治療とねだり
次の日の朝、私とフランは裏庭に来ていた。ラディエの治療のおかげか、フランの傷は思ったほどひどくない。それでも、痛々しい彼女を見ているのはもう限界だった。
大人しくしているフランの傷に巻かれた包帯を緩めていく。するりと地面に落ちた包帯は、私の影へと沈んでいった。
「フラン、くすぐったいかもしれないけれど、少し我慢してね」
フランの手の甲にキスをする。少しだけ唇を開き、唾液を傷口へ落としていく。柔らかな肌に舌を這わせると、フランが恥ずかしそうにはにかんだ。
「くすぐったいよイルナちゃん」
できるだけ痛みを感じないように、指を自分から迎えにいく。刺激を与えすぎないよう、優しく咥えた。
「……っ」
舌の上で、フランの指が跳ねる。もう少し我慢してね。手首や手の甲の青みが、次第に薄れていく。やがて、傷ついていた肌は滑らかで血色のいいものへと変わっていった。
あとは……
「フラン」
フランは私たちの寮の窓の下で、少し身をこわばらせた。口元に指先を添え、潤んだ視線を私へ向ける。胸元に指を乗せると、トクン、トクンッと心臓の鼓動が伝わってきた。
フランは強く目を閉じ、顎を上げてくれた。
「大丈夫よ。怖くないわ」
触れ合った唇から、彼女の緊張が少しずつほどけていく。私はその変化を確かめるように、何度かキスをした。
「ん……ちゅっ……」
フランから甘い声と水音が漏れる。唇がわずかに緩んだ隙に舌先を当てて合図をすると、お互いの唾液が混じり合った。まだ、少しだけ血の味がする。
フランの両手が私の背中へと伸びてくる。私は覆いかぶさるように彼女を抱きしめる。私の胸にあたる彼女の豊満な胸が柔らかく押しつぶされる。少しずつフランの姿勢が崩れていく。
「かわいいわよ。フラン」
私のシャツが強く引っ張られる。キスに一生懸命だけれど、ちゃんと聞こえているのね。
「イルナちゃん……イルナちゃん……」
フランの背中は地面についた。気にすることなく私のシャツを手繰り寄せてくる。
「んっ!」
突然、フランの舌が私の口の中へ入ってくる。驚いた私の体が少し浮くと、フランが足を絡めた。
「フラン……傷はもう――」
治ったのよ。そう伝えようとしたのに、フランは「もっと……」とねだるようにつぶやいた。私はその声に逆らう気になれなかった。私の体は、フランの胸に沈んでいく。
それから、私たちは大満足するまでキスを続けた。終わった頃には、お互い息を切らして疲れ切っていた。
「やりすぎたわ……」
フランもぽわーっとした顔で、私を見ているようで遠くを見ていた。
私はふと見上げると、クローネが窓から私たちを見下ろしている。そんなことにも気づかないほど、熱中してしまっていたらしい。
じとぉーっとした視線を向けられ、私は何と言えばいいのか分からなかった。
「えっと……おはよう? クローネ」
「……はぁ。朝っぱらからいやらしい音が聞こえると思えば。私のペアに手を出すんじゃないわよ。キス魔」
「あら? 私はエリスと同じで、誰にでもキスするわけじゃないわよ?」
「……分かってるわよ。バカ」
そのとき、クローネの湿った指先が目に入った。思わずクスッと笑うと、図星を突かれた彼女はすぐに手を隠した。
「それ以上言ったら殺すわよ!!」
「何も言わないわよ」
「……あんたがフランの傷を治そうとしたことくらいは分かってる。私の時と一緒。でも、それとこれとは違うから。えっち。変態吸血鬼。思い出しちゃったじゃん」
そう言い残して、彼女はシャワー室へと消えていった。私は影で自分達を綺麗にしたあと、フランが熱から冷めるのを待っていた。
当分は、フランが王族として公の場に出るたびに、こうする必要があるでしょうね。王室も、ここまでしなくてもいいじゃない。フランが何をしたっていうのよ。
攫われたのも、隠せと命令したのも、全部あなたたちの――
私は自分の顔を手で覆った。今すぐ突発的な行動に出そうになったからだ。でも、それが長期的に良い結果を生むとは限らない。第零席になって、あのレギウスとかいう第二位に文句を言って、改善させてやるわ。
――自分たちの都合を、押しつけるなってね。
フランの熱が冷め、寮の部屋でゆっくりしていたときのこと。エリスがぽけーっとしながら体を起こした。私を見て、フランを見て、クローネを見て――そこでフリーズする。
「あっ……あっ、ああああああ!!」
とてつもない速度だった。一瞬にしてシーツにくるまり、羞恥の記憶に悶える生き物へと変わってしまう。
「もうっ! 飲みません!! 絶対にっ!!」
覚えているタイプなのね。クローネがにやっと笑い、シーツに包まったエリスへ近づいた。
「私のこと、大好きなの? エリスとのキスがあんな形になるなんてね」
「いやぁぁぁあ!! 言わないでくださいッッ!! クローネさんのいじわる!!」
愉悦に浸るクローネを見ながら、私とフランは楽しそうだなぁと眺めていた。やがてその時間も終わり、私たちはエリスをシーツから引っ張り出してアッシュの教室へ向かった。その途中、私はエリスに告げる。
「百位以内のロード階級に、決闘を申し込むわよ」
一瞬不安を見せるエリスに私は言った。
「信用しなさい。大丈夫よ。あなたはそれに値する。龍と吸血鬼の言葉が信用できないかしら?」




