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甘噛み

 フランが兄のことをよく知らないという話を、私は意外に思った。


「あら、そうなの? でも王城には住んでいたのだから、少しくらいは知っていそうなものだけど」


 両手の人差し指の先をツンツンッと当てながら、彼女は答える。


「少しだけなら……私を視界に入れるのも嫌ってタイプみたいで、視線が合ったことは一度もない。かなり冷酷で規律に厳しい人。陛下に似てる……かな。気に入られてるみたいだし、お兄ちゃんもそれに応えてるように見える。私が知ってるのは、それくらい。公の場でのお兄ちゃんしか知らないから、たぶんエリスちゃんとクローネちゃんが知ってるのと一緒。あっ、一つだけ……お姉ちゃんのペアのことは嫌ってたみたい」


 フィアナのペアということは……メリーのことね。おそらく奴隷出身だからかしら。話を聞く限り、王族としてのプライドが高そう。フィアナがペアに元奴隷を従えることが気に食わないのね。王位継承権第一位だもの。


 私が視線をエリスに向けると頷いた。


「概ね私の見解と同じです。レギウス・エルワース・ファニス。彼は階級を重んじ、陛下の手足となって政治に関わることで有名です。感情的になることはなく、王国軍を率いる際には戦略家としての一面も見せるとのことですが……私みたいな当主候補でもないただの令嬢だと、会話すらしたことありません……」


 クローネは「右に同じー」と言って終わらせる。


 私は頬杖を付きながら紅茶をすすった。彼が第零席であるのなら、王族の固有能力は引き継いでいると見たほうがいい。けれど、フィアナが卒業するまで第零席に居なかったことを考えると、彼女よりは弱いのかしら? それとも……王位継承権第二位であることを重く見て、自らその地位に就いていた……?


 推測の域を出ないわね。気になるのは、彼が禁忌階梯魔法を使えるかどうか。前回の学院祭で、それを使える第零席がヴィー、フィアナ、ユーリの三人だと分かった。あとはセリウス達。彼らは二人でセットというところかしら。


 もしレギウスも禁忌階梯魔法を使えるのなら、かなり辛い。フィアナと同等のものまで使えるのであれば……


 やっぱり、私の未完成の禁忌階梯魔法じゃ不安が残る。龍の姿になるわけにはいかない。世界二大最強種の一種が王国内にいるなんて、混乱の元だわ。「王国の中に龍がいました」なんて、退学になってもおかしくない。この世界で龍は幻のようなものなのだから。


 そんな危険なもの、王国内に残しておくなんて民衆が嫌がるに決まっている。


「できるだけ情報は集めたいわね。最後に戦う相手になるでしょうから。何か分かったら教えてくれると助かるわ」


 フィアナに聞くのが早いかもしれないけれど、彼女に会う手段なんてないもの。


 私たちは食事を終え、中庭のベンチで休んでいた。私はエリスの膝に頭を乗せて目を閉じる。フカフカで気持ちいい。


「わっ、ちょっ、フラン?!」


 クローネの慌てる声に、私は片目だけ開けた。隣では、フランがクローネに抱きつくようにして横になっている。今朝の会話が役立ったような気がして、嬉しくなった。フランが抱きつくなんて、いつ以来かしら。


「えへへっ、クローネちゃーん」


「す、すこしだけだからね」


 私はクスッと微笑むと、また目を閉じた。この時間が……本当に幸せ。


 目を閉じたまま、エリスとクローネの会話に耳を傾ける。私はうたた寝をしながら、二人の声をぼんやりと聞いていた。


「なんだか不思議ですね、クローネさん」


「そうね……お互い必死だったし。そこの吸血鬼もどきが居なかったら……なんて考えると、身の毛もよだつわよ」


 エリスは、言葉を選ぶように少し間を置いた。


「そういえば去年の今頃は……王族の夜会の時期ですね。フランさんは、変わらず一緒には行けないと思いますが……」


「うー……考えたくない。今になると、フランがあそこにいると胸が痛いし、貴族の社交場ってのは息苦しいのなんのって。それに、未だにお父様と気まずいのに一緒に居なきゃならないし」


「クローネさんは当主になりますからね。私はアルバートがいるので激務というわけではないですけど……」


「あんたんとこは、アルバートが生まれた時点で当主が確定って感じ? レギウスは男だけど、王位継承権第二位なんだよね」


「少し毛色が違いますからね。私は貴族の能力を得られませんでしたし、フィアナさんは能力を継いでいたのでそれが要因じゃないかなと」


「なるほどねー。こっちは一人っ子だから考えたこともなかったけど、能力のほうが優先されるんだ。んっ……」


 フランが少し目を覚まし、モゾッと動いた。クローネは彼女を抱き寄せ、その頭を撫でている。


 ……


 私もエリスに抱きつく。


「ひゃっ」


 彼女の小さな驚きなんて、無視。むぎゅーってする。エリスが意図に気づいたのか、クスクスと笑いながら私の頭を優しく撫でた。耳元で小さく囁かれる。


「耳、赤いですよ」


 かぷっ。


「ひゃんっ!」


 シャツ越しのお腹に軽く噛みつく。甘噛み程度で許してあげるわ。ふんっ。

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