆笑した。エリスは聞いていない。緊張で周りの声なんて耳に入っていないのでしょうね。それに噂では、強いのは私だけということになってる。どいつもこいつも節穴ね。確かにエリスは私の魔力を使っている。けれど――私がいなくても、あなた達ではエリスに勝てないわ。
試合開始の合図と同時に、俯いていたエリスが顔を上げる。纏う空気が一瞬で変わった。私は目を閉じ、小さく息を吐く。
――終わったわね。
――十分と経たず、席順位九十三位の二名は力なく第二決闘場の地面に崩れ落ちた。会場の熱気とは裏腹に、一人がエリスを強く睨みつけていた。
「何を……しやがった」
相方が戦意喪失する中、睨みつけていた彼はエリスに第六階梯魔法を放つ。麒麟の雷撃がエリスを襲う。けれど、エリスが剣を一閃すると、その雷撃は一瞬にして切り払われた。私は……何もしていない。魔力の提供だけ。
彼らの攻撃はエリスに傷一つつけられていなかった。何をしたのかも、何をされたのかもわからないまま、近づいてくるエリスに彼らは恐怖の顔を浮かべる。
ロードという肩書きが、敗北を認めることを邪魔しているのかしら。けれど結果はすでに見えている。もうエリスはロードという階級にすら留まらない。人の姿で龍の魔力を扱うだけなら、日を追うごとに彼女は私よりも上手くなっている。それにエリスの剣の腕もすでに私を超えている。
この戦いは前座に過ぎない。
――私たちはすぐにクラウンの第十席に挑むわ。
エリスが天に手を掲げる。まるで、私が龍になっていた時のように。皮膚がひりつくほどの熱が決闘場を満たし、頭上に生まれた光が辺りを眩しく照らす。
空から降り注がんとする、太陽のような魔力の塊。それを見上げた彼らから戦意が消えた。彼らの第六階梯魔法など比べ物にならない。これほどの実力差を前にしては、ロードという肩書きにしがみつくことさえ滑稽なのでしょうね。
戦いを諦めた二人を視認したエリスは静かにその剣を鞘へと収める。一瞬にして消え去る第六階梯魔法。
最高潮に達した会場の熱気。その中で、一筋だけ場違いな視線が私に刺さっていた。アッシュのロードが生まれたというこの最中、あんな目を向けてくるのは――あの男。
会場の階段、その一画にオッドアイの男がいる。レギウス・エルワース・ファニス。何を考えているのかは分からないけれど……その目には、私たちへの蔑みと不快が宿っているように見えた。
私がエリスへ視線を戻すと、彼女は棒立ちのままこちらを見つめていた。信じられない。そんな顔で、私の言葉を待っている。
「夢じゃないわよ。あなたは今この瞬間――ロードになったの」
「その……実感が……」
周りからの評価と、自分で感じている強さの尺度が噛み合っていないのね。
「私には、それがどれだけすごいことかまでは分からないわ。でも、この騒ぎの渦中にいるのだから、それに値すると思うわよ。これを作り上げたのはあなたよ」
私は何もしていない――そう、何も。それがどういうことか。あなたはクラウンとの戦いで知ることになるわ。




