二度目の王族の夜会
数週間後、寮でのこと。フランは準備を整え、扉の前に立っていた。
「それじゃみんなっ、行ってくるね。えへへっ、なんか変な感じっ」
私はフランの頬を優しく撫でる。
「そうね。あなたは王族の夜会で仮面を被ってしまうから。でももう一人ぼっちじゃないわ」
今日は王族の夜会。私の手から離れるようにフランが一歩下がる。
「うんっ、すっごく嬉しい。さみしくないよ」
精一杯の笑顔を見せ、フランは部屋を出ていく。私たちはその背中を、複雑な思いで見送った。王族の夜会では、彼女は私たちを見ていることしかできない。そのことがフランにとってさみしいことくらい、分かっている。
フランが出てしばらくすると、ノックの音が聞こえた。クローネが「入っていいわよ」と答えると、メイドが入ってくる。
「お久しぶりです、皆様。グラス伯爵の元でメイドを務めさせていただいています、ラディエと申します」
ラディエの顔を見たクローネは「分かってるわよ」と言いながら軽く抱きつく。ラディエは目をまんまるに開きながらも、すぐに抱き返した。
「良かったです。クローネお嬢様」
「何がよ」
「自分を素直に表現出来るほどに、居心地が良いのですね」
「……」
照れているのね。けれど、ラディエに当たることもできず、無言のまま……
私がクスクスと笑うと、彼女は「そこっ! 笑うなっ!」と矛先を私へと向ける。
談笑もそこそこに、私とクローネ、エリスはラディエに手伝ってもらいながらドレスアップを始める。私は淡い赤色、クローネはつややかな黒、エリスは少しピンクの入った白いドレスへと着替えた。
コルセットをキュッと締めてもらい、髪を結って、小さな花の髪飾りをつける。そして鏡の前で軽くステップを踏むと、柔らかなドレスの裾がふわりと舞った。
「うん、かわいいわね。大満足」
ふと自分の顔が目に入る。いい笑顔。
「さて、愛しのエリスとクローネは……」
「どう、ですか?」
「お揃いの髪飾りがすごく似合ってるわ。抱きしめたいくらいだけれど……せっかくラディエが着付けてくれたのだもの。今日が終わるまで我慢するわ」
あらあらあらあら。想像しちゃったのかしら。両頬に指先を当てて真っ赤。クローネは……
「……なによ」
「すごく大人っぽいわ。すごく……視線が釘付けに」
バッ! とクローネが首元に手を当てて隠す。
「ストップ! だめったらダメっ! そりゃ、吸血鬼のあんたからしたら、ドレスなんてごちそうを前にするようなもんでしょうけど! さっき自分でも言ってたでしょ? 噛みつかせないからね?」
首元からのぞく柔い肌が、みるみる赤くなる。
「よだれ!!」
「ハッ!」
私は慌てて口元を拭い、冷静を装う。
「何かしら?」
「いやいや。どう考えたって取り繕えてないから」
楽しそうに微笑むラディエに連れられ、私たちは馬車へと乗り込んだ。あれから一年。早いものね。最下層のカデット階級からナイト階級まで来た。このまま駆け上がるわよ。
やがて馬車がゆっくりと速度を落とし、王城へ到着する。ラディエに見送られながら兵士の案内に従い、私たちは重厚な扉の前まで進んだ。その扉を見ていると、アルバートにエリスが虐げられていたことを思い出す。蒸し返すのはやめましょう。もう終わったことなのだから。
扉の先の騒がしい会場に足を踏み入れる。相変わらず人が多くて好きになれないわ。顔を上げ、王族が座る上階へ視線を移した。まだフランは来てないのね。
クローネもエリスも、さっそく貴族たちへの挨拶に追われている。あら、クローネの父親もいるじゃない。何が何でも視線を合わせないつもりね。顔をそらし、ウェイターからワインを受け取っているわ。話しかけてやろうかしら。
視線をエリスへ戻すと……アルバートと合流したのね。アルバートの後ろで、他の貴族たちにドレスの裾をつまみながら丁寧に挨拶をしている。アルバートとの関係も悪くはなさそう。
さて私は、隅っこで休憩でもしていようかしら。挨拶する相手なんていないのだし。
「こんばんわ。吸血鬼のお嬢さん」
一瞬、私は気を張り詰めたが聞き覚えのある声にため息をついた。振り向くと棺に入っていない彼女が真紅のドレスに身を包みながらワインを片手に微笑んでいる。
「リゼット……来ていたのね。今日は棺の中じゃないのね」
「そうよ。さすがにここに棺を持ってくるわけにはいかないでしょう? ここに来たのはセリウスが当主になったから。傀儡の貴族が壊滅状態だったからね。お陰で私も駆り出されているのよ。公では死んでなかったことにしてもらってるわ。兄が兄だから有耶無耶で誤魔化せてるみたい」
「ならあなたは当主にならないの? あなたは本家でしょう?」
「大問題を起こした本家よりも、彼のほうが信用に足るのよ。それに、私は当主なんてやる気がないわ」
「それで、あなたの愛しのセリウスはどこにいるのかしら?」
「いとっ……!」
あら、意外な反応ね。もっと澄ました顔をすると思ったのに。何かあったのかしら? それとも、これが素の反応なのかしら。




