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決闘権

 私の手を教室に入ってきたクローネが掴む。沈んだ目で私を見る。声に元気は感じられない。


「あんたの相手は私でしょ。他の子に手を出さないで」

「ちょっとした脅しよ。気にしないで。クラスメイトじゃない。仲良くやりましょ」


「私の邪魔をしないで」


 クローネは私の手が取り巻きから離れたのを確認すると、そっと手を離した。ほんの少しの震えが私の手に伝わってた。彼女が背を向け、私も同じように背を向けてエリスの元へと戻った。


 エリスがゴミ箱から教科書を取り出し、魔法を使って乾かしている。以前のような落ち込みは感じられない。


「イルナさん、ありがとうございます。私のために立ち向かったんですよね。でも大丈夫です。私はもうくじけませんから」


 私はポンッと教科書をタッチする。水分を影で奪う。コーヒー牛乳によるシミは後回しね。私はそのまま教科書を自分の影へと消す。そして自分の教科書を見せる。


「今日は私の教科書を一緒に見ましょう」


 エリスは胸の前で手を握る。どこか他の感情が混ざった笑顔を見せながら返事をした。


「……はい!」


「良い返事ね。私の主人なのだから、それが恥ずかしくないような立派な主人でないと困るわっ」


「うっ……イルナさんの格を落とさないように頑張ります……」


 主人という立場と責任を思い出したのか、小さな緊張を走らせているように見える。私はふふっと笑って教科書を広げた。隣でフランがちいさくほっぺをふくらませる。


「いいなぁいいなぁ! 私も一緒にみたーい」


「それは無理でしょう……あまりにも見づらいわ。あなたは自分を見なさい。今度エリスの教科書が戻ったら見せてあげるわよ」


「やったぁー!」


 本当に不思議な子。最下位でこんなにも元気でいられるものかしら。焦ってはいるようだけど……けれど私も誰もかれも救えるような万能さはない。

 いなくなったらさみしいわね。こんな子、中々いないもの。



 ――その日の夜。私とエリスの食事にフランもついてくる。冒険者ギルドの酒場へ来るとガルバス達が歓迎する。傷が増えていた。やはり冒険者に傷はつきものね。フランはすぐに馴染み、お酒が飲めないながらジュースを掲げかんぱーい! とジョッキを掲げる。冒険者達は一緒になってジョッキを掲げる。


 彼らは今、その瞬間を大事に生きていた。とてもうらやましい。人間ですらこうやってその瞬間を生きれない人がいる。けれど、この人達はちゃんと今を見ている。寿命がある人間らしいその姿は私には輝いて見えた。ズキッ……と胸が痛くなる。多くのお別れを私は知ってしまっている。色褪せたつもりだったのだけど。


 ふと、視線を横に外すと食事も忘れてエリスがノートにいろいろと書いている。ブツブツと呟きながら。鉛筆の擦れる音が、冒険者達の騒がしい声でかき消されていく。けれど、彼女の耳にはそれが届いていないみたい。私は肉を口に含みながらそれを観察していた。


 エリスが手を止め、ふーっと息を吐く。私の視線に気がつくとびっくりしたのか、ノートと鉛筆を抱えて少し後ろへと引いた。


「ひゃっ! 見てたんですか?」


「えぇ。かなり熱心ね」


「……はい。クローネさんに勝つ方法を念入りに計画してるんです!」


 私は目をパチクリとさせた。ちゃんとこの子なりに前へ進もうとしているのね。エリスはぎゅっ……とノートを抱きしめる。


「それで……お願いがあります」


「なにかしら?」


 目線を私へ強く向ける。私は目をそらすことなく受け止めた。


「クローネさんに集中したいんです。クローネさんのペアの相手を……おねがいしていいですか?」


 私はキョトンッ……とした。もとよりそのつもりではあったけど、それを当然としてではなく、ちゃんとお願いをしてきたのがどこか嬉しかった。人差し指を彼女のおでこに当てる。私は微笑みながら言った。


「当然でしょ。私はあなたのペアよ? それに主人のお願いを断るわけないじゃない。スローネへの小さいけれど大きな一歩。がんばりましょ」


「はい!」



 私は彼女の口に肉を一切れフォークを使って押し込んだ。彼女は驚きながらそのお肉を咥える。私はフォークをスッと引き離した。口元を隠しながらもぐもぐする。


「もふっ! ふぃ、ふぃるなさんっ」


「そうやって集中するのも全然いいわ。でも食べないと思考も鈍るわよ? 見なさい。フランは食事をちゃんと楽しんでるわ。冒険者達といろんなものを食べて。あーいう経験も人生の一部よ」


 エリスは口を動かし、お肉を飲み込んだ。そしてノートをじっ……と見つめた後、ノートを置いてナイフとフォークを手に取った。その日、彼女はいつもよりいっぱい食べていた。



 ――翌日。私がベッドから起き上がるとエリスはいなかった。どうしたのかしら。こんな朝早くから。秘密の特訓?


 フランは昨日食べすぎたのか、まだ眠っている。寝方がとても行儀がいいのよね……この子。私はフランの頭を優しく撫でる。


 「むにゃむにゃ……へへ」


 クスッ。寝ながらでも喜ぶのね。ギィ……という音がして私は視線を移した。浮かない顔のエリス。私は視線をフランに戻し、まるで手持ち無沙汰の時に猫を撫でるようにフランを撫でた。


「浮かない顔ね。その頬の傷。どうしたの? クローネに殴られた?」


「っ……いえ、その大丈夫です。これはクローネさんじゃないので」


 本当かしら。なら取り巻きの連中? 深追いしても答えてはくれなさそうね。



 ――数日後。エリスはクローネに決闘権を叩きつけた。クローネの机の近くに置かれた書類。正直負ければレートが下がりフランよりも下になる。エリスはそんなこと百も承知だろう。一瞬クローネの顔が曇る。それでもすぐにいつもの調子を取り戻した。


「ふーん。あなたが挑戦してくるってわけ。いいよ? どうせ断れないし。また前みたいにボコボコにしてあげる。それともお友達に頑張ってもらう? 悪いけどお友達ごと叩き潰すけどね」


「の、望むところです!」


 気迫に押されるクローネ。受け取った書類をくしゃりと握る。


「ふん……今日の放課後、決闘を楽しみにしているわ」

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