最高傑作
鎖が棺を回るように緩んでいく。カシャンッ……という金属音を立て、棺が静かに開いた。中から現れたリゼットは、目を伏せていた。その目はとても冷たく、それでいて美しい。薄暗い室内でも目に留まるワインレッドの髪と、闇に溶け込むようなゴシックの服が、棺の中から静かに姿を現した。
「どういう状況か、教えてもらえる?」
リゼットの目は、セリウスの強く握られた拳に向いていた。滴るその血を見ると、眉をひそめた。小さくため息をつき、今度は視線をロッドへと向ける。
「懐かしい顔」
「久しぶりだなリゼット。変わることのない姿、羨ましいよ。以前のように兄と呼んでくれても構わない」
「あなたを兄と呼ぶわけがないでしょう。下手なお世辞。それとも皮肉?」
コツッ、コツッと足音を響かせ、リゼットがセリウスの前へ歩み出る。ロッドは彼女ではなく、床に散らばる残骸へ手を向けた。
「それらは私たちの身内だ。今しがたセリウスが破壊してしまったが」
残骸に目を向けたリゼットの息が、一瞬だけ止まる。けれどすぐに何事もなかったかのように、ロッドへ視線を戻した。
「それで?」
「心まで傀儡になるとは。興味深い。禁忌の術式で傀儡にされた感想はどうだ?」
「相変わらずね」
そう呟くと、リゼットは焦点の合わないセリウスへ声をかけた。
「セリウス――主人としての役割を果たしなさい。どうしたいの」
セリウスの握られた拳が、わずかに動く。
「……終わらせる」
「なら、終わらせましょう」
ロッドが顎に手を当てながら呟く。
「ふむ……心の支えがあれば、家族を壊しても動ける……か。興味深い」
重厚な机の上にあった紙が、風圧に煽られて宙を舞う。その中心で、リゼットの手がロッドの首を掴んでいた。指が深く食い込んでいく。ロッドは掠れた声で訴える。
「兄を簡単に殺すことができるか。さすがは私の妹だ」
――ゴキュッ。
ロッドの首がへし折れ、だらんと垂れる。リゼットは目を伏せたまま、その体を端へ捨てた。
「外れよ」
天井が音を立てて崩れ落ち、黄昏の光が薄暗い室内へ差し込んだ。その中で――巨大なオートマトンが二人を見下ろしていた。ギガスのような巨体に、神性を思わせる魔力。
ロッドの声が響き渡る。
「さぁ、リゼット。兄妹喧嘩を始めよう。これは私の作った最高傑作『イミル』だ。私も十二の貴族――そう簡単にやられはしないさ」
「セリウス」
「あぁ、分かってる」
セリウスが鎖に合図を出す。リゼットを取り巻くように鎖が宙を漂い、イミルの拳が彼女へ降りかかった。空気を震わせながら迫る拳を前にしても、リゼットはまばたき一つしない。
リゼットが滑らかに片腕を上げる。
鎖がイミルの腕に巻き付き、その動きを止めた。拳が地面を打ちつけた衝撃で、地下の残骸が粉々に吹き飛ぶ。身内だったオートマトンの残骸も、その衝撃に巻き込まれていった。
三つの魔法陣が、鎖に拘束された腕の先に現れた。赤い光がワインレッドの髪を照らす。ロッドの低い声が響いた。
「吹き飛べ。残骸のように。さらばだ妹よ。その死骸は余すことなく研究してやる」
イミルの肩から腕へ、衝撃波が加速しながら伝わっていく。リゼットは優しく魔法陣に触れた。砕けた魔法陣が黄昏の夕日に輝き、キラキラと舞い落ちる。
「砕いて」
鎖がその命令に呼応し、イミルの腕を締め上げる。そのまま握りつぶした。
「……私の知っている素材の中でも最高硬度だぞ」
イミルが、潰された片腕を確かめるように持ち上げる。
リゼットはため息をつくように言った。
「私は世界最高の魔法技師が作った最高傑作よ。あなた、どうせ近くにいるのでしょ? だって、こんな強力な魔法術式を遠く離れた地で操作できるとは思えないから」
一歩踏み出したリゼットの背後に、セリウスが立つ。彼の腕が、彼女を優しく抱きしめた。
「鎖は私の魂を繋ぎ止める。常にセリウスの魔力が流れているの。棺を通して、私はセリウスの魔力で生かされてる。できるだけ眠って、負担をかけないようにしてる。本当に昔から、自分のことより、私のことばっかり。申し訳ないと思ってるの。でもね、性格が悪いと思われてもいい。そういうところが――私はすごく好き」
リゼットはセリウスの腕に手を重ねた。愛を語る目は、ひどく鋭い。
「愛した人を傷つけたこと――死んで後悔させてあげる。これまでの残虐を償いなさい」
二人の声が重なる。
「禁忌階梯魔法――アサイラム・セノタフ」
鎖が地面を這い、天を這い、イミルすらも空間の中へと引きずり込んだ。鎖が空間を覆った次の瞬間、現れたのは黒い空間と、黒と白のチェック柄の無機質な床。血にまみれた床は、あまりに異様だった。
その空間に、ロッドの声が響き渡る。
「お前たちが……禁忌階梯魔法だと? そんなバカな。お前達にそんな可能性は存在しない」
リゼットは抱きしめられたまま、呟く。
「これが現実よ。あなたは世界に罰せられる」
「ふざけるな。世界に罪など存在しない」
「この世界にはあるわ――首切りのオルゴール」
恐怖を駆り立てるようなオルゴールの音が空間に流れ始める。不協和音と共にイミルの体が鎖に覆われていく。やめろというロッドの声も虚しく、抗うすべもなくイミルは鎖の中へと消えた。隙間から破片がこぼれ落ちていった。
セリウスが抱きしめていた腕を緩める。リゼットはその腕から離れ、一歩ずつロッドへ歩き始めた。
「やっと会えたわ」
その言葉に応じるように、ロッドが突如としてスポットライトを浴びる。自分が立つ場所を見回した彼の顔から、余裕が消えた。
「なぜだ、なぜここに私がいる!!」
リゼットは足を止め、静かに告げる。
「さぁ、終幕よ」




