決闘
第二決闘場。まだここにいるのは私たちだけ。エリスは土の上で胸の前で手を握ってる。表情がこわばり、呼吸が浅い。何度も頭の中でシミュレーションをしているのか、口先が細かく動いている。
――私は彼女の頬にキスをした。数秒ほどパチパチと瞬きをしたあと、一瞬にしてビュンッ! と飛び跳ねるように六メートルほど真横に移動していった。「ひゃぁあああ!!」という情けない声を出しながら。
ふふっ第零席を目指しているとは思えない声ね。
「なっなななにするんですかぁー! びっくりしちゃうじゃないですか!」
「それが目的だもの。緊張は敵ではないわ。心臓は鳴らしてもいいの。でも視野は広く。心臓の音は曲のようなものだと思いなさい。舞踏会で流れる曲だけに目を向けていたら、踊り相手が見えないわよ?」
一瞬、瞼を大きく開いて驚いたように息をのむ。それを吐き出すように彼女は笑みをこぼした。目に小さな涙を滲ませ、それを人差し指で拭う。
「いつもありがとうございますっ。確かに視野が狭くなってました。私はちゃんと準備した。だから……本気で勝ちます」
――クローネと彼女のペアである取り巻きが入ってくる。観客席に数人の取り巻き。ちらほらとクラスメイトも。エリスが戦いを挑んだことに興味を持ったのか、あるいは私の戦い方に興味を持ったのか。
クローネがエリスを睨みつける。
「本気で勝つ? 見せてもらおうじゃん。あんたが私に勝てるかってのをさ」
エリスはキリッとした視線をクローネに固定する。大きく息を吸って宣言する。
「勝ちます。エリス・エンバー・ヴォルド。クローネさんに決闘の開始を宣言します!」
「やって見なさいよ! 第二階梯魔法 ノクト・フォグ!」
エリスの周囲に闇の霧が発生する。視界が遮られ、見えなくなっていく。中からエリスの詠唱の声が第二決闘場に通る。
「第二階梯魔法シルヴァ・ガスト!」
エリスの周囲に竜巻風が巻き起こり、黒い霧を一瞬にして晴らす。二人は手をかざしながら睨み合う。
さて、私は私の仕事をしないとね。取り巻きの女性に視線を移す。あまり今は実力を知られたくはないし、接近戦でもしようかしら。
一瞬で距離を縮める。彼女は全身を仰け反り、次の一手に迷っていた。チリッ……と私の周囲に熱。炎魔法ね。いい選択だわ。
彼女の魔法を使う手首を掴む。片足で彼女の足を払う。尻もちをついた彼女は必死に足を回転させ私の足元を狙ってきた。私はそれを踏みつけるように止める。
なるほど。体術の心得もあるのね。足を止められて悔しそうな顔をしてる。土を掴んで私へと投げつける。使えるものは使う。悪くないけれど……
「第一階梯魔法シルヴァ」
風がその砂を払う。私に当たること無く彼女の顔へと返した。ここは魔法学院。第一階梯魔法で防がれてしまうような選択をするのは悪手よ。エリスの見学もしたいし、早々に戦闘不能にしようかしら。
「んっ」
私の体が見えないロープで縛り付けられる。
「魔法術式……インビジブル・バインディング! どう? 動けないでしょ。かわいい体が縛り付けられて何もできないなんて、無様ね!」
彼女の持っている本……なるほどね。魔法具に魔力を流し込んで見えないロープで私を縛ったと。でも舐められたものね。ただのロープで閉じ込めようなんて。
取り巻きの子は顔を青ざめていく。呼吸がどんどん荒くなり、喉を押さえる。カヒュッカヒュッと過呼吸を起こす。瞳孔は小さく、ガタガタと顎を揺らす。見開かれた両目からは涙が頬を伝っていく。
「やめっ……殺さないでっ」
――私の目は月の瞳から龍の目へと変化する。力隠しのネックレスでは抑えきれないほどの龍の魔力。それを目にした彼女の反応がそれだった。
小さな反抗、懇願。鼻をくすぐる尿の匂い。あら、なんて可愛らしい。
私が慈悲深い微笑みを見せると、彼女はそのまま白目を剥いて気絶する。魔力の供給が途切れ、見えないロープは姿を消す。私は自身の髪をなびかせた。
「龍の目を見るのは初めてだったのね」
指を鳴らし、彼女の漏らしたものを影が消し去る。
私はエリスとクローネの戦いを少し離れた位置から眺めていた。一進一退の攻防。少しずつお互いの体に傷や汚れが増えていく。クローネの魔法にエリスが魔法をぶつけるという後手の戦い方。クローネは仕留めきれずに焦りが見える。
「しつこいわよエリス! さっさと負けなさいよ!」
「できません! 私は勝つんです!」
私の龍の聴覚が歯ぎしりを聞き取った。そして本当に小さな声で、お願い負けて……という言葉も。クローネは大きな声で自身の貴族が持つ魔法を使った。
「ノクト・グラビティア――グラウィス!!」
ガクンッ! と一瞬にして不可視の重力に押しつぶされたようにエリスが膝をつく。クローネは勝ち誇ったかのように一歩ずつ近づいていく。大技の反動か、足元がフラフラとおぼつかない。
「だから言ったのよ。さっさと負けろって。勝てないのがわかんないの? 私は能力を引き継いだ。あんたは何も持ってない。勝てるわけないじゃん」
エリスは地面についた手を土をえぐるように握りしめた。その口角は上がっている。
「知ってますか……クローネさん。勝ったと安心した瞬間が……一番隙ができるんです。そういう人を最近見たので……!」




