謝罪
フランからあふれる涙に私は言葉を失った。どうして泣いているのか分からなかったから。
「フラン……? 何を謝っているの?」
起き上がってもなお、何度もシーツで涙を拭う彼女は、途切れ途切れの声を絞り出した。
「私が隠してたから……攫われたから……ずっと迷惑ばっか、かけてっ。ごめんなさい、ごめんなさいっ」
拭っても拭っても、涙は落ちていく。自分が王族であったこと、攫うために混乱を引き起こされたこと、そしてそのまま攫われてしまったこと。ずっと隠し続けてきたことへの後ろめたさ。
胸に抱えたものを、きっと彼女は涙と一緒に流している。
私が声をかけようとした時、それより早くクローネが口を開いた。
「迷惑? そんなもんいくらでもかけなさいよっ! 私たちは友達なんだから。あんたの友達に、あんたを責め立てるような奴が一人でもいる?」
私は小さく笑い、フランに向き直った。
「顔を上げてみなさい」
私も、クローネも、エリスも。誰もフランを責めない。責め立てる理由なんかないから。
「みんな、あなたがここにいること。それだけで――すごく嬉しいのよ」
「うっうぅ……ひっぐ」
下唇を噛みながら、子どもみたいに泣いている。エリスが近寄り、そっと彼女を抱き寄せた。
「おかえりなさい」
「た、ただいまっ……」
その言葉を聞いた途端、張りつめていたものが切れたように、フランは声を上げてエリスに抱きついた。エリスの目にも涙が浮かんでいる。寮にも戻らず、椅子に座って彼女が起きるのを待つくらい、心配していたのだろう。
時折人は、他人が自分をどう見ているのかを見誤ることがある。
フランがどうして隠していたのか、私には分からない。怖がっていた理由も分からない。でもね、あなたがどんな肩書であろうと、何も変わらないわ。
あなたが王族であろうと、ただの女の子であろうと、私はあなたを友達と呼ぶわ。
――フランが落ち着き始めてから、一時間が経った。彼女は俯きながらも自分の正体を話してくれた。王族を名乗ってはならないと陛下に言われていたこと。母は女王ではないこと。あの影の正体はラビという王城の地下に封印された大罪人であること。
一通り聞いた私はそれで納得した。フランが攫われた跡を見て血相を変えたことも、フランに危険が及んだ時の行動も。それは妹を思う姉の行動だったのね。
とても冷徹な王族だと思っていたけれど、とても人間らしいじゃない。
そしてクローネは一足先に打ち明けられていたのね。何もかもが繋がった私はため息をついた。
「けれどまだ……分かっていないことがあるわ」
「イルナちゃん?」
首をかしげる姿に愛おしさを感じるけれど、今は我慢。
「……ラビのことよ。フラン、あなたはテイマーと言ったわよね。でも、あれはテイムで連れてきたとは思えないわ。姿は陽炎のように揺らめく闇。話を聞く限り、そのラビは封印された場所から移動していない。そうなると、一時的な召喚に近いんじゃないかしら?」
「召喚……?」
「何か心当たりはないの?」
「えっと……内側から叩かれるような……開けろって言われているような気がして……あっ、そういえば、その前にも一回……懐かしい感じがした。あれは……ラビだったのかな。組織に捕まってる時に、相手が突然怯えて……」
「……試してみたら?」
「う、うん……ひゃあっ!!」
フランが胸元に手を当て、ギュッと目をつむる。すると、目の前にラビの姿が現れた。変わらず陽炎のように揺らめき、実体が掴めない。
私は彼に挨拶する。
「こんにちは。あなたがラビね。昨日は手伝ってくれてありがとう。少し聞きたいのだけど、フランからテイマーだと聞かされていたのかしら?」
『』
ラビは言葉を返さず、自身の喉元を指差した。続けて、そこをむしり取るような動作をする。それは身振りにすぎなかったが、言いたいことは分かった。
「……あなた、言葉を奪われたのね?」
『』
ラビは小さく頷く。けれどこちらの言葉は届いているみたい。
「先程の質問も答えられるかしら。フランから、自分はテイマーだと聞いていた?」
ラビは頷いた。けれど話を聞く限り、ラビがフランに召喚方法を教えたというのが正しいはず。
「次の質問よ……テイマーではないと、途中で気づいた?」
『』
ラビは頷いた。なるほど、彼はフランをテイマーだと思っていたけれど、途中でそうではないと気づいた。けれど、伝える手段がない。いくつか質問を重ねるうち、フランは次第に頭を押さえ始めた。ラビとのやり取りは、かなりの魔力を消費するらしい。
「フラン、もういいわ。ある程度分かったから」
「うん……ごめんねラビ。ありがと」
ラビが姿を消していく。
結果として、ラビはテイマーとして契約を結ぼうとしたけれど、契約はできなかった。そこで仮説を立て、繋がりを一方的に結んだ。フランの強い感情によって召喚の扉が開きかけたことで確信した。捕まっていた時、相手が突然怯えたのは、その繋がりを通してラビの感情が伝わったからなのね。
その後、二度目ではフラン自身から扉を開けることで、影のような姿でこちら側に現れることができた。
フランの母はテイマーだった。そしてフランは、擬似的にその真似事を小さな生き物に対してできてしまったから、自分がテイマーではないと気づく機会がなかった。
「不思議ね。親から伝わった能力が、違う能力だったなんて。意外とあるのかしら? なぜそうなるのか……突然変異か、あるいは元々はそういう能力だった? 確か亜人大陸のベンは原初回帰していたはずよね。それに近い……あっ、ベンはどうなったのかしら?」
バンッとドアが開く。
「安心しろ、アタシのベンはばっちり元気になったぜ。ん……あんた何してんだ?」
ヴィーが突然入ってきたせいか、フランはシーツに潜り込んでしまった。私はシーツの膨らみを見ながら答える。
「まあ、いろいろあるのよ」
その膨らみを気にする様子もなく、ヴィーはベッドに腰掛けた。
「つってもまだ安静にしてるけどな」




