露見
シャワーの温もりに身を包まれながら、目を閉じる。まだフランは帰ってこない。本当に大丈夫なのかしら。フランは大丈夫と言ったけれど、その言葉だけでは落ち着けなかった。やっぱり影に入って、見守っていたほうが……
扉が開く音がした。私はシャワーを止めると、水滴を拭う暇もなくシャワー室から飛び出した。
「フラン?」
濡れた髪先から雫が次々に落ちていく。戻ってきたフランは笑顔を見せたけれど、その口元はぎこちなかった。私は裸のまま両肩を掴む。一瞬、フランの眉間にシワが寄った。
「どうしたの? なんであんなことに」
フランの顔をよく見ると、口元が青くなって歯茎から少し血が滲んでいる。仮面の下で強く押さえつけられていたのだと思う。クローネが近づいてきてフランの腕に触れると、その表情がほんの少しだけ強張った。
手首には輪を描くように青紫の痕が残っていた。腕にも、袖の上から何かをきつく巻き付けられていた跡がいくつも浮かんでいる。
指先に伝わったわずかな強張りに、胸の奥が冷たくなる。ここまでするなんて。私とクローネの表情に気づいたのか、フランはまた大丈夫と言った。
この子の「大丈夫」は、本当に大丈夫なのか分からない。その言葉は、いつもとても深いから。
クローネがラディエの名をつぶやくと、彼女は即座に、事前に準備していたトランクから治療薬を取り出した。
「えっ、えっ……大丈夫だよクローネちゃん……」
ラディエが「失礼します」とフランの手を持ち上げる。大丈夫なら、そんな顔はしないのよ。痛そうにして……それは強がりでしかないわ。
せっかく治り始めていた手にこんな追い打ちをかけるようなこと……どういうつもりなのかしら。私は冷える体を無視してフランに問いかけた。だってその方が冷静でいられると思ったから。
「フラン、事情を説明してくれるかしら?」
「えっと……あのね?」
フランは治療を受けながらなにがあったのかを語り始めた。発端は王族であることを私たちに知られたからとのこと。確かに私たちの元に内密にしろなんて手紙が来たのだから、王族側に知られていることは分かっていたけれど……
おそらく、祭典での混乱時に気づかれたのでしょう。クローネか、私か。あるいは私たちがフランを助けに行ったことで、知られてしまったか。
フランは目を伏せながらもその続きを話す。
「王城についてから、イスに縛られてお兄ちゃんがメイドさんたちに指示したの。あの拘束をするようにって。王族としてのルールを破り知られてしまったこと。攫われるという失態。その罰としてより強い拘束をつけるんだって。それは王族内へのアピールでもあるとか言ってた。それから……」
フランは寂しそうに俯いた。
「王城に入ることを完全に禁止されちゃった。たとえ王族の仕事だとしても馬車や隔離された施設を利用するようにって。もうラビに直接会えなくなっちゃった。勉強してた王室の地下図書館にも行けなくなっちゃった」
縛られて傷ついたことよりも、そのことの方が苦しそうだった。
「でも大丈夫。第零席になって、全部覆すから。お姉ちゃんが待ってくれてるし、クローネちゃんが私を第零席にするって言ってくれたもん」
そう言い切る目には、もう怯えた色がなかった。本当に、大丈夫そうね。でも理不尽よ。とっても。
「無理しちゃダメよ。体を治しなさい……クシュンッ」
私は自分が裸であることを思い出した。フランが「イルナちゃんもねっ」とはにかむ。そうねと返し、シャワー室へ戻って体を温め直す。ちゃんと体を拭いて寝間着へと着替えた。
部屋へ戻ると、ラディエは静かにイスに座り、フランは疲れたのか横になっていた。
「あなたは寝ないの? クローネ」
「まだエリス着替えてないし。私はそんなに疲れてないから」
そう言いながらも、クローネの頭はふらついている。私は優しく微笑み、影を使ってエリスを少し浮かせた。ラディエに頼んでドレスのコルセットを緩めてもらい、いつもの寝間着を着せていく。
その途中、エリスが無防備に寝返りをうつ。影で支えてあげると、口元からよだれがだらしなく垂れていた。
私はエリスのシャツのボタンを一つずつ締めていく。少し大きくなったかしら。私のせい?
なんて思いながら着替えを済ませると、ベッドに優しく降ろした。そしてクローネの頭を撫でて横にさせる。
「疲れてるのに無理しないの。おやすみなさい。クローネ」
「……ん」
すぐに寝息をたてる。私は外までラディエを送った。
「今日はありがとうラディエ。わざわざ着付けのために来てくれて助かったわ」
「お嬢様とそのご友人の為ですから。とても幸せそうで心が暖まっております。今後とも、お嬢様をよろしくお願いします」
彼女は深々と頭を下げた。
「えぇ。とても大事にするわ。あなたもあの子にとって大事な人であることを忘れちゃダメよ?」
「……感謝します」
ラディエが物悲しげな顔を見せて馬車に乗り込む。自分の手から離れたクローネが幸せそうに暮らしているのが、嬉しくもあり、さみしくもあるのかしら。クローネの父に反抗したくらいだものね。クビになって露頭に迷うことがなくて、本当に良かったわ。
私は踵を返した。私も眠気が限界に近づいている。明日は……と予定を立てようと思ったけれど、頭が回転しない。エリスに抱きつくように、シーツの中へと潜り込んだ。
柔らかな体温に包まれながら、やっぱり少し大きくなったかも、とぼんやり考える。そのまま、意識はゆっくり沈んでいった。




